第44話 水竜の魂核と湖上の勝負
島の中央には、小さな祠が建っていた。
人が一人入れるほどの大きさしかない、古びた木造の建物だ。
屋根は黒ずんだ茅葺きで、長い年月を経たせいか、ところどころ苔や草が生えている。
正面には壁がなく、開け放たれた小さな祭壇が設けられていた。
祭壇の中央には、何かを祀るための細長い石のようなものが立てられている。
「これは、なんですじゃ?」
「随分と古びたものじゃのう」
「祠だな。何かを祀ってあるようだ」
だが、よく見ると台座は有るものの、その上に祀られているようなモノは無くなっていた。
レイが慌てたように右手を広げた。
「シン、――石が……物凄く震えてる」
掌に載せた水色の石は、傍から見てもはっきりと震えていた。
――その時だった。
――ザッパーーン!!
物凄い水しぶきと共に、巨大な何かが現れた。
それは大きすぎて、近くからではすぐに全体を理解できない。
『――お前たち、その石を返せ』
それは水色をした巨大な竜だった。
アスカはびっくりして腰を抜かしている。
マリも驚いて、背に乗せていたイヴァンを弾き飛ばす。
ミサトだけは冷静だった。
「おぬしは水竜かの」
『如何にも、余は水竜ぞ』
「お前は何を返して欲しいって言った?」
予想はついていたが、俺は水竜に聞き返す。
『その小娘が持つ石のことぞ』
水竜は高い位置から見下ろすようにレイを見る。
「これは私のもの――店で買った」
嘘をつけ。拾ったのを買ったと、無理やり信じきってるぞ。
『違う、それは余のものぞ。七百年も昔に盗られたものぞ』
――七百年とか、どっかで聞いたぞ?
「七百年か――。拙者の記憶が曖昧になったのも、その頃でござる」
お前ら、どんだけ長生きしてんだよ!
『その石は、余の魂核ぞ』
「魂核?」
『そうじゃ。竜は長き生を得る存在。長い眠りにつく時、己の魔力と記憶の一部を石に残すことがある。それが魂核ぞ』
「じゃあ、この石が水竜の……?」
『余の命そのものではない。だが、余の存在を形作る大切なものぞ』
水竜の視線が、レイの手に向けられる。
『七百年前、余は長き眠りにつくため、この湖の祠に魂核を残した』
「それが盗られた?」
『そうじゃ。何者かによってな』
「誰に?」
『それが分からぬのだ』
水竜は悔しそうに唸る。
『簡単にはここに来られぬよう、この島に結界を張っておったのだが……』
「結界を破って侵入したやつがいた――のか」
『ただ――』
「ただ?」
『魂核を盗んだ者は、空へ逃げて行った』
「空へ?」
『そうじゃ。余が気付いた時には、すでに空の彼方へ消えておった』
――カラスなら間抜けな話だが、結界を破って入って来るやつとなると少しきな臭い。
「ふむ。そいつらは白い装束かの?」
急に思い立ったようにミサトが質問する。
『いや、飛び去った事しか覚えてはおらぬのだ』
ミサトの言葉も気になるが水竜は言葉を続けた。
『魂核を遠くへ持ち去られると、余にはその場所を感じ取ることができぬ』
『長い間、余は魂核を失ったままだった』
「じゃあ、なんで今になって?」
『その石を持った者が、この湖へ近づいたからぞ』
水竜がレイの持つ石を見る。
『魂核が再びこの湖の近くへ戻ってきたことで、余はようやくその存在を感じ取ることができた』
「なるほど……」
レイの石が、この場所へ来てからずっと震えていた理由も、それなら説明がつく。
「つまり、湖に近づいたから石が反応していたのか」
『そういうことぞ』
水竜はそう言うと、再びレイを見た。
『だが、その石は間違いなく余の魂核。返してもらうぞ』
「却下――」
――あ、断っちゃった。
『ならば、勝負ぞ!』
こりゃ戦闘ですね……はい。
俺たちは戦闘態勢に入る。
レイも怒弓を引き絞った。
『では、ここから湖畔にある屋敷まで泳いで競争ぞ』
「…………?」
ん?????? 泳いで競争?
「きゃははは、其方、おもしろい竜よのう。よし、妾が審判を務めようぞ」
「ちょ、待て!」
思わず割って入る。
「アンデッドって泳げるのか?」
「ご主人、突っ込むのはそこじゃないですじゃ!」
レイは装備を外していく。
「そんなの――関係ない」
レイさん――鬼人の如き怒りの表情で、やる気満々。
「さすがに水竜に泳ぎで勝つのは厳しいというか、無理ですじゃ!」
「レイ様ならきっと勝てます!頑張ってください!」
「――ん」
マヤが祈るように手を合わせ、やる気で燃え上がるレイに更に燃料を投下する。
――ピュアって時には残酷……。
それにしても、なんつー不公平な勝負なんだ……。
「では、よいかのう?」
ミサトが空に舞う。
『うむ』
「ん」
水竜は湖畔を向き、レイはクラウチングスタートの構え。
「はじめ!」
ザッパ―――ン!!
水竜が大量の水しぶきを上げて物凄い勢いで泳ぎだす。
蛇のようなクネクネ泳法。
かなり速い。
だが、レイはまだ泳いでいない。
「ミサト、あれ」
「ふむ」
ミサトは地に降りてくる。
ん?――。
レイの前にゲートが現れる。
「では、皆行くかの」
「…………」
レイとミサト以外の俺たちは、なんかモヤモヤしながらゲートをくぐった。
***
『なんと小娘、泳ぎが速い――』
――そりゃインチキだしな。
レイを応援していたマヤも、能面のような顔をしていた。
「拙者は何も言わぬでござる――」
『しかも小娘、水にも濡れておらぬぞ』
「本物の泳者は――水上を走る」
レイ、いい加減にしとけ。
たとえ走っても、勝てないと思うぞ。
『……そうか、余の負けぞ』
え、いいのかそれで。――水竜!
水竜は周囲から無数の泡が出てきて全身を泡で覆った。
そして泡が切れると、女神のような水色で透き通った巨大な女性が現れた。
『余は水竜の化身。勝負には負けたが、その石とは七百年ぶりの再会。今更、離れられぬ。だから余はその石に入り、其方を守護しようぞ』
水竜がそう告げた瞬間――。
水竜とレイは、水色の光に包まれた。
その光に呼応するように、レイの茶色い髪が、ゆっくりと水色へと変化していく。
「え。レイの髪の色が……」
『余が姿を現している間は、娘を守護する力もさらに強まる。その影響で髪の色が変わるのだろう』
レイの水色の髪はどこか神々しく、彼女の美しさをいっそう際立たせていた。
――いや、ズルして勝った挙げ句、ちゃっかり守護者まで手に入れるレイも大概だよな……。
「ちょっといいですかね?」
俺は水竜の化身に疑問をぶつけた。
『なにぞ?』
「その石って、あなたの魂核なんですよね?」
『そうじゃ』
「じゃあ、なんでレイの石に入るんです?」
『魂核が再び余と繋がったのだ。ならば、余もそこに戻るだけぞ』
「……なるほど?」
いまいち分かったような、分からないような。
「でも、なんでレイを守護するんです?」
『七百年ぶりに余の魂核を持ってきた者ぞ。しかも、余を取り戻すために勝負までしてくれた』
「いや、勝負って泳ぎですよ?」
『それでも勝負は勝負ぞ』
水竜は堂々と言い切った。
「……まぁ、いいか」
半分、神みたいなやつの言うことはよく分からんが、水竜が敵ではなくなったのならそれでいい。
「それで、湖の周辺に精霊がいないんだけど、なぜなのかわかる?」
『あー。以前は精霊に満ち溢れておったのだがな』
水竜は湖を見渡した。
『余が眠りにつく前、この湖には多くの精霊が暮らしておった』
「じゃあ、どうしていなくなったんだ?」
水竜はしばらく黙って湖を見つめていた。
『魂核を失った余は、己の力を制御できなくなった』
『怒り、悲しみ、そして荒れ狂った余の力で後先も考えず、ザッパーーン!してしまったのだ』
「ザッパーーン?」
マヤが首を傾げた。
「ザッパーーン!――って津波的な?」
『……うむ』
「つまり……」
『精霊どもはこの湖から逃げ、またはこの地で息絶えた』
「おい!!」
結局、精霊不在の原因は水竜の暴走だったらしい――。
――なんつーか、この水竜もちょっと変わってるよな……。
俺と関わるやつって、おかしい奴が多い気がするんだが……。
ただ――。
魂核を盗んだ奴は、なぜ水竜を狂わせる必要があったんだ?
もし、それが偶然ではなかったとしたら――。
この土地から精霊がいなくなったことも、何か意味があるのかもしれない。
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