第54話 森羅万象の声
次の日、私とアスカお婆ちゃんは巫女様のいる祠へ向かった。
キノコ君はやっぱり、というか、村人たちに大人気なので村に置いていくことにした。
村から三十分ほど、さらに山を登ると、巫女様と巫女見習いたちが暮らす祠が見えてきた。
巫女様は六十歳過ぎの老人で、物言いも厳しいので、なんて言われるのか不安になる。
「こんにちは、マヤです」
「マヤ、久しぶりだね。みんな心配してたんだよ?」
同じ巫女見習いだったサヤが祠から出てきた。
「うん。本当にごめんなさい」
サヤは私を見て驚くこともなく、笑みを浮かべて話してくれた。
「大体のことは動物たちとラキ兄さんから聞いてるよ」
「――ああ、そうなんだ」
――もう、私のことはみんなに伝わっているんだ。
私はもう一人の巫女見習いがいないことに気付いた。
「ユウはどうしたの? 元気?」
サヤは少し真面目な顔になった。
「うん、ユウは村に戻ったんだ」
「え、どうかしたの?」
少し驚いてサヤに聞き返す。
「巫女様の体調があまり良くなくてね、次代の巫女が決まったの」
私はサヤが選ばれたんだと、ピンときた。
「そうなんだ……」
今の私は外の世界を知っている。
巫女になることが本当に幸せなことなのか、少しだけ疑問だった。
「おめでとう。で、いいのかな?」
私はサヤの本心がわからず、そんな風に語りかけた。
「うん、納得してる。ありがとう」
――納得してる。
きっとサヤなりに色々と思うところもあるのだろう。
巫女は村の中では村長と同じくらい、高い地位を持つ。
皆から敬われ、村から献納される飲み物や食べ物などは、最高のものが保証される。
だけど、一生独身でもある。
結婚をしてしまうと、巫女の能力が落ちるか、失われると巫女様は言っていた。
「巫女様は奥で休んでいるよ。顔を出してあげて」
サヤは祠の奥にある寝所の方を指さした。
私は隣にいたアスカお婆ちゃんを見た。
「アスカちゃんは中に入れないから、この辺りを散策しててね」
「はーーい、オッケー!」
アスカお婆ちゃんは軽い感じで私にピースサインをした。
若い女性に成りきっている姿が、少しだけ面白かった。
***
「マヤ、よく来たね」
巫女様は布団から上半身を起こし、着物を上着代わりに羽織った。
「巫女様、突然飛び出してしまってごめんなさい」
「ああ、お前が自分の将来に疑問を抱いておるのは知っておった」
「え、そうなんですか」
巫女様はお母さんと同じようなことを言う。
「まぁ、今となってはサヤがわしの跡に決まったからな。今更、お前を叱ったりはすまいよ」
巫女様は、時が経ったからもう不問だと言ってくれている。
「我らは動物たちと向き合い、意思を通わせて我らの言葉に当てはめて会話する。だが、マヤは違うのだろう?」
――私はハッとした。
自分は修行中の頃から、巫女様や巫女見習いたちとは少し違うんじゃないかと、ずっと思っていた。
私は動物と会話するというより、絵のような映像と、気持ちのようなものが頭に入ってくる。
巫女様たちは動物の意思を自分たちの言葉に置き換えて理解する。でも、私には映像や気持ちそのものが伝わってくる。
意思疎通ができるという点では同じだけど、その方法は違う。
私も映像や思いをイメージして、相手に伝えていた。
「だからな。マヤは巫女であっても、我らがいう巫女ではないのだ」
「…………」
巫女様は少し間をおいて、再び口を開く。
「それをわしは言えんかった。マヤの両親の期待もあったし、巫女見習いを降ろせばきっと悲しんだだろう。能力は結果的には変わらんからな。わしはそれを良しとしたのだ」
「はい……」
私は巫女様の気持ちも、なんとなく理解できた。
「しかし、最終的にマヤを選ぶことは無かったと思う。お前は我らの巫女とは少し違うからな。だからお前がここを出て行った時は後悔した。もっと早く解放してやるべきだったと」
私は巫女様の気持ちを聞いて、また涙が溢れてきた。
「だからマヤよ。我らのことは気にせず、自分の思う方向へ進むのだ。それがお前には一番良い生き方だと思う」
「巫女様……」
「わしは見ての通り、体があまり良くない。少し横にならせてもらう」
巫女様は再び布団に入った。
私はそっと頭を下げ、巫女様の寝所を出て行った。
***
祠を出た私は、アスカお婆ちゃんを探しに、付近を懐かしみながら歩いた。
洗濯場や巫女見習いたちの寝所、簡素な調理場、村人たちと祭事を行う広場。
たった二年なのに、とても懐かしかった。
アスカお婆ちゃんが井戸水で手を洗っているのが見えた。
私はアスカお婆ちゃんの言いつけ通り、同じくらいの年頃の友人として声をかけた。
「アスカちゃん! 終わったよ、帰ろう」
私はアスカお婆ちゃんの言いつけ通り、同じくらいの年頃の女性として声をかけた。
――その時だった。
右の足首に強烈な痛みを感じた。
「痛っ――」
「どうしたの?」
若者気取りだったアスカお婆ちゃんが振り返る。
足首を見ると、綺麗な模様の蛇が噛みついていた。
私は痛みと驚きでその場に崩れ落ちる。
アスカお婆ちゃんは咄嗟に私の身を支え、短剣で蛇の頭を切り落とした。
「マヤ、大丈夫かの?」
――あ、お婆ちゃん言葉に戻ってる。
なんて考えながら、私は意識を失った。
***
私は真っ白な雲の中にいるような感覚になっていた。
――無音。
辺りを見回しても、上も下も全てが白い世界だった。
声を出そうとしたけど、声が出ない。
暗闇じゃないけれど、全てが真っ白だと、こっちもなんか怖い。
立っているのか、寝ているのかもわからない。
意識だけが、この白亜の世界にいるような感じ。
だんだんと心が落ち着いてきた。
――確か私は蛇に噛まれたはず。
そのあと――。
思い出そうとしたけど、思い出せない。
きっと私は蛇の毒か何かで気を失ったんだと思った。
『へぇ、君と繋がったんだ』
その声は突然、私の頭の中に入ってきた。
少年のような、そんな感じの声。
『僕の声が聞こえるかい?』
(はい……)
『偶然が重ならないと、君のような人とは会話できないんだ』
その声は、私の頭の中に直接響いているようだった。
(あの、あなたは……)
素朴な疑問。
『僕かい? 多分、言っても理解はできないと思うけど……。そうだな、世界の傍観者でいいのかな?』
(世界の傍観者……)
『なんて言えばいいのかな。君たちの世界を遠くから眺めている存在というか』
『あ、遠くでもないな。でも近くでもない。君たちの言葉では表現が難しいね』
何を言ってるのか、私には分からなかった。
『だよね、分からないよね』
(全然わからないです)
『まぁ、説明は理解できないだろうから、置いといて――』
(あ、端折った……)
『君のような人は、この世界ではとても珍しいんだ』
(――珍しい?)
『ああ、この世界の森羅万象の予兆を読み取れる人のことね』
(すみません。わかりません――)
『まぁ聞いてよ。僕は直接この世界に干渉することはできないんだ。ただ、見てるだけ。でもね、森羅万象の予兆のようなものを見せることはできるんだ』
(森羅万象の予兆……ですか?)
『うん、例えば君。周りのことを絵や映像として頭の中で感じることがあるよね?』
(はい、だから巫女見習いをしていました)
『ああ、ごめん。もう時間がないな。君の意識が戻っちゃいそうだ。えとね、要するに君はこの世界の森羅万象に気付くことができるんだよ。その出来事が世界にどんな影響を与えるのかまではわからない。でも、起こる前に気付くことはできる』
(予知――、のようなものですか?)
『ああ。君、頭いいね。そう、予知みたいなものさ。例えば大雨が降るとする。それを君は雨が降る前に気付いたとする。その大雨は干ばつなどで困っている場合なら恵みの雨だろうし、土壌の弱い地域なら全てを飲み込む土砂崩れになるかもしれない。それは大雨の結果を君たちがどう受け止めるのかで違うってこと』
(難しいです……)
『ははは、だろうね。僕はね、この世界が大好きなんだ。人の営みだけでなく、この星の全てがね』
(星ってなんですか?)
『ああ、そうか。少し意味は違うけど、この大地って意味で捉えてくれてもいいかな』
(私たちが生きる大地……)
『そうそう。そんな感じさ。だから君はこれから頭の中に入ってくる映像を、どう解釈して、どう受け止めるのか。そしてどう動くのか。その選択権は全て君自身が決めればいい。僕はそれを眺めるだけなのさ』
(私のような人は他にもいるの?)
『人だけじゃない、動物でも何にでもいる。珍しいことには変わりはないけど、君だけというわけじゃないんだ』
頭が混乱して、訳が分からない。
『おっと、時間みたいだ。もう会う機会は無いかもだけど、またね』
(あ、もうちょっとお話を……)
***
「マヤ! マヤ! マヤ!」
アスカお婆ちゃんのような、お母さんのような声が聞こえ、真っ白な世界から色の付いた世界へと切り替わる。
目を開けると、目の前にアスカお婆ちゃん、その隣にお母さんがいた。
私は家に帰って寝ていたらしい。
「マヤ、気が付いた?」
心配そうな顔で私をのぞき込むアスカお婆ちゃん。
「あ、アスカお婆ちゃん……」
少しだけ妙な間があいた。
「マヤったら混乱してるのね。アスカちゃんをお婆ちゃんだなんて……」
アスカお婆ちゃんの目は笑ってなかった。
けど、仕方ないよね?
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