第53話 再会
――ガゥゥウウウウ。
あれは、レッドボア!
いきなり山を猛スピードで降りてきた。
――だめ。危ない!!
やられちゃう……レッドボアが――。
――アイィィイイ!
ボゴーーン。
レッドボアが空高く吹き飛ばされ――キランって星になった。
お怒りキノコ君、もう何度目だろう。
超強いんです。
「キノコ君がおると戦わなくて楽じゃの」
アスカお婆ちゃんも短剣を持ちながら呟いた。
しゅるしゅるとキノコ君は元の可愛らしい姿に戻った。
――アイ、アイ!
見た目が一番弱そうで、しかも先頭。
当然、魔物はキノコ君を最初に狙う。
で、魔物が襲ってくると、キノコ君は真っ赤に怒って巨大化。
持っている枝が棍棒のように大きくなって、魔物を薙ぎ払う。
ずっと、この繰り返し。
「魔物ってバカですか?」
「ま、学習能力はないみたいじゃな」
アスカお婆ちゃんはにこやかにそう言った。
***
しばらく進むと、黒くて長い棒が山の斜面に突き刺さっているのが見えた。
あれはホネスキ村の結界の柱だ。
「アスカお婆ちゃん、あの黒い棒の先からホネスキ村に入るよ!」
「おお、やっとか。マヤ、心の準備はええかの?」
「うん、大丈夫!」
私はもう迷ってはいなかった。
黒い棒を通り過ぎる。
急に冷気のような感覚を肌で感じた。
――懐かしい。
「ああ、空気が急に変わったみたいじゃな」
アスカお婆ちゃんも、結界内に入ったのを理解したみたいだった。
「――何人かおるの」
キノコ君とアスカお婆ちゃんの歩みが止まる。
『そこの者、止まりなさい』
木々の中から声だけが聞こえる。
「あの。マヤです!……二年前にこの村を出て行ったマヤです!」
『マヤ?――巫女見習いだったマヤか?』
小さな村だ。
すぐに私を思い出したみたい。
「うん。マヤです!」
『一応、合言葉を言え』
「合言葉じゃと?」
怪訝な顔をするアスカお婆ちゃん。
『骨!』
「好き!」
そのままズッコケる、アスカお婆ちゃん。
『――よし』
木々の影から、弓を持った犬の獣人が姿を現した。
***
「マヤ、久しぶりだな」
声をかけてくれたのは、村一番の狩人、ラキだった。
そして、村一番のイケメン。
「ラキ兄さん!」
「少し大きくなったか?」
「うん。少しだけね」
「こちらのお嬢さんは?」
ラキ兄さんはアスカお婆ちゃんを見る。
私はなんて紹介しようかと考えた。
「私はアスカでぇーす! マヤちゃんの友達だよ! よろしくね☆彡」
あご乗せポーズでウインクするアスカお婆ちゃん。
「お、おお。よろしく、アスカさん」
「このキノコみたいなのは?」
ラキ兄さんはキノコ君を指差す。
「アイ、アイ!」
「この子はキノコ君。イヴァンさんっていう精霊騎士の眷属なの」
「へー、精霊ってまだいたのか」
一緒に山奥に向かって歩きながら、ラキ兄さんが話す。
「えっと、さっき複数の気配がありましたよね?」
アスカお婆ちゃんが、聞いたことのない言葉遣いをしていた。
「ああ、ラムとエナがいたんだが、マヤを見て安心して村へ戻っていったよ」
ラムさんとエナさんか。懐かしい名前。
私は思い切って、ラキ兄さんに気になっていたことを話してみる。
「あの、お父さんとお母さんは……元気ですか?」
「んー。この後、家で話せばいい。俺からは何も言えない」
「う、うん……」
含みのある話し方をするラキ兄さん。
いきなり娘が出て行ったんだもん。
元気なわけがないよね――。
***
――村の皆の視線が痛い。
何か私に言ってくるわけではない。
でも、野良仕事をしながら、家事をしながら、掃除をしながら。
視線だけはこちらを見ていた。
そうして、家の前に着いた。
「マヤ、俺はアスカさんを長老の家に案内する。お前はちゃんと話し合え」
「うん――」
(しっかりな。わしのことはアスカちゃんと呼ぶのじゃぞ)
アスカお婆ちゃんは小声で私にウィンクすると、ラキ兄さんの後について行った。
すーーーっ、はぁーーーーー。
私は深呼吸をすると、家の扉を開けた。
***
「マヤ! マヤなのかい?」
少しやつれた感じのお母さんが、私の顔を見てびっくりしたような声を出した。
「う、うん」
お母さんは駆け寄ってくると私を抱きしめた。
「よく帰ってきてくれたね、ぅぅ」
お母さんは涙を流した。
私は怒られるとばかり思っていたので、何も言えずにただ立っているだけだった。
「あの、お父さんは?」
「……出て行ったよ。二年前、マヤを探すって――」
「え――」
目の前が真っ暗になった。
お母さんはもっと泣いた。
私も涙が溢れてきた。
何があっても動じないって。
覚悟してたはずなのに……。
「ううう。……うわあああああん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
覚悟なんてとっくに吹き飛んで、私はお母さんと抱き合って泣いた。
めっちゃ泣いた。
過去最高に泣いた。
***
私はお母さんといろんな話をした。
私が急にいなくなり、なぜなんだとお父さんとお母さんは何度も喧嘩したと言っていた。
巫女見習いは他にも候補がいたので問題はなかったのだが、お父さんとお母さんの村での地位は悪くなったらしい。
村人も普通に接してはくれるものの、どこかよそよそしくなってしまった。
そして村でも少し浮いてしまった状態になり、お父さんは私を探すと言って家を出てしまった。
お母さんは一人残され、気力もなくなり病気がちになったと話してくれた。
私がいない二年間の話を聞くたび、涙が出た。
「…………」
いろいろと話し合って、お互いしばらく沈黙した。
「ごめんね……」
沈黙を破るようにお母さんが口を開いた。
「あれから、父さんとはたくさん喧嘩したの。でもね、私もお父さんもわかってた。マヤが巫女の修行を辞めるかもしれないって」
「え?」
私はお母さんの思わぬ言葉に固まった。
「何にでも興味を持つマヤ。あの祠はあなたには小さすぎた。狭すぎた。でも、巫女を家から輩出する重さに私たちは負けたの。きっと浮かれてたのね」
私は黙ってお母さんの話を聞いた。
「喧嘩の内容だってね。なんでマヤを自由にしてあげなかったのかって、それをお互いのせいにして毎日言い争ってた。そしてお父さんは、マヤを探すって……」
お母さんは再び涙を拭う。
私を自由にさせてあげなかったことを二人で後悔し、お互いのせいにして喧嘩になったとお母さんは言った。
――ああ。お父さんもお母さんも、私のことをしっかりと見ていてくれたんだ。
「マヤ、お友達とここに来たんでしょ?」
「え、なんで知ってるの?」
「あなたが来る前にラムとエナがここに寄ってね。マヤが帰ってきたよって教えてくれたの」
だからラムさんとエナさんは先に戻ったんだ。
「あなたがこの場所には留まれないことはわかってる。きっと新しい土地で元気にやってるんでしょ? お友達まで作ってきて。……でも、もうしばらくはここにいてほしい」
――あなたがこの場所には留まれないことはわかってる。
その言葉の重さがズンと心にのしかかった。
「うん。お母さんが寂しくなくなるまで、ここにいるよ……でも」
「わかってる。マヤが時々ここに戻ってくれたらそれでいいの」
思わずお母さんを抱きしめた。
「お母さん、ごめんね」
「わたしこそ、ごめん」
――コトリ。
入り口のあたりで物音がした。
私は家の扉を開けに行くと、人影が見える。
「どちらさんですか?」
「あの……アスカです」
扉を開けると、アスカお婆ちゃんが体裁悪そうに立っていた。
(いやぁ、なんか入りづらくて……)
アスカお婆ちゃんは苦笑いをしながら立っていた。
「お母さん! お友達のアスカちゃんです」
「アスカっ、でぇ~す! よろしくお願いしまーす!」
「いらっしゃい、どうぞ入ってくださいね」
この後、お母さんの手料理を三人で美味しく食べました。
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