第50話 特訓の成果と忍びの里
ミサトとの特訓は過酷だった。
何せ、一日に十回前後、全力で黒の軍団を召喚しても、魔力総量は一パーセントも増えない。
それを一日で五パーセント前後も増やすのだ。
例えるなら、マラソン選手の高地トレーニングに近い。
空気の薄い高地で走れば、普段よりも身体に大きな負荷がかかる。
それでも走り続け、休んで回復する。
それを繰り返すことで、身体はその環境に適応し、以前より多くの酸素を取り込めるようになる。
俺の魔力総量を増やす特訓も、それと同じだ。
ただし、俺の場合は酸素ではなく魔力。
魔力総量を五パーセント増やすには、八から十パーセントほどの魔力を無理やり送り込む。
魔力総量の限界ギリギリまで魔力を注ぎ込み、爆ぜる寸前まで追い込むのだ。
そして、そこから黒の軍団を召喚して魔力を空にする。
そうすることで、魔力総量そのものが五パーセント前後増加する。
当然、その負荷は尋常ではない。
俺はこの苦しみを、ダメージとして受け取る。
痛みとはまた違う苦しみだ。
例えるなら、体中の水分が沸騰するような感覚で、本当に気が狂うくらいの苦しみ。
それを毎日一時間程度行う。
ミサトは俺の表情や魔力の奔流を見ながら、魔力が爆ぜるギリギリのところで魔力注入を止める。
その後、ふらふらのまま全力で黒の軍団を召喚して魔力を空にする。
そこから丸一日クールダウンだ。
特訓終了後は力が抜けて、ほとんど動けないほど疲労する。
他の仲間も皆心配して、日に一回は俺の部屋に顔を出してくれていた。
――そんな過酷な特訓を、俺は毎日続けた。
***
一か月半を過ぎた頃。
ミサトは特訓を止めた。
「もう十分じゃ。今はほとんど魔力総量が増えなくなってきておる。限界じゃ。これ以上は爆ぜる」
ミサトは、これ以上続ければ俺の魔力総量を増やすどころか、魔力そのものが限界を超えて爆ぜると判断したのだ。
特訓が終わった。
ならば最後に確認したい。
この一か月半で、俺は一体どれだけの軍勢を召喚できるようになったのか。
俺はふらふらしながら、いつものように屋敷の裏手へ回る。
ミサトも窓を開けて俺を見ている。
その近くにはレイ、アスカ、マヤもいた。
「出でよ、黒の軍団!」
俺の魔力が一気に抜けていく。
そして――。
屋敷の裏手に、重武装の黒の軍団が次々と姿を現した。
剣兵、槍兵、弓兵、騎士。
将軍たち。
そして、リッチ。
俺は次々と現れる黒の軍団を数えていく。
やがて召喚が終わり、数を数え終えると――。
「……約千五百体か」
俺は目の前に整然と並ぶ、重武装の黒の軍団を見渡した。
「まずまずだな」
一か月半の特訓で、これだけ増やせた。
だが――。
俺が欲しいのは、こんなものじゃない。
もっとだ。
もっと黒の軍団を増やしたい。
どんな強大な敵と戦うことになっても、絶対に皆を守れるだけの戦力が欲しい。
安穏としたモブ生活を守るために。
千五百体では、まだ足りないのだ。
「…………」
ミサトは、目の前に広がる軍勢を感無量の表情で見つめる。
「ほう、これは壮観だのう。見事じゃ、シンよ。お互い、頑張った甲斐があったの」
「シン、よく頑張った」
レイも少しだけ口角が上がる。
「凄い強そうです!シン様の配下じゃなかったら、怖くて泣いちゃいます!」
相変わらずマヤは可愛い。
約千五百体もの重武装したアンデッドが、屋敷の裏手を埋め尽くしている。
初めてこの光景を見たなら、驚くのも無理はない。
俺はそんな四人を横目に見ながら、黒の軍団を見渡した。
もっと強く。
もっと多く。
誰にも邪魔されないモブ生活のために、皆を守れる軍団にする。
それが、今回の特訓で俺が手に入れたかったものだった。
俺は早速、軍団を町の警備や防衛に充てた。
人不足なんだから遊ばせていても仕方ない。
今は軍団の装備と規模が大きくなったため、魔力が完全に回復するまで、およそ十五時間かかるようになった。
細々とした用事でも魔力を使うので、実際には一日くらいかかると思えばいいだろう。
しかし、有事の際は1週間もあれば一万近い軍勢を用意可能だ。
ただ、突然、大軍で攻め込まれた場合、千五百体では心許ない。
だから俺はしばらくしたら魔力増量をやっていこうと思っている。
***
黒の軍団を町の警備や防衛に回すことが決まり、ひとまず話は落ち着いた。
俺たちがこれからのことを話していると――
「シン。少しお願いがあるのですじゃ」
アスカが声をかけてきた。
「ん? どうした?」
「実は……これなのですじゃ」
そう言ってアスカが取り出したのは、以前、屋敷の床下から見つけた巻物だった。
確か、書かれていた題名は――
『双子石と忍びの里』
だったはずだ。
「まだ持ってたのか、それ」
「もちろんですじゃ。わしにとっては、とても懐かしい話なのですじゃ」
アスカは巻物を広げる。
そして、そこに描かれているものを見て、目を輝かせた。
「……忍びの里の地図があるのですじゃ」
「地図?」
俺も横から覗き込む。
巻物には、いくつかの地名と道が描かれていた。
「これ、本当に忍びの里の地図なのか?」
「そうですじゃ。こうして改めて見ると、忍びの里の場所までちゃんと記されているのですじゃ」
アスカは地図をじっと見つめている。
そして――
「わし、忍びの里へ行ってみたいのですじゃ」
「忍びの里に?」
「はいですじゃ」
アスカは頷いた。
「昔から聞いていた話なのですじゃ。ですが、こうして場所まで分かるとなると……一度、この目で見てみたくなったのですじゃ」
「なるほどな」
俺も地図を見る。
すると、アスカがもう一つ気になっていることを口にした。
「それに……『双子石』というものも気になるのですじゃ」
「双子石?」
「はいですじゃ」
アスカは巻物に書かれた言葉を指差す。
「月の墓標の仲間たちは、何らかの石と関係している者が多いのですじゃ」
確かにそうだ。
レイの水色の石。
マリの緑の石。
ミサトの黒い石。
そして俺の赤い石。
「だから、この双子石というものも、何か関係があるのではないかと思うのですじゃ」
「それは……確かに気になるな」
俺たちの持つ石と、忍びの里に伝わる双子石。
偶然なのか、それとも何か繋がりがあるのか。
今の俺には、まだ分からない。
そのとき――
「あれ?」
マヤが地図を覗き込んだ。
「どうした?」
「この場所って……」
マヤは地図の一点を指差した。
「私の故郷に近いです」
「マヤの故郷?」
「はい。もし忍びの里へ行くなら、私の故郷の近くを通ることになると思います」
マヤは少し考えたあと、アスカを見る。
「だったら……私も一緒に行きたいです」
「マヤも?」
「はい。久しぶりに故郷にも行ってみたいです」
アスカは嬉しそうに笑った。
「それなら二人で行けばよいのですじゃ!」
「でも……」
俺は少し考える。
俺には、まだやることがある。
アンデッドの受肉作業も残っている。
「俺は受肉作業があるから、しばらくここを離れられないな」
「私もシンマチの仕事」
レイもそう言った。
マリとイヴァンも巡回、警備の仕事がある。
全員が一緒に行くのは難しそうだった。
「つまり……行けるのは二人だけってことか」
「それでいいのですじゃ」
アスカは頷いた。
「わしとマヤの二人で行ってみたいのですじゃ」
「私も、そのほうがいいと思います」
マヤも笑った。
俺は二人を見た。
忍びの里。
双子石。
そして、マヤの故郷。
どんな場所なのかは、まだ分からない。
「分かった」
二人の顔がこちらを向く。
「二人で行ってこい」
「本当ですじゃ?」
「ああ。ただし、無茶はするなよ」
「分かったのですじゃ!」
アスカが嬉しそうに笑う。
こうして――
アスカとマヤの二人で、忍びの里へ向かうことが決まった。
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