第52話 マヤの葛藤
私とアスカお婆ちゃんは馬車を降りて、徒歩に切り替えた。
ここからは山へ入っていく。
「もう夕方じゃし、山に入る前にこの辺で野宿したほうがいいのじゃ」
「うん、そうだね」
私たちは山の麓にある野原にテントを張った。
アスカお婆ちゃんがテントを張っている間、私は食事の支度をする。
今までの道中は宿場町の安宿で寝ることができたけど、今日からは野宿が主体となる。
不安がないとは言えない。
一人でホネスキ村を出てきた時も、私は一人だった。
でも今はアスカお婆ちゃんがいる。
アスカお婆ちゃんには時々シン様からも念話が届くらしく、道中は無事だと伝えているって言ってた。
「アスカお婆ちゃん、ご飯できたよー」
「はいよ、ちょっと待つのじゃ」
付近で薪を拾っていたアスカお婆ちゃんも、こちらに戻ってきた。
アスカお婆ちゃんにはご飯は必要ないんだけど、必ず私と一緒に食べてくれる。
今日は干し肉と野菜のスープを作った。
「うん、塩気と肉のうまみが出ていて美味しいのじゃ」
「へへへ。私も上手く作れたよ」
パチパチという音を立てて勢いよく燃える薪を前に、二人並んで食べるご飯はとても美味しかった。
その時だった。
――ガサッ。
近くの草むらから気配がする。
アスカお婆ちゃんは腰の短剣を抜きながら立ち上がった。
――ガサガサ。
明らかに何かいる。
私も立ち上がり、ファイヤーボールの構えを取った。
『――アイ、アイ!』
「えっ――?」
草むらから一体のキノコ君が飛び出した。
「キ、キノコ……君?」
「アイ!」
キノコ君は、びしっと敬礼の真似をする。
「おお、これはキノコ君じゃな。イヴァンが送ってくれたのか」
「きゃぁぁああ、キノコ君だああああ!」
私は思わず駆け寄り、キノコ君を抱き上げた。
「アイ、アイ!」
アスカお婆ちゃんは早速念話をしているらしく、コクコクと頷いている。
「マリがマヤを心配してな。イヴァンに頼んでキノコ君を送ってくれたそうじゃ」
「そうなんだ、嬉しい。ありがとうってマリにも伝えて!」
「ああ。一体しか送れなくてすまぬ、ってイヴァンも言ってたのじゃ」
私はキノコ君が登場でびっくりしたのと嬉しさで大興奮。
しばらくキノコ君を抱きしめ、可愛さを堪能していると、キノコ君は私の腕からするりと滑り降りた。
そして、これが自分の仕事だとばかりに、木の枝を手にテントの周りをぐるぐると巡回し始めた。
私たちは食事の片づけを終えると、アスカお婆ちゃんと一緒にテントに入った。
トコトコと木の枝を持って歩くキノコ君はとても可愛くて、見た目だと全然警備にはなっていないように見える。
でも、実はめちゃくちゃ強いのは私たちも知っている。
私は毛布の中で、明日からの旅が更に楽しくなりそうでわくわくしていた。
隣で添い寝してくれるアスカお婆ちゃんは、私の肩に手を置き、指先でトントンと軽く叩いてくれる。
これをされちゃうと私はすぐに眠くなって……寝ちゃう。
***
「キノコ君おはよう!」
「アイ、アイ!」
キノコ君は元気に返事をしてくれた。
私は鍋に水魔法で水を溜めると、アスカお婆ちゃんと顔を洗う。
「マヤ、ここからホネスキ村までどのくらいなんじゃ?」
「降りたときは二日くらいかかったから、どうだろう。三日くらいかな?」
「そうか、わかったのじゃ。のんびり行くのじゃ」
「アイ!」
アスカお婆ちゃんはキノコ君に言ったわけではないけれど、元気に返事してて私もつい笑顔になってしまった。
山を登る道中、アスカお婆ちゃんは私を見てこう言った。
「村へ行ったら何をしようと思ってるんじゃ?」
「うん…………。」
ずっと高かったテンションが急に落ちていく。
――考えていなかったわけじゃない。
――考えたくなかった。
ある程度の事情を知っているアスカお婆ちゃんは、私の様子を感じて話を止めてくれた。
無言の山登りが続く。
キノコ君が任せて!とばかりに先頭で木の枝を払って進んでくれる。
木の枝を持ってるキノコ君が、前方の木の枝を払うってのがちょっと面白くて少しだけ落ちていた気分が和らいだ。
あと二日も登れば故郷に着くと思う。
私は二年ぶりの故郷で何がしたいのだろう。
お父さんとお母さんに謝罪?
巫女様と見習い巫女達に謝罪?
村の皆に謝罪?
――え。謝罪だけなの?
――私ができることって……。
私は謝罪をしたくて村に寄りたいって言ったの?
何が目的で私は故郷へ行きたいって言ったんだろう。
わけがわからなくなってきた。
そんな私の雰囲気を感じ取ったのか、アスカお婆ちゃんが私の肩にポンと手を乗せた。
「いいか?――まず、心から謝る。そして、元気で過ごしていると伝える。その後、マヤという人間を理解してもらう。ただそれだけじゃ。難しく考える必要はないのじゃ」
「うん――」
アスカお婆ちゃんが言った通り、そんなに難しい話じゃないと思えてきた。
「必要なのは覚悟じゃ」
「覚悟……」
「怖がるから勇気が出ん。勇気が出んから村へ帰れん。でも、マヤは自分の選択が間違ってはなかったと思ってるのじゃろ?」
「――うん」
「ならば、自分の選択に自信を持て、そして覚悟を決めろ」
――覚悟か。
何を言われても、例え理解してくれなくて、村を追放されてもその場が辛いだけ。
私は今の自分が一番好き。
シンマチに戻れば温かい新しい家族が待っている。
何も問題ないではないか。
そしてもし、父母が。村が。巫女様が。
こんな私を理解してくれたなら。
――最高。
でも私は結果にかかわらず、シンマチに戻る。
そういうことなのだ。
どちらに転んでも終着点はシンマチにいる皆のところ。
――これが覚悟。
全ての結果を受け入れる覚悟。
最終結果は変わらない。
ならば怖がる必要はない。
アスカお婆ちゃんの言葉が、絡まっていた私の頭の中で、一本の糸となって繋がった。
***
俺はリビングでレイの書類仕事を手伝っていた。
「なんでシンは印鑑押すだけなのに。遅い、遅すぎる」
「誰にでも向き不向きってあるだろ」
「シンには何が向いてるわけ?」
「くっ……」
――何も言えん。
その時だった。
――トントン。
玄関の扉がノックされる。
「はいはい~」
俺はレイから逃げるように扉まで行った。
「はい、なんです?」
そこにはシンマチの「ふれアイ活動」実行委員たちが並んでいた。
「ふれアイ活動」はキノコ君が各町内を回って子供たちと触れ合うという人気企画だった。
その実行委員の代表、魚屋のジン・サガラ氏が一歩前へ出た。
「あの、キノコ君が予定通り来てくれないと、一部の地域から苦情が来ていまして……」
「はぁ……。」
そんなこと言われてもな……。
「イヴァン、最近キノコ君が来てくれない地域があるって言われてるぞ」
ダイニングに座って休憩していたイヴァンが何か思いついたように立ち上がった。
「あ。拙者マヤ殿に送ったキノコ君一体の事を実行委員殿に伝えるのを忘れていたでござる」
「おい、だから苦情がくるんだよー」
「め、面目ないでござる」
俺はその話を一緒に聞いていた実行委員たちに振り返った。
「すみません。そういうことなんです……」
「いや、急にスケジュール変えられちゃうと困るんですよね」
「はぁ。ではどうすれば――」
「マリさんとイヴァンさんの試乗会とかなら」
――おお、それは子供たちも喜ぶかもしれん。
「そんなんで良ければ!午後からでも行かせますのでー」
「…………」
イヴァンはひとしきり立ち竦んでいたが、巻き添えを食らったマリもがっくりと項垂れていた。
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