エルティティスとミハイルの場合 8
一話にまとめるつもりだったのですが、読みにくいかもしれないので分けてみます。
もう一話は明日更新します。
数日後、エルティティスは放課後にそっと学園を抜け出した。アヴグストには事前に事情を話してサリホの護衛についてもらっている。
『課題のためにどうしても急きょ買い物へ出る必要があります。自分は狙われていないので、サリホの分も含めて買いに行ってきます』
この口実は半分本当で、半分嘘だ。
実は課題で必要になった実習で使う布やファスナー等の被服製品は、学園の購買でも買えないことはないのだ。さすがに最低限のものしかないので、不足分は注文するか、自分で買いに行くしかないのだが、本当は無理をして外出しなくてもなんとかなるにはなったのだ。
自分の行動が技師たちの迷惑になることを知りながら、エルティティスは手芸店の売り場を歩く。歩きながら、隣を歩く少年に声をかけた。
「お付き合い頂いてしまって、申し訳ないです。パヴェルさん」
「いいえ、お気になさらず」
ほほえんで少年は首を振った。昨日結界内でエルティティスを抱えて安全圏まで運び、強烈な攻撃回路で『黒服の男』に攻撃したのはこの少年だ。彼も成績優秀者で、総合成績四位だそうだ。今日はお見合い――に見せかけて彼が護衛に付いてくれることになった。赤みの強い髪は染めているんだろうかとまじまじと見つめてしまったが、海外の血が入っているらしい。地毛ですよと苦笑いされてしまった。
おっとりとしていて話し方もやることもマイペースで、攻撃的な部分は一切感じない。性格と得意分野が重なるわけではないとわかってはいるのだが、彼は攻撃回路に特化しているのがぱっと見では信じられない。
「オレ、発火能力持ちなんです」
エルティティスがそう言うとパヴェルは言って人差し指を立てた。ぼふっと一瞬だけ指先から火を噴く。
「だから火炎関係の回路と相性が良いんです。温度調節もわりとできるほうなので、そこが評価されてるんですよ。
それ以外の回路はあまり得意じゃないから――今のところは完全に攻撃特化ですね」
ふむふむとエルティティスは彼の説明を聞く。
「回路の制御や構築が突き抜けて上手いのは、やっぱりミーシャですね。オレも教わってるんです」
ぐしゃっと音を立てて手の中のメモがつぶれた。
「そ、そうですか、勉強熱心ですね」
尋ねていないことにまで丁寧に答えてくれた。そのことにエルティティスは動揺してしまう。
パヴェルはにこにことほほえんだまま、口を開いた。
「エルティティスさん、今日の本当の目的は買い物じゃないでしょ?」
「……っ」
動揺したが、なんとか笑顔を返した。手に持ったメモはすでにぐしゃぐしゃになっている。
と、パヴェルがそっとエルティティスにかがみ込んで、ささやくように言った。
「オレ、ヤルンやミーシャみたいに感情の機微を読む能力はないけど、昨日の様子見ててわかったよ。
エルティティスさん、ミーシャのこと好きだろ?」
パヴェルの口調が変わったことにも気づかず、エルティティスの顔からぼっと炎が出た。
「あ……んな、短い時間しか一緒にいなかったのに……そんな……」
「わかるよ。あとたぶんヤルンもグスタも気づいてた。オレは鈍い方だから、今の反応で確信したっていうのが正直なところだけど。
ところで――好きなのに、嫌いって言ったんだ? 精神感応者のミーシャが本気で落ち込むってことは、そのときは本心で言ったんだね? どうして?」
カマをかけられたと気づいたエルティティスはその場にしゃがみこんだ。
エルティティスは顔を上げられないまま内心でぼやく、こんなんで婿候補は見つかるんだろうか。
「ええと、落ち込まないで、エルティティスさん。
オレがどうしてこんなこと言い出したかわかる?」
「……わかりません」
パヴェルもエルティティスの隣にしゃがみこんだ。
「オレたち、あんまりミーシャが泣くから、なにがあったのか事情を聞いたんだ。
だから、悪いけどあなたたちの間にあったことは、たぶんほとんど知ってる」
「うわあ……」
エルティティスは穴があったら入りたい心境だった。
「ミーシャはさ、いいやつだよ。普段のあいつは、ちょっとびっくりするような言動もたまにあるけど、自画自賛するだけの努力はしてるし、だからといって人をおとしめたりするやつじゃない。むしろ自分と同じくらい人のいいところも見て、それを称えることができるやつ。
だからミーシャはバカだけど、周囲に人が集まるんだと思う」
「……はい」
「びっくりするくらいポジティブなものの考え方をするやつだから、感動したとき以外で泣いてるところなんて見たことなかったんだよ、小学校でも中学校でも」
「小学校……」
「うん、オレとヤルンはミーシャと小学校から同じ」
「知りませんでした……」
「あれ? 聞いたことなかった?」
言われて考え込む。エルティティスは小学校、中学校と女子校で、ミハイルとは異なる学校へ通っていた。彼が学校帰りにうちに寄っていくことも多かったし、そのときに学校生活のことはよく話してくれたが、ヤルンやパヴェルと思われる人物の名は聞いたことがない。
「ええと……桃が大好きな感激屋さんと、顔がすごく怖いけど優しい子の話はよく聞きましたけど……」
「あ、それオレ」
「はい?」
「顔が怖い子ってたぶんオレ。物心ついた直後くらいに発火能力が発現したせいで、家でいろいろあったから」
「そうでしたか……」
「うん。いろいろあったけど、あのときヤルンとミーシャがいてくれて良かったって思ってる。今のオレがあるのはあの二人のおかげでもあるから。
だからさ、ミーシャが泣いてるのはちょっと放っておけなくて」
「はい」
「でもさ」
にっこりとパヴェルはほほえんだ。
「どんなことにもバカが付くぐらいまっすぐだったあいつが、あなたのことに関しては話が違うみたいでさ。
あんまりいつまでもウジウジとして泣き続けてるから、発破かけるためにもアヴグストの立てた計画に乗っかろうかなって」
ちょっと感動していたエルティティスは、ぽかんと口を開いた。
「ええと……類は友を呼ぶんですね」
「あはは。アヴグストとは高校からの仲だけど、面白いやつだと思うぜ」
「……で、もしかしなくても、おとりになるつもりかい?」
「はい」
手芸店での買い物を終え、エルティティスとパヴェルはコーヒーショップへ来ていた。
ざわつく店内で、周囲に聞かれないよう小さな声で等パヴェルにエルティティスはうなずいた。
「……あぶないよ?」
「わかっていますよ。だからさすがに一人でだなんて無茶をしようとは考えてませんでした。
どなたかに協力をお願いするつもりではあったんですが……こんなにあっさりバレてしまうとは思わなくて」
「いや、エルティティスさん、けっこうバレバレだぜ?」
「そうですか……」
エルティティスは肩を落とした。これでももともとは技師になるために(略)。
そんなに態度に出ているということは、ミハイルにもあっさり露呈するだろうか。いや、それよりも――
「あの、今回の捜査チームの隊長なんですが」
「うん?」
「隊長に私のことも報告しますよね」
「そりゃあ」
「ですよねえ……」
エルティティスは頭を抱えた。
「入学したてのパヴェルさんはお気づきではないかもしれませんが……この規模の事件の捜査チームとして、あの人が隊長になるのって、結構異例なことだと思います」
「そうなのかい? でも、それってつまり今回は特殊な事件ってことなんじゃ?」
「ええと……ある意味特殊かもしれません。あのひと、私の叔父です」
「……はぁッ!?」
さすがに仰天したパヴェルが声をあげる。が、すぐに我に返り、周囲の視線に騒がせたことを詫びるためにぺこぺこと頭を下げている。
「おじ……というと、ご親族……」
「はい。父の弟です。
おそらく『黒服の男』の活動範囲がこのあたりで、被害者が『読む』または『視る』ものなので……その、父は私に甘くて……それに、父と叔父は仲の良い兄弟なので……お察しください」
つまり、公私混同だ。
エルティティスは目を合わせられなかった。恥ずかしくてパヴェルの表情を窺うこともできない。
「……まずい、かな」
「まずいどころの話じゃないです。露見したら大変なことになります。世間から非難の嵐ごうごうです。
なので、私がおとりになるしかないんです。そうすれば『身内を守るために職権乱用』をしているわけではないと、ひとまずは言い訳が立ちますから。ですが……」
「たぶん、それは隊長が許可しないだろうぜ」
「許可うんぬんについては、私に言われればリクト叔父さま――隊長は納得せざるを得ません。ええ、どんな手を使ってでも納得させます。
ただ、言い争いになってしまった場合――それが人に見られるのはまずいかと」
「わかった。独断になっちまうが、ヤルンに相談して、隊長抜きでなんとか――」
「それもいけません。組織として働く以上は、上官の命令は絶対ですから。独断は絶対に許されません」
「けど……それで、どうするんだ?」
エルティティスはしばらく目を閉じて考え込んだ。
「……私は今回の計画をあなたがたに相談していません」
「え?」
「相談していないから隊長に報告することもできないでしょう。
ですが、私の護衛をしてくださっているパヴェルさんは私の様子がおかしいことに気づきます。不思議に思ったパヴェルさんは、私をコーヒーショップへ連れ出して、雑談を交えながら事情を聞こうとします。
――ちなみにそれが、ここですね」
エルティティスがテーブルをちょんちょんと指さす。
突然のことに理解が追いつかず、パヴェルはきょとんとした。
「私は思いつめた表情をしながらも、何を聞いても口を開こうとしません。尋問が得意ではないパヴェルさんは、尋問向きな能力を持っているヤルンさんかミハイルへ協力を仰ごうと連絡を取るためいったん席を外します。
しかし戻ってきたら私が姿を消していて、驚いたパヴェルさんが慌てて私を探しに出ます。あちこちを探し回った結果、『黒い服の男』と対峙している私を見つけました。
――というのは、どうでしょう」
「壮大だ」
パヴェルは笑った。
「問題がふたつあるね。
ひとつめは、それだとオレが到着するまであなたがひとりになってしまうこと。
ふたつめは、そんなに都合良く『黒服の男』と会えるかな? ってこと」
エルティティスがテーブルに突っ伏した。
「ひとつめはともかく、ふたつめは致命的でしたね……」
「ひとつめも、わりと致命的だと思うぜ。ミーシャが発狂する」
パヴェルは笑って、飲み終えたカップをふたつ持って席を立った。
「エルティティスさん、あなたは周囲の立場に気を遣って自分の行動を決めるところがあるな。生まれた家や境遇を考えれば、それは仕方のないことなんだろうけど……
少しは家族やミーシャ、それにその仲間たちを頼ってくれて構わないと思うぜ?」




