第32話 血肉の茶会
俺たちの一段階目の作戦はこうだ。
まず、ミサトの高位魔法でグスタフの城へ転移する。
城に到着したら、ミサトが範囲結界を展開。城全体を包み込み、誰一人として外へ逃がさない。
そしてミサトは、城の門前に拠点を設営する。
万が一の際の鉄壁な待避所であり、俺たちの拠点でもある。
ただし、城の中の様子も、敵の数も、マヤの居場所も分からない。
まずは拠点を作り、実際に状況を把握してから、攻略方法を決める。
マヤが危険な状況にある以上、時間をかけるわけにはいかない。
確認に使う時間は、一時間程度だ。
その結果で二段階目の作戦の立案となる。
あとは、実行するだけだ。
「デメンション・ゲート!」
ミサトが高らかに魔法名を叫ぶ。
すると、目の前の空間がゆらりと揺らぎ始めた。
まるで水面に石を投げ込んだかのように、景色が歪んでいく。
やがて、その揺らぎは赤紫色に染まり、直径三メートルほどの円形の空間が口を開けた。
向こう側には、こちらとは異なる景色が見えている。
空間そのものを切り開いたような光景に、思わず息を呑んだ。
――す、すげー。
何度見ても、ミサトの魔法は規格外だ。
「妾と共に来るのじゃ」
ミサトは何事もなかったかのように、開かれた空間へ向かって歩き出す。
俺たちもその後に続いた。
そして、全員がその空間をくぐり抜けた瞬間――。
一気に視界が開けた。
***
目の前に広がっていたのは、巨大な城。
俺たちは、その正門から百メートルほど離れた場所に立っていた。
夕暮れの空が、城の向こうに赤く広がっている。
正門の両脇には、門兵が二人。
突然、目の前に現れた俺たちを見て、二人は呆然と立ち尽くしている。
片方は、自分の目が信じられないのか、何度も目をこすっていた。
まあ、気持ちは分からなくもない。
何もない場所から人間がぞろぞろ現れるなんて、普通ならあり得ない光景だからな。
「結界はこの辺からでいいかの?」
「ああ、頼む」
ミサトは俺の返事を聞くと、右手をゆっくりと天へかざした。
次の瞬間、城の周囲に淡い赤色の光が走る。
その光は瞬く間に広がり、城全体を包み込むように半球状の結界を形成した。
薄い赤色の膜が、巨大な城を覆っていく。
夕日の光を受けた結界は、繊細で美しい。
だが、その内側に閉じ込められた者たちにとっては、決して歓迎できるものではないだろう。
これで、城から誰も逃げられない。
「さて、妾はここで待機じゃろう?」
ミサトが、当然といった顔で尋ねてきた。
「ああ。高貴なる淑女は、こういう場所で高みの見物がお似合いだ」
俺はミサトの自尊心をくすぐるように答えた。
「シン、中々わかっておるのう」
ミサトは満足そうに頷く。
どうやら、狙いどおりだったようだ。
***
「では、ちと場所を整えるとしようかの」
ミサトは艶然と微笑むと、結界の内側に向けて、その白皙の手を地へとかざした。
何かを始める気なのは分かる。
だが、その瞳に宿る昏い輝きに、俺は本能的な戦慄を覚えた。
「――いでよ、血肉の茶会」
ミサトの唇から、呪詛のような甘い声が漏れる。
直後、彼女の足元から直径十メートルに及ぶ真紅で液体のような魔法陣が滲み上がった。
それは、まるで大地が血を流しているかのようにドロドロと広がり、脈打ちながら地中へと沈んでいく。
――ゴゴゴゴゴ……。
内臓を震わせるような地鳴り。
次の瞬間、床の石畳を突き破り、せり上がってきた「それ」に、俺たちは言葉を失った。
現れたのは、椅子とテーブル。だが、それは精緻に組み上げられた白骨の骨格に、いまだ生々しく濡れた赤黒い肉組織が美しく蛇のように巻き付いた異形の家具だった。
椅子の座面は、誰かの肉を丁寧になめして張ったかのように妖しく明滅し、テーブルの天板は、凝固した鮮血を磨き上げたかのように滑らかな漆黒の光沢を放っている。
しかし、そのおぞましい基盤の上に並べられたのは、王室の晩餐会で使われるような、純白磁に金彩が施された最高級の茶器だった。
湯気を立てる紅茶の香りと、微かに漂う鉄臭い血の匂い。そのあまりの不調和が、見る者の精神を狂わせるような美を放っている。
さらに異様なのは、テーブルの周囲を彩る庭園だった。
配置された花壇を構成しているのは、美しく仕分けられた臓物や、白く美しい指先ばかりを集めた人体のパーツ。
そして、その肉の土壌から、ひまわりのように咲き誇っているのは、大きさも形状も異なる無数の頭蓋骨だった。
あるものは笑い、あるものは絶望に顎を落とした白骨の頭部が、夕暮れの赤い残光を浴びて、まるでダリアの花園のように咲き乱れている。
夕日の赤、結界の赤、そして大地を満たす血の赤。
すべてが混ざり合う空間は、この世の終わりを具現化した地獄のようでありながら、あまりにも荘厳で、網膜に焼き付くほどに美しかった。
ミサトは、そのおぞましくも完璧な悪魔の庭園を、愛おしそうに見つめた。
そして、流れるような所作で歩みを進める。
肉と骨で編まれた椅子の前で足を止めると、ドレスの裾を揺らし、まるで本物の高貴な女王のように優雅に腰を下ろした。
しなやかに足を組み、背筋を伸ばす。
周囲を満たす凄惨な赤。狂気の家具。骸骨の花園。
その中心で、この世のすべての美を独占したかのように微笑む彼女の姿は、まさに――。
《鮮血の女王》の名に相応しかった。
「ふふ……どうかしら?」
ミサトは優雅に微笑んだ。
俺たちは茫然とその美しくもおぞましい、ミサトが作り出していた拠点を見つめていた。
「ミサト、凄く趣味悪いのに妙に似合ってる。荘厳で悪魔的な魅力」
レイが、的を射た言葉を口にした。
「うん、確かにね。驚いた」
――つくづく味方で良かった。
あれは真正の化け物だ。
見た目だけじゃない。
あの魔法の規模も、発想も、何もかもが規格外。
敵に回していたらと思うと、背筋が寒くなる。
「さて、まずは周囲の状況を確認しよう。城の中の様子も、敵の数も、マヤの居場所も分からないからな」
「そうだのう。妾も、結界の維持と拠点の防衛に力を割いておくわ」
ミサトが答える。
「確認には一時間ほどかける。それ以上は待たない」
「よかろう」
ミサトは静かに頷いた。
「うむ。マヤを必ず取り戻すのですじゃ」
アスカの言葉に、俺たちは頷く。
こうして俺たちは、血肉の茶会を拠点として、城の様子を探り始めた。
マヤが今、どんな状況に置かれているのかは分からない。
だが、時間をかけるわけにはいかない。
夕日は、すでに地平線へと沈みかけている。
そして一時間後――。
マヤを取り戻すためのグスタフ城攻略が始まる。
10月10日 一挙5話公開 18:00に5話同時公開
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