第101録 束の間の休息①
規則正しい寝息を立てているベルフェゴールをソファに移動させたアザゼルは小さくため息を吐いた。
「全然起きねぇ……。熟睡し過ぎだろ……」
「反動って怖いわね」
「まぁ、ここまで切り詰めてやるのってベルフェゴールぐらいッスけどね。
さて、今からどうするか……」
「装置に関しては、私達にできることって何もないのよね?」
エリスの言葉にアザゼルが頷く。
魔力結晶生成装置は2つ。生成時間は2、3日。
しかし1つは稼働中で、もう1つは空けて置かなければならない。
「なら、小休止ってことでいいんじゃないスか?」
軽く言ったアザゼルを見たエリスの表情は硬い。
「あなたも意識を集中させれば、他の悪魔の位置がわかるのよね?
ベリアルさんから聞いたんだけど……」
「わかるッスけど……。アスモデウスでも探す気か?
今のうちに休んでおいた方がいいと思うけどねぇ。
相変わらず真面目ッスね、エリス」
「地上にいるかどうかだけでも確認しておいた方が、後々楽かと思って……」
「それもそうッスね。
じゃあ確認だけするか……」
アザゼルはダルそうに言うと目を閉じて手を組んだ。
彼の全身が薄い紫の気に包まれる。
しばらくして目を開けたアザゼルは、息を吐きながら言った。
「残念ながら、周辺に強い魔力反応はないッスね」
「そう……。ありがとう」
「まぁ、なんとなく結果は見えてたが。
それで?今から何するつもりッスか?」
アザゼルから尋ねられてエリスは考え込んだ。
城の調合室を借りようかとも思ったが、また魔法使い達に実演を迫られる可能性がある。
そもそも、治療という名目で城に居るのに動き回っていいものかと思い始めた。
エリスは少し不安な表情でアザゼルを見上げる。
「私達、動き回っていいのかしら?」
「いいんじゃないスか。特殊な治療ってことは城の人間にも伝えてあるし、材料が足りないとか理由つけて外出しても文句は出ないでしょーよ。
何かしたいことでも?」
「城下町を見て回りたいの。
今まで時間が取れてなかったから」
「なら、オレも同行しようか」
当然のように言ったアザゼルにエリスは眉を下げる。
「1人でも大丈夫なんだけど……」
「万が一エリスに何かあったら、タイチョーから雷落とされるんでね」
「そ、そう……。じゃあお願いします」
エリスは複雑な表情のまま、小さく頷いた。
エリス達は予定通り城下町を訪れていた。
多くの人が行き交っていて王が伏せているとは思えないほど、町は普段通りの賑わいを見せていた。
特に市場付近では人で埋め尽くされていて多くの露天が並び、客引きの声が飛んでいたり、
子ども達が元気に走り回ったりしている。
それと同時に、城の守秘義務の高さがうかがえた。
「やっぱり賑やかね、この町」
「そりゃあアンスタン大陸の主要国ッスからね」
そう答えながら、アザゼルは周囲を注意深く観察していた。
2人は今、市場に近い通りを歩いている。
エリスに声をかける者は現れていないが、鎧やローブに身を包んだ複数のグループがヒソヒソと会話をしていた。
どうやら冒険者の1団らしい。
それを見たアザゼルは小さく肩をすくめる。
「相変わらずッスね。
声をかける勇気はないくせに、ボソボソと話すのは気分が悪い」
「だけど、私に声をかける意味はある?」
「あるでしょーよ。
ただでさえ魔力が高いのに、薬の知識もある。冒険者達にとっては魔法使いと治癒者が同時に手に入るようなモンだからな」
「そう……」
「エリスは冒険者には興味ないんスか?」
アザゼルに尋ねられてエリスは首を捻った。
冒険者は人間の中で最も人気のある職業。
モンスター討伐が主な仕事なため死と隣り合わせではあるが、難しい依頼をこなせば徐々に生活には困らなくなる。
それでもエリスは小さく首を左右に振った。
「ない。
他の人と一緒に行動しないといけなくなるから、自由に動けないもの。
そうなると、困っている人達を助けられないわ」
「冒険者も人助けとは思うんスけどねぇ」
「そうかもしれないけど、私は依頼すらできない、世間から弾かれてしまっている人達を助けたいの。
第一、相棒が許可を出してくれないと思うし」
エリスはワザとベルゼブブのことをぼかして言った。
一般人に悪魔のことはほとんど知られていないとはいえ、詳しい人が近くにいるとも限らないからだ。
アザゼルは苦笑して肩を震わせる。
「ああ、それは一理あるッスねぇ。
納得ッス」
「納得するのね……」
「する。タイチョーは情が深くなってるみたいなんでねぇ」
「情が深い……?」
エリスは再び首を捻った。
少し前に似たような言葉を聞いたような気がしたが、どうしても思い出せなかった。




