第41話 城門に降る血槍
「やっぱり、神官は厄介だな」
蟲の視界を見ながら、俺は呟いた。
「どうしましたのじゃ?」
「ゾンビ兵は全滅。魔法の範囲にいた蟲たちもやられた」
「まぁ、そんなものよ。我らの天敵じゃし」
初めて目にした神官たち。
ミサトの言うとおり、あれは俺たちアンデッドの天敵らしい。
「成果はあった?」
「ああ。百人近くは倒せたと思う」
「まずまずじゃな」
「でも、同じ手はもう使えない。次の作戦に切り替える」
討伐軍は、もうすぐここへ到着する。
俺は仲間たちを見回した。
「非戦闘員は光学迷彩をかけて地下室で待機。ほかは持ち場へ」
空気が一変した。
皆の表情から緩さが消え、武器を手に取る音が静かに重なる。
「アスカ。隠蔽魔法で神官の暗殺準備を頼む」
「はいですじゃ!」
「範囲魔法で光学迷彩を破ってくる。見つかったら、無理せず撤収してくれ」
「承知したのですじゃ」
「神官は白いローブだ。二十人いる。どれだけ倒せるかが勝敗を分ける」
「私も白いのを狙う」
「頼む」
レイは弓を手に取り、弦を確かめた。
俺はリリスへ目を向ける。
「光学迷彩をかけたアーチャーにも、神官を狙わせてくれ」
「仰せのままに」
リリスは仰々しく頭を垂れた。
***
討伐軍は城門から少し離れた場所で、陣形を整えようとしていた。
兵士たちが盾を並べ、馬を下げる。
その動きが形になる前に、俺はミサトへ合図した。
「ゲートを開いてくれ。ゾンビ兵を城門側へ送る」
「うむ」
赤紫色のゲートが開き、光学迷彩をまとったゾンビ兵たちが次々とくぐり抜けた。
「行け」
ゾンビ兵は城門側から討伐軍へ突っ込んでいく。
敵の注意を引きつけ、その隙にアスカが背後から陣内へ入るための陽動だ。
「うぎゃあ!」
「またやられたぞ! ゾンビだ! 見えないゾンビだ!」
兵士たちの列が乱れた。
その中で、神官たちが前線へ駆け出す。
「周囲を探れ! 姿を現せ!」
神官の魔法が広がり、光学迷彩に包まれたゾンビ兵の輪郭が黒い影となって浮かび上がった。
次の瞬間、白い光が影を貫く。
ゾンビ兵の身体が焼け崩れ、地面に倒れた。
だが、神官たちが魔法を放った直後――。
光学迷彩をまとったアスカが、その背後へ忍び寄っていた。
短剣が閃く。
神官が一人、声もなく倒れた。
『よし、神官一人目だ』
俺は念話で皆に伝えた。
アスカは倒れた神官の陰から、次の標的へ移る。
短剣が二度閃き、神官たちが続けて倒れた。
『三人、一気に仕留めましたぞ!』
アスカの威勢のいい声が念話に響いた。
「ぬう。相手は陣形が整うのも待たず、口上を交わす気もない。なんと卑怯な連中だ」
副官のトコロが、戸惑いをあらわにする。
「所詮はそこらのゴロツキと変わらん。油断するな! 見えない敵を探りながら、陣形を整えよ!」
イカリ軍団長は慌てることなく、兵たちに指示を飛ばした。
『こちらは二人』
レイの矢が城の高所から放たれ、別の神官たちを射抜く。
『光学迷彩のスケルトンも、城門前で神官を二人倒しました』
念話に報告が続く。
これで七人。
神官は二十人。残りは十三人だ。
***
イカリは倒れた神官たちと、矢の飛んできた方角を見比べた。
狙われているのは神官だけだ。
「神官を守れ! 周囲を盾で固めろ! 索敵魔法も絶やすな!」
兵士たちが大楯を並べ、神官を取り囲む。
陣形が組み上がると、神官たちは盾に守られたまま結界へと進み始めた。
「そのまま結界まで進め! 神官は結界を破れ!」
『ご主人、光学迷彩は解けておりませぬが、神官に近づけないですじゃ』
『分かった。アスカは戻ってこい!』
大楯の列が、神官たちを囲んで結界へ迫る。
「魔導士は結界へ魔法を放て!」
イカリの怒号に応じ、魔導士たちが一斉に杖を掲げた。
炎や雷が結界へ叩きつけられる。
結界の内側からは、アーチャーたちが無数の矢を返した。
『イヴァン、キノコ君たちを敵陣へ!』
神官たちも結界へ向け、神聖魔法を放つ。
魔法がぶつかるたび、結界が赤く明滅した。
城門の外には爆発音が響き、矢が風を切る音と兵士たちの怒号が重なっていく。
『さすがに神聖魔法は厳しいのじゃ。結界が、もう持たぬかもしれぬ』
ミサトの声に、わずかな焦りがにじんでいた。
***
――パリンッ!
神聖魔法と魔導士たちの集中攻撃を受け、とうとう結界が破られた。
「神聖魔法、恐るべし……」
ドッと討伐軍が城門を打ち破り、城内へなだれ込んでくる。
「一気に入れ! アンデッドどもを蹴散らせ!」
騎馬に乗った副官のトコロが、重騎兵を率いて城内へ突入してきた。
『マリ、イヴァン、中庭で遊撃だ』
――ガウッ。
マリに乗ったイヴァンが、長槍を構えて駆け出した。
「ぐぁあああっ!」
怒り狂った巨大化キノコ君たちが、城の内外で討伐軍を吹き飛ばす。
『シン、スケルトン十五体とナイト六体を補充して!』
『了解――』
『ご主人、わしは中庭から抜け出た奴らを狙いますじゃ』
『アスカ、頼む!』
『神官だ! 神官を優先してくれ!』
『だめ、矢が大楯で防がれる』
レイが珍しく大きな声を上げた。
俺は結界が破られ、大量の敵が侵入してきた時点で負けだと考えていた。
勝機は結界を破らせる前に撤退させることだった。
――仕方ない、切り札だ。
『ミサト、神官の頭上から魔法を落とせないか?』
『ふむ。神聖魔法を使う者たちをまとめて狙うのじゃな。高位魔法だが、よいのかの?』
『ああ。頼む』
結局、ミサトの魔法頼りかよ……。
『よかろう、見ておれ』
ミサトが黒い石の埋め込まれた左肩に手を添えた。
その足元から、赤黒い魔力が立ちのぼる。
『血の理よ、天を覆い、我が敵を穿つ凶刃となれ――』
戦場の空に赤黒い煙が渦を巻いて湧き上がる。
幾重にも重なった煙は神官たちの頭上へ集まり、空を覆う雲となった。
『ブラッド・スピア!』
雲の内側で、無数の真紅の槍が形を成す。
次の瞬間、それらが一斉に地上へ降り注いだ。
槍の雨が、大楯に囲まれた神官たちを襲う。
――ドドドドドドゴォォーーン!
大楯ごと、神官たちを囲んでいた兵士たちが宙へ吹き飛ばされた。
兵士や神官が落下し、ボタボタボタッと嫌な音を立てて地面に叩きつけられる。
『ふむ。結界をまた張れそうじゃ。待っておれ』
ミサトが結界を張り直す。
城門は塞がず、逃げる兵たちが外へ出られる道を残したまま、結界が城壁を再び覆った。
『よし、城内に残った敵を掃討しろ! 城外へ逃げる者は追うな! 投降者は城外へ出せ!』
マリとイヴァン、怒り狂ったキノコ君たちが城内の兵を薙ぎ払う。
死の軍団も、ここぞとばかりに襲いかかった。
***
城内へ突入した兵士たちが、武器も持たずにこちらへ逃げてくる。
「信じられん。なんだ、あの天から降ってきた魔法は……」
イカリは理不尽ともいえる大魔法を目にし、無意識に身体を震わせた。
「イカリ軍団長、神官は全滅です。結界は復旧しました。城内に入った兵も、脱走を始めています」
トコロの報告に、イカリはすぐには答えられなかった。
「兵をまとめろ。撤退だ」
討伐軍が撤退の準備を始める。
俺は念話で皆に追撃しないよう伝えた。
やがて、崩れた陣形のまま兵たちが城門を抜けていく。
その背を、俺たちは黙って見送った。
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