第4話 骸骨の俺、ついに動き出す
「マリ……こっち」
クゥン。
「おすわり」
クゥン。
洞窟の中。
レイが――
三メートルもあるグレイウルフを躾ている。
知らぬ間に、命名権までレイに奪われた。
「お手」
クゥン。
「おかわり――」
ドスッ。
――キャンキャンキャン。
レイが、マリの腹を神速で殴っている。
〈ご主人様――なんとかしてください〉
そんな目で、マリが俺をチラチラ見てくる。
――マリ……乙
俺には何もできないんだ。
***
グレイウルフを見ていると、色々な特徴がある。
レイが言うには、性別は雌だそうだ。
灰色の毛並みは、見た目かなりモフモフしている。
お腹の辺りは白い毛。
足は、体の大きさの割には細い感じだが――
爪が凄い。
爪一つで二十センチくらいあって、岩をも砕くという。
口の形は、狼と似ている。
しかし――
口の内側には、予備の歯がびっしりと無数に生えている。
まるでホホジロザメの歯のようだ。
これ――
噛まれたらヤバい。
目は、燃えるように赤い。
そして額には――
緑の石?
宝石?
そんなものが嵌っている。
――え?
額に、こんなの付いてたっけ?
よく見ると、額の石の周りに血が滲んでいる。
――レイ。こいつの額の石って、最初からあった?
「綺麗だったから嵌めてみた」
――嵌めてみたって……
「見分けつくし、便利」
――そ、そうか……
――恐ろしくて、嵌め込んだ方法が聞けない。
――マリ――乙。
***
レイとマリが遊んでいる。
……いや。
厳しく調教されている?
俺らアンデッドは、飯を食う必要がない。
得と言えば得だ。
でも――
寝られない。
時間を持て余すのが、ちと辛い。
――俺も、せめて動ければなぁ……
すると――
レイがこちらを振り返った。
「シン。今まで思ってた。なぜ自分にリザレクションしない?」
――あ……ああああああああああああああああ。
それだ!
俺、脳みそ無いんじゃないか。
――骨だけに。
――てかレイ……もっと早く言えや!
「そういう縛りだと思った。シン楽しそう」
――俺はそんなド変態じゃねえ!
……まあ。
今さら反論しても仕方ない。
――ちょい、やってみるわ。
俺は視界にある、俺の大腿骨と思われる一番大きな骨に意識を集める。
――リザレクション!
骨が、薄白色の光に包まれる。
そして――
俺の大腿骨が、ズルズルと移動を始めた。
散らばった他の骨も、光りながら移動する。
俺の方を目指して集まりながら移動する骨群。
で。
――骨群は。
俺のすぐ横を通り過ぎ――
そのまま後方へ向かった。
「シン。その骨は別人」
――なにぃぃぃいいいいいいいい!
ガシャガシャ。
ガシャガシャガシャ。
骨が組み上がっていくような音が、後方から聞こえてくる。
レイとマリが、面白そうに眺めている。
俺も見たい。
でも――
見られない。
ガシャガシャという音が、やがて消えた。
しばらくすると――
こちらへ足音が近づいてくる。
〔ありがとうございますじゃ。ご主人〕
――ますじゃ?
俺の視界に入ったそれは――
一体のスケルトンだった。
――あんた誰?
〔わしはングドゥプと言いますじゃ〕
――え……ング、ングド?
〔ングドゥプですじゃ〕
――言いづれぇーーー。
〔ちなみにわし、八十二歳独身ですじゃ。好きな男は狩り上手で床上手。ただし、イケメンに限る。……ですじゃ〕
――要らねえ情報までダラダラと……。
それと――
後付けしたようなですじゃ口調も気に入らん。
勝手にキャラ作るな、ババア。
やつは所々ツッコミたいことも言っている。
だが――
そんなトラップに引っかかる俺ではない。
***
ババアの死ぬ前の名は、ングドゥプ。
年齢は八十二歳。
あとから、
〔やっぱ八十歳だったですじゃ〕
とか、無意味な鯖を読んでいたが――
無視だ。
――他の情報は伏せる。
ングドゥプもレイと同じように名付けしてほしいと言う。
俺もングドゥプは言いづらいので、賛成だ。
――ヨネ。
〔却下ですじゃ〕
こ、このババア――。
――トメ。
〔却下ですじゃ〕
――ハルエ。
〔まともな名にせんと――毎晩、添い寝の刑ですじゃ〕
――なに、自らを罰ゲームにしてんの。
――ナウシカ。
「却下――。」
――おい。
なんでレイが横から却下してんだよ。
なんとなくだが――
奴らの期待する名前は分かる。
でも。
このババアには、その名を与えたくない。
それなら――
ここが最大の妥協点だ。
――か、カヲル……。
〔却下ですじゃ〕
「却下―。」
もうダメ。
俺はこのままだと、ババアの添い寝地獄にはまる。
――あ、アスカ……
〔やっと出ましたじゃ〕
「ん。いい名前――」
〔わしは今からアスカですじゃ。ご主人、よろしくですじゃ〕
――あ、ああ。
――いっそ、お前はデスジャでいいんじゃね?
***
アスカとレイ。
そして俺。
三人で、しばらく話をした。
アスカに話を聞くと――
彼女は、この洞窟に口減らしとして捨てられたらしい。
ほとんど、まともな食事もできなかった。
だから洞窟へ来ても――
ほんの数日で死に至った。
レイも心当たりがあるのか――
何も言わずに黙っている。
――ババアなんて悪態をついたことを、少し反省した。
アスカにも、辛いことがあったのだ。
家族に見捨てられるなんて。
日本にも大昔は、そんな風習があったと聞く。
今はもう食わなくていいから安心だな。
――なんて。
アスカに軽口を言おうと思った。
だが――
できなかった。
***
――もう他に頭蓋骨は無いよな?
「無し―」
――じゃ、散らばってる骨を俺の前に集めて。
目の前で――
俺の骨らしきものが積み上がる。
――リザレクション!
今度は確実だ。
なぜなら――
俺の視界自体が、ガタガタと震えているのが分かる。
そして――
目まぐるしく視界が変わる。
俺の身体が、組み上がっているのだろう。
ガシャガシャ。
ガシャガシャガシャ。
やがて、骨の組み上がる音が消えた。
レイ。
アスカ。
マリ。
三人が、こちらをじっと見ている。
恐る恐る――
首を動かす。
――おおおおおおおおおおおおおおおおおお。
見える。
見えるよ、ママン。
しかも――
頭を回せば、グルリと三百六十度見えるという優れもの。
これは凄い。
今まで一方向しか見えなかった俺にとって、革命的な進歩だ。
まずは――
歩いてみよう。
一歩、踏み出す。
スカッ。
――派手に転ぶ。
――あれ?
「シン。何本か骨が無い」
――なにぃいいいいい!
地面に座り直し、慌てて全身を確認する。
右の足首から先が――
無い。
手の指。
肋骨も数本。
欠損している。
アスカをよく見ても――
やはり、骨が欠損していた。
――なんでだろ……。
「たぶん、マリ。いつも骨を齧ってた」
――と。
同時に。
マリが猛スピードで洞窟から飛び出す。
確信犯か――。
***
――よし。
――ヒール!
俺は自身に向けて唱えた。
と――
同時に。
全身に、強烈なダメージが走った。
まるで身体そのものを削られているような感覚。
――ちょ、タンマ、タンマ。
慌てて魔法を止める。
――あぶねー。
俺の骨の表面がパサパサになって――
煙が出ている。
あー……。
そうだった。
俺――
アンデッドだったわ。
「シン。バカ過ぎ」
危うく――
自らの手で二度目のご臨終を果たすところだった。
アンデッドの回復は……確か――
――ダーク・リカバリー!
今度は、再び薄白色の光が自身を包む。
すると――
欠損していた部位が、生えるように戻ってくる。
光が消える。
俺は、その場で跳ねてみた。
よし――
問題なし、と。
〔ご主人、わしもお願いしますじゃ〕
ああ、そうだな。
アスカの不憫な過去を知ってしまった。
だから今は――
少し優しい気持ちになっている。
――ダーク・リカバリー!
アスカの骨が元どおりに戻る。
するとアスカは――
腰をカクカク動かした。
〔OKですじゃ。いつでもバッチこーーい〕
こちらに尻を向けて――
パンと叩く。
――骨だけど。
――ヒール!
〔ぎゃぁあああ。熱い、熱い。ごめんなさいなのじゃ~〕
アスカは――
やっぱりアスカだった。
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