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第51話 マヤとアスカ、旅に出る

「マヤ、支度はできたかの?」


「うん、あと少し」


 アスカお婆ちゃんは私には『ですじゃ』とは言わない。


 シン様よりもかなり歳上だと聞いているのに、シン様の眷属として毎日頑張っている。


 お茶目でちょっとエッチ。


 でも、若くて綺麗でとてもスタイルが良くて、シンマチで一緒に歩くと姉妹だとよく間違われる。


 アスカお婆ちゃんは、いつも私を気にかけてくれる優しい人。


 だから私はアスカお婆ちゃんが大好きです!


     ***


 今回の旅は、アスカお婆ちゃんと二人。


 アスカお婆ちゃんは、シン様から頂いた巻物の情報を元に、忍びの里という場所へ行って、伝承と双子石というものを調べるんだって言っていた。


 巻物の地図を見たら、私の村とほぼ同じ方向。


 私は迷わず、アスカお婆ちゃんと一緒に行きたいとシン様にお願いしちゃった。


 私の故郷は、犬の獣人だけが暮らす山奥の村。


 村の名は、ホネスキ村。


 多種族との交流もほとんどなく、排他的な人たちが多い。


 私は小さい頃から、犬系の動物とは意思疎通ができた。


 相手の言葉を理解しているわけじゃないけど、会話のように、相手の気持ちが私の頭の中に入ってくる。


 お腹が空いた。


 遊んでほしい。


 あっちに何かいるよ。


 そんな気持ちが、不思議と分かった。


 私は犬たちと一緒に遊ぶのが大好きだった。


 私のそんな姿を見て、お父さんとお母さんは大層喜んだ。


 我が家から巫女が生まれた、と。


 今思えば、巫女を輩出した家は村での地位も上がり、発言力も強くなる。二人があれほど喜んだのも、そういう理由があったのかもしれない。


 そうして私は、村からさらに山を登ったところにある祠で、巫女見習いとして修行をすることになった。


 巫女になれるのは一人だけ。


 修行をしている子は、私のほかにも二人いた。


 皆、十歳前後の女の子だった。


 現在の巫女から教わるのは、規則正しい生活、掃除や料理、精神修行、体力づくり。


 それを毎日、朝から晩まで繰り返す。


 最初の頃は楽しかった。


 巫女になれるかもしれない。


 そう思うと、どんな修行も頑張れた。


 でも――。


 何日経っても、何かが変わるわけではなかった。


 朝起きて、掃除をする。


 食事を作り、祠を磨き、決められた時間に祈りを捧げる。


 体力づくりのために山道を走り、精神修行と称して長い時間、姿勢を崩さず座り続ける。


 それが終われば、また次の日。


 同じことの繰り返しだった。


 村にいた頃は、山で犬たちと遊ぶのが大好きだった。


 犬たちが何を言っているのか、言葉として理解できるわけではない。


 それでも、何を伝えたいのかは不思議と分かった。


 私はそれが嬉しかった。


 もっとたくさんの犬たちと話してみたい。


 山の向こうには、どんな動物がいるんだろう。


 そんなことを考えるだけで、わくわくした。


 けれど、祠での生活が始まってからは、自由に山を歩き回ることもできなくなった。


 巫女になるためには、余計なことを考えてはいけない。


 修行に集中しなさい。


 現在の巫女から、何度もそう言われた。


 もちろん、巫女になることが嫌だったわけじゃない。


 お父さんとお母さんも喜んでくれた。


 私が巫女になれば、二人も嬉しいだろう。


 それに、村の人たちからも認められるようになる。


 だから、頑張ろうと思っていた。


 だけど……。


 ある日、修行の合間に窓の外を眺めていた私は、山の斜面を駆け下りていく犬を見つけた。


 楽しそうに尻尾を振り、風を切って走っていく。


 その姿を見た瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


 ――私も、あんなふうに走りたい。


 ただ、それだけだった。


 翌日も、その翌日も、同じ修行が続いた。


 巫女になれるのは三人のうち一人だけ。


 誰が選ばれるのかは、まだ分からない。


 私たちは互いに励まし合っていたけれど、心のどこかでは、いつか競い合う相手になることも分かっていた。


 そんな生活を続けているうちに、私はだんだん修行に身が入らなくなっていった。


 祈っている間も、頭に浮かぶのは山の景色。


 掃除をしていても、外から聞こえる犬の鳴き声が気になってしまう。


 そんな自分に気づくたび、私は自分を責めた。


 どうして私は、みんなと同じように頑張れないんだろう。


 巫女になりたいんじゃなかったの?


 お父さんとお母さんを喜ばせたいんじゃなかったの?


 でも、いくら自分に言い聞かせても、気持ちは変わらなかった。


 私は、もっと自由に生きたかった。


 もっといろいろなものを見たかった。


 もっとたくさんの動物たちと心を通わせたかった。


 そして、ある日の夜。


 私はついに決めた。


 ――もう、ここにはいられない。


 巫女になれなくてもいい。


 お父さんとお母さんをがっかりさせるかもしれない。


 それでも、自分の人生を自分で選びたかった。


 私は最低限の荷物をまとめ、誰にも気づかれないように祠を抜け出した。


 夜の山道は暗く、怖かった。


 それでも、足を止めることはなかった。


 お父さんとお母さんのことを思うと、胸が締めつけられた。


 いつか謝ろう。


 いつか、ちゃんと自分の気持ちを伝えよう。


 そう思いながら、私は村を離れた。


     ***


 木の実や野草を食べながら山を下り、十日ほど歩いて、ようやくサンジオンの町に辿り着いた。


 そこで声をかけてくれたのが、民芸品を売っていた老夫婦だった。


 小汚い格好をした私を気にかけ、二人は家に置いてくれた。


 初めて見る町の暮らしは、知らないことばかり。


 私は二人にお世話になりながら、なんとか生活していた。


 けれど、領主への税を払えなかった老夫婦は、役人に連れていかれてしまった。


 私は二人の帰りを待った。


 でも、何日経っても帰ってこなかった。


 結局、私はその家を離れ、再び一人で生きていくことになった。


 そして、メイドとして働く中で、シン様と出会った。



     ***



「マヤ、行くですじゃ!」


 『ですじゃ』と私に、つい言ってしまったアスカお婆ちゃんを見て、くすりと笑ってしまった。


「うん、待って!」


 私は走ってアスカお婆ちゃんの隣に行くと、そっと手を繋ぐ。


「マヤはしっかりしてるのか、甘えん坊なのかわからん子じゃ」


 アスカお婆ちゃんが笑いながら私の手を少しだけ強く握った。


挿絵(By みてみん)


 アンデッドだから冷たい手だけど、私にはとてもあたたかく感じた。


 二人は巨大なリュックサックを揺らせながら、楽しそうに街道を歩く。


 ――アスカとマヤの冒険が今、始まるのだった。



     ***



 俺は送り出したマヤのことが心配で、リビングを行ったり来たりしていた。


「うーーん、マヤ大丈夫かな?」


「シン、まだ一時間も経ってない」


「でも、心配じゃね?」


「マヤもアスカもしっかりしている。大丈夫」


「でもさ、もし何かあったら……」


「うるさい! 書類仕事が進まない」


 ――くっ。冷たいやつめ。


 いや、レイの言うことは分かっている。


 マヤにはアスカがついているし、二人とも以前よりも強くなっている。


 それでも、可愛いマヤのことが心配なのだから仕方ない。


「シンよ、其方がリビングをうろうろするせいで紅茶も楽しめぬぞ。そんなに心配なら行かせなければよかったのにのう」


「いや、マヤにも色んな経験をさせたいし……」


 やれやれと溜息をつくミサト。


 その様子をダイニングから黙って見ていたマリとイヴァン。


 マリも内心、マヤのことが心配だった。


 やがてマリは、隣にいるイヴァンを見つめた。


「――クウン」


 イヴァンは小さく頷くと、黙って立ち上がり、そのまま外へ出ていくのであった。


 



11月1日から毎日1話 18:00~となります。

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