エルティティスとミハイルの場合 7
短いですが、キリの良いところまで。
「つまり、あれは技師の方々が仰る、『黒服の男』でしたのね……」
あのあと無事寮まで送り届けられたエルティティスとサリホは、サリホの寮の会議室を貸し切り技師の隊長から話を聞いていた。
隊長がエルティティスとサリホの二人だけに応接室で説明をと最初はされていたのだが、ここでエルティティスがごねた。学園側にも事情を伝え、護衛と捜査をしやすいようにその場にいた技師らも同席させたほうがいいと言い張ったのだ。
だが、そうすると技師の隊員らだけでも五人。さらにエルティティスたちのクラス担任と寮母と――応接室に納まりきらない人数になってしまったので、会議室を貸し切ることになったのだ。
「ラトゥール嬢は、一度『毒』の被害に遭ってしまわれましたから――おそらくアレに目をつけられてしまっている。しばらくは『遮断』のおかげで安全でしょうが、再度狙われる可能性は否定できません」
隊長の言葉に担任が顔をしかめる。
「そんな、我がクラスの生徒がそんな危険な目に……あなたがたは――」
「技師の方々に落ち度があったわけではございませんわ、先生。それに人員を割いて護衛をしてくださるとのことですし。
今は一刻も早く解決のために捜査協力をすることが、わたしたちの安全にもつながることですわ」
どちらかというと技師の側であるエルティティスは学園側に口を出しづらい。サリホがうまく担任と寮母をいなしてくれていることに感謝しつつ、隊長に声をかける。
「それで、魔力持ちの中でも『視る』と『読む』能力を有するものが特に狙われている可能性が高い、ということはわかりました。
私も『読む』能力者です。ですが実際狙われたのはサリー――ラトゥール嬢と覆面の方だけでした。これは一体……」
「そうなんだよなァ。俺も一応『視る』の能力者のくくりに入るが、ヤツは俺のことなんてまったく眼中に入ってなかった」
エルティティスの言葉にアヴグストも首をかしげた。ちなみに覆面の男はここにいない。覆面を取れという命令を断固として拒否したので、学園側に覆面の説明が面倒だと隊長が追い出した。
「我々も犯人の標的を絞り込めていないというのが現状です。
狙われているのは圧倒的に『視る』能力を有している者が多く、被害に遭っている『読む』能力者は多くない。そして今のところこれら二つの能力を有していないものが狙われたことはない」
隊長の説明にエルティティスはうなずいた。サリホが問う。
「ところで、『視る』にしても『読む』にしても、能力の種類も力量差もございますわ。そのあたりはいかがなのでしょう」
「少なくとも、力量差と標的になるかどうかに関連性はないようです。
ただ、能力の種類についてははっきりとはわかっていません。技師は各個人の能力を組織が把握できていますが、技師ではない方々の能力は詳細を調べようがないというのが現状です。その能力を生業としている方ならともかく、そうでないならあまりおおっぴらに自身の能力を周囲に話しませんから。
――特にこの能力については、人にも言いづらいこともあるでしょうし」
隊長の横に腰掛けている副隊長が困ったように言う。担任が腕を組んで考え込む。
「判明しているだけで結構ですから、どういった能力者が被害にあったのか、教えていただけませんか?」
「うむ」
隊長がうなずいた。
「そうですね……まず、今まで今回の『黒い人の男』の被害に遭った方はラトゥールさんを含めて六人です。
『視る』については精神感応を持つ方が圧倒的に危険なようで、三人ほど被害者が出ています。ただ、『毒』にやられて堕ちる直前までになった方もいれば、魔力を軽く奪われただけで、それ以降まったく狙われていない方もいます。被害状況がまちまちですね。
それで、『読む』方で被害を受けたのは接触感応の方ですが……」
ここで周囲がエルティティスをちらりと見た。その視線に気遣いを感じたエルティティスは微笑んだ。
「私と同じ能力をお持ちの方ですね」
「……はい。もともとことさら能力保持者が少ないので、一人しか被害に遭われた方がいないのですが、この方は……」
「重症だったのですか?」
「いえ……」
「重傷ではないのですか……? では……」
エルティティスが促すが、隊長は言いよどみ埒が明かない。エルティティスはアヴグストへ視線を向けたが、彼も言いづらそうにしている。次いでヤルンへ視線をやった。
「墜ちた。人から悪鬼に」
「ヤルン!」
「お前、もうちょっと言い方が……!」
歯に衣着せずきっぱりと答えたヤルンを隊長と副隊長が咎めるが、彼は顔色を変えない。
「隠したところで仕方がない。それよりも、より一層安全に気をつけて頂くためには、包み隠さず真実を伝えるべきです」
「だが……」
「ええ、仰って頂いたほうが対策もできますし、その方がありがたいです」
エルティティスがにっこりとほほえんで、さらに何かを言おうとした隊長と副隊長を見つめる。その視線に二人は目をそらした。
ごほん、と咳払いをする。
「ところで、ラトゥール嬢は『読む』や『視る』方面の能力ってありますか?
あなたがた三人の中で、一番危険だったのはあなただったのだと伺っています。言いづらいかもしれませんが、できれば今後のために……」
寮長が空気を変えるように問うと、サリホははっと顔をあげる。
「自覚あるなら『視る』なのか『読む』なのかだけでも、できれば聞きてえな」
「そうですね。今後狙われる可能性についてもある程度は測れるかもしれませんし」
「はい……その……」
アヴグストと副隊長の言葉にサリホは少し顔を伏せた。
「『視る』方の能力を備えております。その、『透視』を少し……」
「『透視』ですか……ちなみに『黒服の男』はどのように視えたか、覚えておいでですか?」
「真っ黒でした……いえ、真っ暗……? うまく申し上げられませんが、人の形の闇が広がっているような感じでしたわ。
その闇の中から、なにかがこちらをじっと見つめているような気がして……その視線がとてもおぞましくて、でも目をそらしたら最後、何かがそこから出てきて殺されてしまうのではないかという気がして、動くことができませんでした」
サリホが言うとそのときのことを思い出したのか、ふるりと大きく震えた。アヴグストが小さく左手で合図をすると、どこからともなく現れた彼の使い魔――大型犬がサリホの膝に飛び乗り、震えるサリホの頬を舐めて小さく鳴く。サリホはきゅっと犬を抱きしめて息を吐いた。
「……ラトゥール嬢は『黒服の男』の中の、視てはいけないなにかを視てしまったのだろうな」
「やつらの『毒』は、本物の毒のように飲んだり実際に触れたりするものではないですからな。その闇のようなものが『毒』だったのでしょう」
「『毒』を視てしまったから、ヤツに捕まってしまった……か……」
「そういえば、俺もチーナにあの霧の解析はさせたが、俺本人はそれどころじゃなくて結果の詳細視てねえな……」
アヴグストが黒猫をひょいと抱き上げるが、ついっと黒猫――チーナは視線をそらした。解析結果の受け渡し拒否だ。
「チーナ? おい、ヴァレンチン?」
「豪華な名前だったんだな……チーナ……」
眉をひそめてチーナへ呼びかける続けるアヴグストをよそに、周囲の人間が目を見開いていた。
「なんだか、大事になってしまったわね……エル」
「そうね……」
結局サリホを巻き込んでしまったことに、エルティティスは肩を落とす。だが危惧されていたエルティティスよりもサリホの方が狙われ、危険な目にあったのだ。結果的にだが、一緒にいて正解だったのかもしれない。
寮の廊下で別れ、互いの部屋の戻ると、エルティティスは授業で出された課題をこなしながら考え込んだ。
『黒服の男』遭遇したが、エルティティスとアヴグストは狙われなかった。エルティティスは攻撃されたが、あれは結界の術者から逃れるためであって、標的になったわけではないとわかる。
つまり『黒服の男』は、どういう理由か知らないが、エルティティスのこの膨大な魔力を狙う気はないらしい。『毒』にやられないなら喜んで分けてあげるのにな、と場違いなことを考えながらエルティティスは腕を組む。
(いちばん狙われるのは『視る』――精神感応の能力者……)
エルティティスはこの能力を持っている者を知っている。その人間はおそらく、狙われる可能性が非常に高いだろう。
(もう一緒にいられないけど……嫌いって言っちゃったけど……)
それでも、十年という長い時間をともに過ごした幼なじみだ。
これからは離れてしまうが、ずっと大切な――
(私が、守るわ)
投稿してからミスに気付き、こっそり直しました。申し訳ありません。




