第39話 イヴァンの眷属
グスタフ討伐戦から三日。
俺たちの準備は着々と進んでいた。
グスタフ討伐戦による城や備品の損壊は、ミサトの素材創造魔法と、死の軍団の手際よい組み立て作業によって、すでにほぼ修復されていた。
計画通り、アーチャー十体は光学迷彩で姿を隠して配置し、ゾンビを除くアンデッドたちも城の要所に配備していた。
俺は《ゾンビ・スカウト》で蟲たちを再び結界の内外へ大量に放つ。
そして、受肉させた二体のスケルトンジェネラルのうち、一体に《深淵の目》を付与し、監視専門官としての任を授けた。
「お前の名はアダムだ。監視専門官として、俺の放った蟲たちの視界から情報を抽出し、戦況に影響するものだけを報告せよ」
「イエッサー!」
ビシッと敬礼する姿は、なかなか様になっている。
「では、中央監視室で蟲どもの指揮を取れ!」
中央監視室などない。ただの使用人室だがな。
そして、もう一体には女性型の指揮官を造った。
「お前はリリスだ。貴様の任務は死の軍団を統括し、俺の作戦通りに戦闘の指揮を執ること! 敵襲の知らせが来るまでは、軍の訓練に励め!」
「はっ、仰せのままに」
別に訓練しても意味はないのだが、結界の外にうじゃうじゃいる野次馬たちにも、俺たちが戦いの準備をしていることは伝えないとな。
「マヤ、獣人たちはどんな様子だ?」
「はい。元々、城内で内務をしていた者たちは、レイのもとで働いています」
マヤは元気よく答えた。
「敵襲があったら、速やかにミサトのところへ行って光学迷彩をかけてもらい、地下の避難所で待機するようにな」
「はい、そのように伝えてあります」
うん、マヤはできる子だ。
光学迷彩の弱点は、味方からも見えなくなることだ。
魔法を使えば見えるらしいが、今の段階ではミサト以外にはまだ無理な芸当だった。
城内から外に目を向けると、マリに騎乗し、長槍を持つイヴァンの姿があった。
彼は城門のすぐ前に陣取り、門の外に向けて凄まじい威圧感を放っている。
あとは、受肉させたアンデッドをミサト、レイ、アスカに似せて造ってある。
彼女たちが光学迷彩で姿を消したあと、敵の目を欺くため、本人たちに似せたアンデッドをその場に残すのだ。
***
俺は城門前で睨みをきかすイヴァンの元へ歩いていく。
「なぁイヴァン。お前、精霊騎士っていうくらいだから、何か戦える精霊とか出せないの?」
前々から思っていた疑問をイヴァンにぶつけてみる。
「うむ。問題ないでござる」
「え? 出せるってこと?」
イヴァンは「見てみよ」とばかりに、マリに乗ったまま長槍を頭上で回転させた。
なかなか曲芸チックで上手い。
「いでよ! 我が眷属たちよ!」
――おお、眷属がいたのか。
イヴァンを中心に淡い緑色の光が溢れる。
そして何体かの精霊が……ん?
イヴァンが乗るマリの周りに、高さ三十センチほどの、手足の生えた可愛らしいキノコたちが、木の枝を携えて何体も現れた。
「拙者の眷属――キノコ君でござる」
き、キノコ……君。
『アイ、アイ』
キノコ君は「アイ! アイ!」と、愛らしい声で木の枝を振り回す。
俺へのアピールなのだろうか。
「きゃぁぁあああ、かわいい~!」
城内から一部始終を見ていたマヤが飛び出してきた。
「えーーー。なになに?この可愛い子たち!」
『アイ!』
マヤの目は完全にハートマークだ。
「キノコ君でござる」
キノコ君の一体が、マヤに向かって木の枝を「どうぞ」とばかりに手渡す。
「ありがとう。キノコ君って言うんだね! あっちでみんなと一緒にあそぼっ!」
『アイ、アイ!』
キノコ君たちはマヤに連れられて、楽しそうに城内に入っていった。
「…………」
ヒュゥ~~。
「…………」
冬でもないのに、俺とイヴァンの間に木枯らしが吹いた気がした。
***
城内へ戻ると、女子たち全員がキノコ君を膝に抱えていた。
レイ、ミサト、マヤが絨毯の上に座り、うっとりとしている。
「おい、みんなどうした?」
「ほんに癒されるのう」
振り返ると、ミサトまでもがキノコ君を抱いて頬擦りしている。
「おい、ミサトもか!」
この異常事態に、キノコ君の主人であるイヴァンのもとへ再び走った。
「イヴァン、ちょっと来てくれ!」
イヴァンと共に城に戻り、現状を見せた。
「これは『癒しの胞子』でござる」
――癒しの胞子?
「キノコ君の能力でござるよ」
「何それ」
「キノコ君は傘から出る胞子で、周囲の感情を制御できるのでござる。怒り、喜び、悲しみ、癒しなどでござるな」
え、なんて凶悪な能力を――。
「それだけではござらん。胞子の種類を変えれば、毒や痺れ、麻痺や眠り、目潰しなど、神経系も制御できるでござる」
「目潰しまでできるのかよ……」
――可愛い見た目に反して状態異常付与とか、かなり危険な能力じゃねえか。
イヴァンがキノコ君に尋ねたところ、みんな忙しそうで大変そうだったから、癒しの胞子でリラックスしてもらおうとしたようだ。
なんか、めちゃくちゃ有能な眷属じゃね?
だって、化け物メンタルのミサトですら、デレデレにしてるんだぞ。
「まぁ、キノコ君は戦闘には向いてないよな~」
見た目も可愛いし、アイ! アイ! とか可愛い声で木の枝を振り回しているだけだ。強いわけがない。
「キノコ君は戦わせると、拙者より少し弱い程度くらいは強いでござるよ」
――はい? まじ?
「いやいや、こんな可愛いキノコ君がイヴァンと同じくらい強いなんて信じられないぞ」
「では、実際に見てみるでござるか?」
「おお、そうだな。城の外で試してみよう」
俺たちは城の外へ出ると、キノコ君一体とスケルトンを向かい合わせた。
「じゃあ、始めてくれ」
『アイ!』
キノコ君は元気よく声を上げると、手にした木の枝を振りかざしてスケルトンへ突撃した。
しかし――。
スケルトンは軽く身をかわすと、剣を振るった。
ドゴッ!
『アイッ!』
キノコ君の小さな身体が、勢いよく吹っ飛んだ。
「お、おい! 大丈夫か?」
地面に転がったキノコ君が、ゆっくりと起き上がる。
すると――。
キノコ君の身体が、みるみるうちに真っ赤に染まっていった。
『アイ……!』
その顔は、明らかに怒っている。
「めっちゃ、キノコ君怒ってる」
そして次の瞬間、キノコ君の身体が大きくグイグイと膨れ上がった。
高さは二メートル近く。
手足も太くなり、手にしていた木の枝は、まるで棍棒のような太さへと変化していた。
しかも、ただ大きくなっただけではない。
「あの棍棒は世界樹の枝でござる」
その棍棒は世界樹の枝でできており、金属にも負けないほどの強度を備えた武器だという。
「…………」
――え、何これ。
さっきまでの可愛いキノコ君は、どこへ行った?
次の瞬間、キノコ君が地面を蹴った。
――速い!
巨体からは想像もできない速度でスケルトンへと駆け寄る。
『アイィィ!』
先ほどまでの愛らしい声とは違う、腹の底に響く野太い声が轟いた。
気合いの声とともに、棍棒を力任せに振り下ろした。
ドガァァン!
スケルトンの身体は一撃で砕け散り、骨が周囲に飛び散った。
周囲で見学していたスケルトンたちが、一斉に動きを止める。
その圧倒的な一撃に、誰もが動揺していた。
「…………」
――うそだろ。
さっきまで木の枝を振り回していた、あの可愛いキノコ君が?
すると、巨大化したキノコ君の身体が、シュルシュルと縮み始めた。
あっという間に元の三十センチほどの姿に戻る。
『アイ!』
何事もなかったかのように、キノコ君は元気よく声を上げた。
――いや、お前。さっきスケルトンを粉砕したよな?
俺たちはひょんなことから前衛を確保した。
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