第34話 マヤ、発見!
ミサトの光学迷彩を纏ったアスカ、マリ、イヴァンの一隊が、暗がりに溶け込むようにして静かに城の外壁へと滑り出していった。
蟲たちの視界が俺の脳内へと送り続けられてくる。俺はその情報を頼りに、敵の防衛網の隙間を縫う隠密ルートを確認した。
アスカたちは完璧に、そして無音でマヤの囚われている地下牢への潜入を開始した。
「さて、レイ」
俺は「血肉の茶会」を離れ、夜闇に浮かぶ城の正門を見据えた。
「俺たちの仕事だ」
「ん。……あいつらの注意を全部、こっちに集める」
レイがいつもの無機質な声で応じ、背負っていた弓を手にした。
***
ここまでずっと考え続けてきたことを、改めて心に刻む。
生前も含めて、俺は初めて人を殺すことになるだろう。
中学生三年生の俺に、その心の負担は決して小さくはなかった。
アンデッド補正でキモグロ耐性もあるし、死に対する感覚も生前とは違う。
この世界では、死はもっと身近で――曖昧だ。
常に人がどこかで死に、時には魔法で蘇る。
でも引っかかるのだ。
――人殺しが。
この世界の命は軽い、軽すぎる。
俺は決めた。
誰にも屈することなく、自分が正しいと信じる道を進む。
理不尽には理不尽で対抗して何が悪い。
ここは異世界なのだ。
――ただ、できるだけモブりたい。
***
前方、城の正面玄関の前には、バリケードを築き、盾と長槍を構えた重装の領兵たちがひしめき合っていた。
城壁の上には弓兵が並び、中庭の奥にはいつでも魔法を放てるよう配置された魔導士たちの姿が見える。
視認できる範囲で総勢、約三百。
結界の出現に動揺しながらも、領主グスタフの命令によって必死に防衛線を敷いた男たちだ。
彼らの松明の炎が、夜の闇を赤く揺らしている。
その緊迫した防衛陣地に向かって、俺とレイは堂々と歩みを進めた。
コツン、コツンと、夜の静寂を破る二人の足音が近づいてくる。
「前方に人影! 二人です!」
「松明を掲げろ! ……あいつらか、例の冒険者どもは!」
小隊長の怒号が響き、三百の領兵たちの視線が一斉に俺たちへと集中した。
俺はゆっくりと黒いフードを払い、冷たい瞳で敵の隊列を見据える。
目立ちたくない、モブでありたいという人生の目標は、マヤを拐った下衆どもを目の前にした時点で完全に吹き飛んでいた。
俺とレイは、鉄格子の巨大な門まであと三十メートルほどのところで歩みを止めた。
「貴様らが『月の墓標』か! たかが数人の冒険者風情が、伯爵様に向かって何という無礼を!」
小隊長が剣を突き出し、声を荒らげる。
「伯爵様のご命令だ! 逆賊として即座に身柄を拘束する! 大人しく降伏しろ!」
「――断る」
そんなの当たり前だろ。
「俺たちは、伯爵に用がある。今からここに連れてこい」
蟲たちの偵察でグスタフが自室にいるのは分かっている。
そして――ここに来るわけないことも。
――これは手順だ。
グスタフが来ないなら俺たちは進むのみ。
奴らからの返事は無い。
「では、中に入らせてもらおう。邪魔する奴は、全員まとめて叩き潰す」
***
俺は詠唱を始める。
「我が右手に宿りし闇の系譜よ、今こそ深淵の門を穿て――」
手の甲の『王の紋章』が、詠唱に呼応してドクドクと赤黒い光を爆発させる。
足元の石畳に、液体のような黒い魔法陣が急速に広がり、ゆっくりと回転しながら地中へと沈んでいった。
――あ、夜だから黒い魔法陣。意味ねぇぇえええええ。
ミサトに若者の血を貢いで仕込んでもらった、闇の演出効果が夜闇を支配する。
もはや、相手が見えないんだから意味ないけどな。
「大地に眠る我が眷属よ、暗黒の魔素を糧とし、今目覚めよ!」
「死の軍団!」
――ガシャガシャガシャガシャ!
次の瞬間、城門の前が激しく隆起し、頑丈な石畳が派手に跳ね上がった。
土の中から、崩れた建物の下から、無数の白骨の腕が這い出てくる。
肉を失ったスケルトン兵たちや、騎士を乗せた軍馬、ボロボロの死に装束を纏ったゾンビたちが、次々と地中から這い出でて、整然とした死の隊列を形成していく。
約百体の死の軍団が城門直前で陣形を終えた。
スケルトン兵五十、ゾンビ兵二十八、スケルトンアーチャー十、スケルトン騎士十、スケルトン将軍二、合計百体の構成だ。
ゾンビ兵は動きが遅いし武器もない。
しかも、少しバカなので使いづらい。
だが、見た目のグロさで相手を恐怖させ、噛めば新たなゾンビとなって味方だった者たちを襲いだす。
それが戦場全体をパニックに落としていくのがメリットなのだ。
「死の軍団よ。俺たちの進路を塞ぐ者、そして俺たちに刃を向ける者だけを排除しろ。逃げる者や武器を捨てた者、戦えない者は追うな!」
そして、いつものお気に入りの言葉と共に右手を前方へ向ける。
『――蹂躙せよ』
スケルトン騎士十体が鉄格子の城門に突撃する。
――ドォォォォン!!
城門はあっけなく、爆発するように弾け飛んだ。
半分近いスケルトン騎士もバラバラに砕け散った。
――が、カタカタと再び骨が組みあがっていく。
ゾンビ兵やスケルトン達がわらわらと破壊された城門の中に侵入していく。
ここで決めゼリフ――。
「見よ!この圧倒的なわが軍を――」
――ほんの百体だがな。
***
その頃、城の地下深く――。
頭上から響く激しい轟音と振動を感じながら、光学迷彩を纏ったアスカたちは、蟲の案内によって地下牢の前へとたどり着いていた。
見張りは二人だけ。
地上から響く轟音に気を取られ、背後の空気の僅かな歪みに気づく者はいなかった。
イヴァンが見張り二人を長槍の柄で吹き飛ばす。
「ぐあっ」
石壁に叩きつけられた見張りたちは、そのまま意識を失った。
アスカは見張りの腰から鍵束を奪い、鉄扉を乱暴に開け放った。
「マヤ!」
アスカが叫びながら飛び込む。
薄暗い牢の奥、鎖に繋がれ、露出の激しい黒い革の衣装を着せられて震えているマヤの姿があった。
「う……うう……アスカ、お婆ちゃん……?」
「よう頑張ったですじゃ! 今すぐ出してやるからのう!」
アスカが短剣で鎖の留め具を叩き壊す。自由になったマヤの幼い身体を、ミサトから託された純白のガウンで優しく包み込み、マリの背中に乗せた。
「マヤ殿、もう安心でござる」
イヴァンが長槍を構え、彼女を守るように寄り添う。
マヤの確保は完了した。
脳内に届いた報告を受け、俺は正面の戦場の中で、ふっと口元を緩めた。
右手の紋章が、さらに激しく赤黒い光を放ち始めた。
「さあ……」
俺は、押し寄せる領兵の波を見据えた。
「お前たちの領主様のもとへ、案内してもらうぞ」
我がメイドを拐ったグスタフ伯爵への、本当の制裁が今、始まろうとしていた。
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