第8話 川に映った俺の顔は――
俺は今日、初めて洞窟の外へ出た。
目的は一つ。
――自分の姿を確認するためだ。
「シン、本当に川まで行く?」
「行く。俺、転生してから一度も自分の顔を見てないんだぞ」
「……ん」
レイが苦笑する。
俺はマリの背中に乗り、その後ろにはレイが乗っている。
マリは全長三メートルを超える大型魔獣。
しかもゾンビ化してから、さらにパワーアップしている。
人間二人くらいなら乗せたところで、まったく問題ない。
「マリ、もう少しゆっくり――」
――ドドドドドッ!
「うわぁぁぁ!」
「きゃっ!」
俺とレイの身体が同時に跳ねた。
マリは森の中を猛烈な勢いで駆け抜けていく。
「速い! 速いって!」
――ガウッ!〈これでも遅いほう〉
マリはそう言っているのだと意訳する。
「いや、これで遅いってどういうことだよ……」
――ガウッ。〈普通〉*俺の意訳
「普通じゃない!」
俺の叫び声が、森の中に響いた。
***
「嘘だろ……」
森の中は、想像していた以上にジャングルだった。
木々が密集し、道なんてものは存在しない。
それでもマリは迷うことなく進んでいく。
どうやら、この辺りは元々マリが仕切っていた縄張りらしい。
俺たちの姿を見ると、動物や魔獣はほとんど逃げていく。
正確には――。
マリを見て逃げている。
「そういえばさ」
俺はマリの背中から周囲を眺めながら聞いた。
「マリって、旦那とか子供とかいないのか?」
マリの耳がピクリと動いた。
少し考えたあと、
――クゥン。ガウッ。クゥン。
と鳴いた。
俺には、その意味が何となく分かる。
たぶん――。
〈子供はいない。旦那は浮気したから食い殺したの〉*俺の意訳
「……そうか」
思っていたより、かなり重い話だった。
「マリも大変だなー」
――クゥン。〈ホントね〉*俺の意訳
「…………」
俺は、それ以上何も聞かなかった。
***
そんな話をしているうちに、森の中に小さな川が見えてきた。
「――着いた」
マリが足を止める。
俺はマリの背中から降り、川へ近づいた。
流れは緩やかで、水はかなり綺麗だ。
川の流れを目で追っていくと、遠くに池のような場所が見える。
恐らく、あそこに湧き水があり、それが池になって川へ流れているのだろう。
池には、様々な動物――いや、魔獣らしきものが水を飲みに来ている。
俺は川の緩やかな場所まで歩いていき、水面を覗き込んだ。
「…………」
そこに映っていたのは、一人の少年だった。
黒い髪。
黒い瞳。
少し面長な顔。
各パーツは、そこそこ整っている。
「……普通だな」
一般的に見れば、普通以上。
でも、イケメンというほどではない。
うん。
当たりだ。
「モブとしては完璧じゃん」
俺は満足した。
目立たない。
それが一番だ。
「シン」
後ろからレイの声がした。
「何?」
「顔、ずっと見てる」
「そりゃ見るだろ。二か月ぶりなんだから」
「……ふふ」
「笑うなよ」
俺は川の水をすくって顔を洗った。
「冷たっ!」
気持ちいい。
せっかくなので、身体も少し綺麗にする。
「レイも一緒に水浴びする?」
「嫌――」
「即答かよ……」
「もう何度も来てるから」
「そうですか……」
残念。
俺は諦めて帰ることにした。
***
洞窟へ戻る途中。
俺は、ふとレイの言葉を思い出していた。
――アスカ可哀そう。
アスカ。
俺たちと一緒に暮らしている、獣の身体を持つアンデッドだ。
受肉によって肉体を得たものの、本人が望んでいた人間の姿とは、かなり違う。
アスカ自身も、自分の姿を人に見られたくないらしく、洞窟の奥に引き籠りがちになっている。
……いや。
「そもそも、誰に見られるんだよ」
この森に人間なんて、ほとんどいない。
俺たち以外に誰かがいる気配すらない。
それでも本人が嫌だというなら、無理に外へ出すつもりはない。
でも――。
「…………」
俺は、ふと以前に整理した魔法の理論を思い出した。
以前の俺なら、理論も気にせず何となく使って、結果成功しただけだ。
でも今は違う。
少しずつだが、魔法がどういうものなのか分かってきた。
今までの俺は、既存の魔法をただ覚えるだけではなく、複数の魔法の仕組みを組み合わせていた。
そして、新しい魔法を作るという発想にたどり着いた。
だからこそ――。
「……もしかしたら」
「どうしたの?」
レイが訊いてくる。
「アスカを獣の身体から人間の身体にして……さらに若返らせることができるかもしれない」
「……え?」
レイが目を丸くした。
「本当に?」
「分からない」
「分からないの?」
「理論上は、できそうってだけ」
俺は頭の中で考える。
アスカには魂がある、獣だが肉体もある。
そして俺は魂をも操るネクロマンサー。
なら――。
新しい肉体を作る。
その肉体を、人間のものにする。
さらに若い状態へ細胞を調整する。
そして、そこへアスカの魂を合わせる。
「…………」
いけるかもしれない。
もちろん、まだ具体的な術式は完成していない。
失敗すればどうなるかも分からない。
それでも――。
「できる……かもしれない」
「シン、大丈夫?」
「たぶん」
「たぶん……」
「いや、魔法ってそういうもんだろ?」
「違うと思う」
「…………」
レイの目が冷たい。
「と、とにかく!」
俺は話を逸らした。
「洞窟に戻ったら、アスカに聞いてみよう」
「うん」
レイが嬉しそうに笑った。
俺も少しだけ胸を張る。
「俺、魔法使いとして成長してるな」
「……まぁ。」
「何その微妙な反応」
「だって、昨日は洞窟の天井を焦がした」
「…………」
「しかも二回」
「それは練習だから」
「失敗は失敗」
「…………魔法って難しいんだよ」
俺は視線を逸らした。
マリが、
――クゥン。〈言い訳言ってる〉 *俺の意訳
「マリ、お前まで!」
そんなくだらない会話をしながら、俺たちは洞窟へ戻った。
***
「――人間の姿になって若返る」
――名付けて『アスカ・劇的ビフォーアフター計画』
洞窟へ戻り、アスカに計画を説明すると、アスカは獣の身体を揺らしながら俺を見る。
「そう。できるかもしれない」
「……本当に可能なのですじゃ?」
「分からない」
「分からんのかい!」
アスカが獣の手で俺を指差した。
「いや、だから可能性の話だって」
「ご主人は本当に危なっかしいのですじゃ……」
「でも今回はちゃんと考えてる」
俺は地面に座り、近くの石を使って簡単な図を描き始めた。
「まず、アスカの魂がある」
「うむ」
「今のアスカには、獣の身体がある」
「うむ」
「そこで、新しい人間の身体を作る」
「……ほう」
「洞窟で考えた魔法の仕組みを使えば、出来るかもしれない」
「つまり、今までの魔法を組み合わせるのですじゃな?」
アスカは基本、頭がいい。
「そういうこと」
俺は指を立てた。
「まず、肉体を作り直すための魔法」
ボディ・リビルド。
「次に、肉体の年齢を調整する魔法」
リジュベネーション。
「そして――」
俺はアスカを見る。
「受肉」
アスカの動きが止まった。
「…………」
「アスカ?」
「……本当に、できると思うのですじゃ?」
「まだ分からない」
「…………」
「でも」
俺は笑った。
「やってみる価値はあると思う」
アスカは、しばらく黙っていた。
やがて――。
「……怖くないと言えば、嘘になるのですじゃ」
その声から、いつものふざけた雰囲気が少しだけ消えていた。
「でも、やってみたいのですじゃ」
「……分かった」
俺は立ち上がった。
***
俺は洞窟の壁を見る。
そこには、ずっと書き続けている魔法の図がある。
まだ不完全だ。
分からない部分も多い。
だから、もう一度考える。
魂と肉体。
肉体と魔力。
そして年齢。
それぞれをどう繋ぐのか。
「まずは術式を組む」
俺は壁に新しい線を書き加えた。
「目的は――アスカの身体を作り直すこと」
アスカが後ろから覗き込む。
「本当に大丈夫なのですじゃ?」
「理論的にはな」
今までの俺なら、魔法は「何となく使えるもの」だった。
だが今は違う。
考える。
組み立てる。
試す。
失敗したら、また考える。
そうやって俺は――。
新しい魔法を作ろうとしていた。
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