第40話 月の墓標軍 初戦
「みんなからの要望だった団旗を用意した」
俺は用意した旗を皆の前で広げて見せた。
「ほう、月の墓標そのままじゃの」
「わぁ、かっこいいかも」
「ご主人が良ければわしはOKですじゃ」
「ん。採用」
ガウッ――。
「マリと同じでござる」
「アイ、アイ!」
俺は辺りを見回した。
「賛否不明な意見もあったわけだが、――まぁ概ね『OK』と俺は受け取った」
「今後はこの団旗の元、皆で平和を勝ち取ろうではないか!」
その旗は黒地に白で荒野に聳える十字架。その背景に白い三日月が浮き上がっている。
このデザインを月の墓標のシンボルに決めた。
この旗を城や城内のあちこちに掲げ、士気高揚を目指すわけだ。
マヤが手を挙げて質問をしてきた。
「今回の戦争では私たちは何軍と言えばいいのですか?」
「月の墓標軍?」
「なんかしっくり来ないのう」
「屍人軍?」
「いや、それはちょっと……」
議論は尽きない。
だが、俺はそんな事よりも戦争の事で頭がいっぱいだった。
なんでこうなった?
なんで俺はここで戦争してるんだ……。
目立ちたくないのに。俺は――
「……モブりたい。」
つい、心の声がぼそっと口に出てしまう。
「もぶりたい?」
マヤの獣人としての聴覚は鋭かった。
「ほう。意味は分からぬが、語呂は良いな」
「モブリ隊、いいかも」
「い、いや待てって――」
「モブリ隊でいいですじゃ!」
「だから待てって!!」
「では、なんと?」
皆が俺を見る。
「つ、月の墓標軍で……いいです」
危うくこちらでも黒歴史を作るところだった。
***
馬上で揺られながら、グレゴール・アイゼンは前方を見つめていた。
「今回の討伐相手は僅か五、六人だと聞いたが、なぜ千もの人員を割いたのか。全く意味がわからん。大仰にも程がある」
隣を進む副官、エミール・ローゼンが口を開いた。
「相手は冒険者パーティ『月の墓標』です。確かに人数だけを見れば、我々が動員された規模は過剰にも思えます。しかし、彼らについては気になる情報がいくつかございます」
「ほう。聞かせてみろ」
「まず、リーダーのシンです。アンデッドを使役する能力を持ち、そのアンデッドたちが城を守っているとのことです」
「アンデッドを兵として使うか……」
「はい。さらに、ミサトという女性はAランク魔導士レベルの魔法を使うそうです。城を結界で覆い、防御しているという報告もあります」
「城を結界で守っているのか。それは厄介だな」
「レイという女性は、常人離れした怪力を持つとのことです。ほかにもアスカという斥候や隠密任務が得意な女性、そして巨大な狼を連れているという情報がございます」
「なるほど。少人数とはいえ、侮れる相手ではないということか」
「その通りです。シンがアンデッドを使役し、そのアンデッドが城を守っているとなれば、神官を同行させた理由もご理解いただけるかと存じます」
「ああ。アンデッドへの対抗手段というわけだな」
「はい。討伐軍の編成についても、改めてご報告いたします」
エミールは手元の書類に目を落とした。
「歩兵四百人、重騎兵百人、槍兵二百人、神官二十人、魔導士百人、弓兵百五十人。後方支援要員百人。合計千七十人です。尚、兵糧などの備蓄の継戦能力は約十日です」
「ふむ」
「これだけの戦力があれば、相手がどのような能力を持っていようとも、十分に対応できるものと考えます」
グレゴールは後方へと視線を向けた。
そこには、整然と進む千を超える討伐軍の姿があった。
「歩兵、騎兵、槍兵。魔導士に弓兵、そして神官までいる。これだけの兵力と戦力を揃えたのだ。現地の状況に応じて臨機応変に対応すれば、圧勝できる」
「作戦につきましては、現地で状況を確認してから決定される、ということでよろしいでしょうか」
「そうだ。実際の地形も、敵の配置も分からぬうちから作戦を決めるのは愚か者のすることだ。敵を侮るつもりはない。アンデッドに強力な魔法、城を守る結界。警戒すべきものは多い。だが、相手が少人数だろうと、どれほど特異な力を持っていようと関係ない。我らが油断せず、軍として正しく戦えばよいだけのこと」
グレゴールは前を向き直った。
「進軍を続けろ。現地に着けば、まずは敵をこの目で確かめる」
「はっ!」
副官の返事を聞き、グレゴールは馬の歩みを緩めることなく、討伐軍を率いて進んでいった。
***
「討伐軍を捕捉しました」
アダムの報告が、念話を通じて俺の頭に届いた。
俺は蟲たちの視界を借り、城からおよそ三キロ先を進む軍勢を見た。
先頭には騎兵と歩兵。その後ろに弓兵と魔導士、神官たちが続いている。
数は千を超える。
「ミサト、ゲートを頼む。討伐軍の近くまでゾンビを送る」
「うむ。場所は分かっておるのじゃな?」
「ああ。蟲たちから見えている」
ミサトが手をかざすと、討伐軍の側面から少し離れた場所に、赤紫色のゲートが開いた。
ちょうど地形の陰になっている。軍勢からは見えないはずだ。
「予定通り、ゾンビを放て」
俺の命令を受け、光学迷彩をまとった八体のゾンビがゲートをくぐった。
ゲートが閉じる。
ゾンビたちは討伐軍の側面から近づき、行軍の列へ紛れ込んだ。
兵士たちは誰も気づかない。
列に潜んだゾンビが、すぐそばを歩く兵士の首筋へ噛みついた。
「う、うわっ! 何だ、こいつ!」
叫び声に、周囲の兵士たちが振り返る。
だが、仲間を襲ったのが何者なのか、誰にも見えない。
負傷した兵士が倒れ、数秒後には起き上がった。
その目に残っていたのは、濁った光だけだった。
「敵襲だ! どこから来た!」
兵士たちが武器を構える。
けれど、姿の見えないゾンビは、次の兵士へ襲いかかっていた。
噛まれた者が倒れる。
倒れた者が起き上がり、さらに近くの仲間へ牙を向ける。
列のあちこちで悲鳴が上がった。
前方の部隊が足を止め、後方から押し寄せた兵士たちとぶつかる。
「隊列を崩すな! 負傷者を下がらせろ!」
グレゴールの声が響いた。
だが、敵の姿は見えない。
誰が襲われるのか分からないまま、兵士たちは互いを疑い、隊列は乱れていった。
混乱はすぐには収まらなかった。
噛まれて倒れた兵士たちが次々と起き上がり、近くの仲間へ襲いかかる。
被害が広がる中、神官たちは敵の正体を見極めようとしていた。
そこで、神官たちが動いた。
「全員、動きを止めよ! ゾンビだ! 神聖魔法を広げる!」
神官たちは部隊ごとに散り、祈りを唱え始めた。
白い光が兵士たちを包み込む。
その光の中で、何もないはずの空間に黒い影が浮かび上がった。
「そこだ!」
神官たちの魔法が一斉に放たれる。
姿を暴かれたゾンビたちは、白い光に貫かれ、次々と崩れ落ちた。
最後の一体が消えたとき、進軍路には倒れた兵士たちが残されていた。
討伐軍は、およそ一割の兵を失っていた。
「周囲を警戒しろ! 目に見えない敵が潜んでいる可能性がある!」
グレゴールの命令に、兵士たちは互いに間隔を取り、神官を中心に陣形を組み直した。
先ほどの襲撃で、敵の手口を見抜いたのだ。
「なんて奴らだ。これがアンデッド使いの戦い方なのか……」
エミールは独り言ちた。
「この程度で進軍は止めん。隊列を立て直せ。城へ向かうぞ」
グレゴールは馬首を前へ向けた。
10月10日 一挙5話公開 18:00に5話同時公開
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