第7話 目立たないために、魔法を極める
異世界に転生してから、二か月ほどが経った。
俺は最近、ちょっとした問題を抱えている。
「魔法、もっと覚えないとな」
洞窟の壁にもたれながら、俺は呟いた。
今の俺の眷属は、レイとアスカ、そしてマリ。
この洞窟にいるあいだはいい。
だが、いつまでも引きこもっているわけにもいかない。
外へ出れば魔物や人間に遭遇するかもしれないし、とんでもなく強い相手と戦うことだってある。
――俺がまともに使えるアンデッド魔法は三つだけだ。
リザレクション。
ダーク・リカバリー。
ボディ・スナッチ。
どれも、死んだ俺たちが仮初の生を保つための魔法だった。
ヒールやグレーター・ヒールも唱えられるが、普通の回復魔法はアンデッドには逆効果。
自分にかければダメージになるし、仲間に使えば傷つけてしまう。
――あれは魔法というより、嫌がらせだ。
生きていくための魔法はある。
だが、外で身を守るための魔法がない。
改めて考えると、かなり心細かった。
***
そもそも、俺はどうやって魔法を覚えたんだろう。
実は、ほとんど覚えていない。
レイを蘇らせたときも、魔法を使おうと思った瞬間、
――こうすればいい。
という感覚が頭に浮かんだ。
魔法の名前まで自然に分かった。
ダーク・リカバリーも、ボディ・スナッチも同じだ。
――何となく魔法を知っている。
だが、前にアスカの骨を強化しようとして、
「グレート・ボーン・デンシティ」
と唱えたときは、何も起こらなかった。
想像するだけではダメらしい。
魔法には、それなりの法則や理論があるのだろう。
「何だよ、それ。無理ゲーすぎる」
俺は自分の頭を指で突いた。
普通、転生するときにチート能力をもらうのが定番だろ。
神様から「異世界転生特典です」と能力を渡されたり。
――だったら、魔法一覧表くらい付けてくれよ。
スキルツリーでも、ステータス画面でもいい。
せめて説明書が欲しい。
俺は何も知らないぞ。
そもそも、スタートがただの頭蓋骨だしな。
あまりにも悲惨すぎる転生だ。
とはいえ、動けるようにはなった。
眷属もいる。
――そう思うと、俺、めちゃくちゃ頑張ってるよね?
***
そこで、ふと思いついた。
――説明書なら、生前の記憶にあるかもしれない。
俺は魔法が出てくる漫画や小説、アニメを大量に見ていた。
炎、氷、雷、回復、召喚、結界、転移、蘇生。
魔法の種類なら、いくらでも思い出せる。
――なんだ。俺、けっこう知ってるじゃん。
「よし! 記憶をたどってみるか!」
紙はない。
だから、洞窟の壁に石で魔法の種類を書き出すことにした。
攻撃、防御、回復、召喚、強化、結界、転移、蘇生。
思いつくものを片っ端から並べていく。
――俺、昔どれだけ異世界ものを見てたんだ。
だが、具体的な名前や使い方となると、意外と思い出せない。
――炎をドーンって出すやつ。
――氷をバーンってするやつ。
――敵をこう……ズバーッてするやつ。
――ダメだこりゃ。
「シン、何してるの?」
後ろから声がした。
振り返ると、レイが壁を見ている。
「魔法の勉強」
「壁に落書き?」
「違う。研究だ」
レイは壁に並んだ文字を眺める。
「爆発?」
「うん、重要だ」
「何に?」
「俺のロマン」
レイは無言になった。
――しまった。本音が出た。
「いや、違う。爆発は攻撃魔法として重要だから」
「ふーん」
――視線が冷たい。
***
俺は気を取り直し、今まで使った三つのアンデッド魔法について考えた。
まずは、リザレクション。
死者を蘇らせる魔法だ。
ただ死体を動かしているだけなら、ゾンビと変わらない。
だが、蘇ったレイはちゃんとレイ自身だった。
――魂を戻しているのか?
レイは普通に話し、歩き、考える。
それなのに、呼吸はしていない。
心臓も動いていないし、血液も巡っていない。
――魂が、魔力を介して肉体を動かしている?
俺は壁に、
「魂+魔力→肉体を制御」
と書き足した。
少なくとも、アンデッドが動ける理由はこれで説明できそうだ。
次は、ダーク・リカバリー。
これは生命活動を回復させるのではなく、アンデッドの肉体そのものを魔力で修復しているのだろう。
壁に、
「肉体+魔力→修復」
と書く。
最後は、ボディ・スナッチ。
これは魂と肉体に関わる魔法だ。
三つの魔法を見比べる。
――魔法って、この辺りを操作しているのか?
なら、どうやって操作する。
俺は生前の記憶をたどった。
魔法陣、 詠唱、 魔力、 イメージ、 術式、 属性、 触媒。
その中で、ひとつ思い当たる。
――魔法をプログラムみたいに考えている作品があったな。
目的を決める。
魔力を流す。
術式で制御する。
そして、結果を出す。
俺は壁に、
「目的」「魔力」「術式」「制御」「発動」
と書いた。
――よし。
これなら、少し分かる。
「試してみるか」
***
俺は手のひらに魔力を集め、炎をイメージした。
「ファイア!」
ボッ。
小さな炎が出た。
「おお!」
成功だ。
「もっと大きく!」
ボンッ!
「うわあああ!」
炎が一気に膨れ上がり、洞窟の天井に燃え移りそうになる。
「消えろ、消えろ、消えろ!」
慌てて魔力を止めると、炎は消えた。
天井が少し黒くなっている。
「……危なかった」
その後も、炎の大きさや形を変え、魔力の量を調整して何度も試した。
失敗と成功を繰り返すうちに、少しずつ魔力の流れが分かってきた。
――ただ魔力を出せばいいわけじゃない。
――目的に合わせて、魔力を組み立てるんだ。
***
考え始めてから、一週間が経った。
洞窟の壁には、魔法についてのメモが増えている。
まだ分からないことだらけだ。
それでも、魔法を思い出すだけではなく、どう組み立てればいいのかを考えられるようになった。
「……これなら、もっと色々できそうだな」
俺は腕を組み、アスカを見た。
今のアスカは獣の身体を持っている。
受肉して、スケルトンだった頃より丈夫になった。
でも、人間の身体ではない。
――人間の肉体を作る魔法。
――アスカは人間ではないが、肉体はすでにある。
――なら、肉体を分解して再構築することは?
――魂と魔力。そこへ、構築する細胞の調整。
うまくいけば、老若すら意志どおりにできるかもしれない。
「……できるかもしれない」
もちろん、すぐには無理だ。
もっと研究が必要だ。
それでも今なら、考えることができる。
――既存の魔法を組み合わせて、新しい魔法を作る。
「俺、ちょっと魔法使いっぽくなってきた?」
「シン。顔、嬉しそう」
「そりゃ嬉しいだろ。魔法だぞ?」
十四歳の中学生が異世界で魔法を使える。
テンションが上がらないわけがない。
「でも、最強にはならないからな」
「どうして?」
「目立つから」
レイは呆れた顔をした。
「簡単に言えば、誰の邪魔もなく、ひっそりのんびり暮らしたいだけ」
俺は言い直す。
「シンは変」
「うるさい」
俺は壁に、最後の一行を書き加えた。
――目立たないために、魔法を極める。
「……完璧だ」
どう考えても矛盾している。
でも、俺は本気だった。
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