第102録 束の間の休息②
エリスとアザゼルは市場ではなく、街の中心通りにある薬屋へ足を運んでいた。
店内には複数の買い物客がゆったりと見て回っている。
壁一面に取り付けられた棚には薬瓶や軟膏、薬草等、様々な効果の商品が陳列されていた。
アザゼルは小さく肩をすくめてエリスに声をかける。
「どこへ行くかと思えば……」
「同業者の商品が気になるもの。値段とか入れ物とか参考になるかなって」
「息抜きじゃないんスね」
「私にとっては息抜きなんだけど」
「まぁ、エリスがそう思うなら……」
真顔で答えるエリスを見て、アザゼルは諦めたように苦笑した。
エリスは不思議そうに数回瞬きをすると、近くの棚に目を移す。
そこには瓶や陶器に入れられた軟膏が並んでおり、それぞれの側に値段と効能が書かれた紙が張り付けられている。
エリスはそこから手のひらサイズの青色の陶器を手に取った。
「あかぎれに効くものね……。このサイズで500オール……」
ボソボソと呟いているエリスの声を聞きつけたのか、ふくよかな店主が
愛想笑いを浮かべて声をかけてくる。
「いらっしゃいませ!何かご入用でしょうか?」
「い、いえ……。もし何かあれば声をかけますから……」
「承知致しました!なんなりとお声がけください!」
彼は笑顔のまますごすごと引き下がっていった。
それをエリスは不思議そうに眺め、アザゼルは僅かに眉をひそめる。
「のんびり見て回りたいのに、いきなり声をかけられると緊張するわね……」
「なんかイヤな感じッスね、あのオッサン」
「そうなの?」
「ああ。
それはそうと、当然お金は持ってるよな?」
アザゼルに尋ねられて、エリスは陶器を棚に置いてから腰に着けているベルトポーチに軽く触れる。それから小声で答えた。
「もちろん。1500オール」
「それ……何日で稼いだんスか?」
「大体2日。パッカツの町で関節痛に効く軟膏220オールと、すり傷に効く軟膏180オールで売ってたら貯まってたわ」
「売れ過ぎだろ……」
エリスはロイトの元を去る時に選別として、予め作成しておいた薬とそれらの素材をもらっていた。
安価で効能が抜群なこともあり、買い求める行列ができるほどだった。
そう答えたエリスは少し苦笑する。
「同業者からは迷惑そうな目で見られたけど……」
「そりゃあ安くてよく効く薬があるなら、そっちに行くでしょーよ」
「しばらくパッカツに行くの控えようかしら……」
「同業者から袋叩きに遭いたくないなら、そうしな」
「そんなに嫌がれることなの?」
エリスは思わずアザゼルにグッと顔を近づけた。
アザゼルは一瞬目を見開いてから、僅かに口角を上げる。
「そりゃあそうだろ。
幸いエリスは売り歩いているから、町で開業する奴等よりはマシッス。
だが、日が浅い内に訪れたら、準備段階で去れって言われるかもな」
「そう……。やっぱり控えることにするわ」
エリスが小声で返した直後、再び店主がエリス達に声をかけてきた。
彼は丸みのある手に中くらいのガラス瓶を持っている。
中には黄色い液体が入っていた。
「お悩みなら、こちらのポーションはいかがでしょう?
これは疲労に効くもので、飲めば半日疲れ知らずで動けるんですよ。
私もお世話になってまして……」
「け、結構です。困ったことがあれば声をかけますから……」
「そ、そうですか。失礼いたしました……」
店主は明らかにしょんぼりとして店の奥へ姿を消した。
2度目のことにエリスは眉をひそめ、アザゼルは目つきを鋭くする。
「あの人、何なのかしら?」
「さあ?
それで、何か買いたい物は見つかったんスか?」
「今の所ないわね。ここにあるの、似たような物なら作れるから」
「何で覗いたんスか……」
小声で言ったエリスにアザゼルも声の大きさを合わせると、ため息をついた。すると、エリスは少し目尻を上げてアザゼルを見つめる。
「言ったじゃない。値段とかを見たいって」
真顔で言われたアザゼルは言葉に詰まった。
エリスの薬師としての実力は知っているが、同年代の娘と比べるとあまりにも仕事に熱中しすぎている。
様々な理由があるとはいえ、もったいないとアザゼルは思った。
店内を1周した頃。
店主は店の奥で葛藤していた。だが、意を決したように口を結ぶと年季の入った壺を抱えて、エリス達に声をかけた。
「ならば、こちらの軟膏はいかがでしょう!?この店に代々伝わる秘薬でして、すり傷や火傷なら一瞬で――」
「アンタ、さっきから連れにしか声かけてないッスよね?」
すかさずアザゼルが眉をつり上げて、エリスと店主の間に割って入った。
言葉を遮られた店主はピクリと体を震わせて目を泳がせる。
「へ!?そ、そうでしょうか?」
「そうッス。連れの出自を知ってるからだろ?」
「い、いえ。そんなことは……」
僅かに声が震えたのをアザゼルは聞き逃さなかった。
「図星ッスね。なるほど。
何か1つでも買ってもらって、その名を使ってさらに売り上げを伸ばそうとしてるわけだ。違うか?」
「……………………」
店の主人は数秒黙り込んだ後、ガックリと頭を垂れた。
「も、申し訳ございません……。少しでも売り上げを伸ばしたかったんです……」
「じゃあ連れのことは知ってるんスね?」
「ええ……。町中じゃ持ちきりですよ……。それで嬉しくて、つい……」
「謝るんならオレじゃなくて連れに——ってどこ行った?」
気づけばエリスの姿が忽然と消えていた。
アザゼルと店主が周囲を見回すと、西側からエリスが戻ってくる。
手には先ほど見ていた青い陶器を持っていた。
そして微笑みながら店主に声をかける。
「こちらを1つ、頂けますか?」
「へ……?いえ、あの、無理に買って頂かなくても……!」
「え?私が純粋に欲しいのですが……」
目を丸くするエリスに店主は素早く首を振った。
それから満面の笑みで対応を始める。
「ありがとうございます!」
「500オールでしたよね?」
「はいっ!」
店主は嬉々として奥のカウンターへとエリスを案内する。
アザゼルは後を追いながら、小さく苦笑した。
エリス達は穏便に買い物を済ませて店を後にした。
城に戻る道中、アザゼルは呆れたように今日何度目かのため息を吐く。
「エリス……。ワザとッスか?」
「何が?」
「その軟膏買ったことッス。オレと店主の話、聞こえてただろ?」
店は決して広くはなく、店主の声はよく響いていた。
エリスの耳に届いていないはずがないと、アザゼルは推測した。
しかし、エリスは首を傾げる。
「いいえ。声は聞こえてたけど、内容までは……」
「無茶言うなよ。都合良く内容だけ聞こえなかった、なんてことがあるか?」
アザゼルは足を止めると、エリスの顔を覗き込んだ。
エリスは思わず数歩下がって、ポツリと言う。
「えっと、あのお店の軟膏、陶器ごとに少し香料が入れてあるみたいで……。
それで、青いのが気になっててこの香りはなんだろうって考えてたら……」
「そうスか。香料分析するのに集中して聞こえてなかったんスね」
「ごめんなさい、聞いてなくて。
店主さんとどんな話をしたの?」
「はぁ……。聞いてなくて正解ッス……」
深いため息を吐いて歩き出したアザゼルを、エリスは困惑した顔で後を追った。




