↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
31/54

第30話 マヤの誘拐事件

部屋の片付けを終えたマヤが、仲良しのマリとリビングでキャッキャと遊んでいた。


「出して!」


――精霊騎士現れる。


「消して!」


――精霊騎士消える。


「出して!」


――精霊騎士現れる。


「消して!!」


――精霊騎士消える。


「出して!」


――精霊騎士現れ、怒る。


「――拙者を出し入れして遊ぶでない」


 マヤとマリが、精霊騎士イヴァンから叱られる。


「ごめんなさい。イヴァン様」


――クゥン。


 マヤの可愛い耳が垂れ、マリも伏せて俯く。


 マヤはメイドだと言っても、まだ十二歳の子供だ。


 純粋で、よく働き、何をするにも一生懸命なマヤは、俺たち皆から可愛がられている。


「イヴァン殿、子供のやる事ですじゃ。もう少し穏やかに。ですじゃ」


 唯一、生前に結婚し、子供や孫を持っていたアスカは、マヤを異常なほど可愛がっていた。


「マヤはわしの孫ですじゃ」


「はい! アスカお婆ちゃん!」


 目の前で同じくらいの背格好同士が、孫とお婆ちゃんと呼び合う。実にシュールな関係になっていた。


 結婚経験のないレイやミサトは、白けた様子で見守っている。


 しかし、アスカの生前の過酷な人生を思えば、ツッコミを入れる事さえ躊躇われた。


 貧しい山岳の少数民族として生き、年老いて家族から見放され、洞窟に捨てられて命を落とした。


 そんな過去を知っている俺とレイには、今の微笑ましい光景を壊す気にはなれなかった。


「マヤは器量もいいし、性格も良い。料理も上手だし、きっと良いお嫁さんになるですじゃ」


「アスカお婆ちゃん、マヤはまだ早いですぅ~」


「いやいや。今のうちから将来、ご主人のような殿方に好かれるよう床上手(・・・)になるのですじゃ」


「おいアスカ! 子供になに言ってんだよ!」


――ったく、エロババアが。



     ***



 とある日。


 月の墓標のメンバーは、ギルドの依頼で二泊三日の遠征に出ていた。


 マヤは掃除を終え、リビングで洗濯物を畳んでいた。


 トントン――。


 玄関の扉を叩く音。


 珍しい来客に、マヤは手を止めた。


「はぁい」


 返事をしながら扉を開ける。


 そこに立っていたのは、フードを深く被った男が二人だった。


 男たちはマヤの顔を見ると、すぐにその頭に生えた獣耳へ視線を移した。


 そして、腰の後ろで揺れる尻尾を見て、互いに顔を見合わせる。


 口元に浮かんだのは、歓迎とは程遠い笑みだった。


「お前が獣人族の巫女、マヤだな?」


「そうですけど……」


「領主様のご指名だ。今から城まで来てもらおう」


 男の一人が、返事を待たずに一歩踏み込んできた。


 その動きに、マヤは胸の奥で小さな警鐘が鳴るのを感じた。


 反射的に後ずさる。


「え? 私はこの家のメイドです。主人のシン様に確認しなければ、家を離れる事はできません」


「領主様は待ってはくれぬ。すぐに来るのだ」


「無理です!」


 マヤは扉を閉めようとした。


 だが、その直前。


「アースバインド!」


 男の声と同時に、足元の床が泥沼のように変わった。


「えっ……?」


 踏み出した足が沈み込む。


 引き抜こうとしても、足首が何かに掴まれたように動かない。


 マヤの身体が大きく傾いた。


「な、何をするんですか!」


 扉を閉めようと伸ばした手を、もう一人の男が乱暴に掴んだ。


「離してください!」


 マヤは腕を引く。


挿絵(By みてみん)


 しかし、男の手はびくともしない。


「大声を出しますよ!」


「出せるものなら出してみろ」


 男の顔が近づく。


 その目には、話し合うつもりなど最初からなかった。


 マヤは息を吸い込んだ。


「誰か――!」


「うるさい。ヒュプノス!」


 頭の中に、鈍い衝撃が走った。


 視界が揺れる。


 男の顔が二重に重なり、玄関の景色が遠ざかっていく。


 ――シン様……。


 助けを呼ぼうとした。


 けれど、口が思うように動かない。


 膝から力が抜けた。


 男たちは倒れかけたマヤの身体を支えると、手慣れた様子で大きな麻袋を広げた。


 そのまま、意識を失ったマヤを袋の中へ押し込む。


 扉の外へ出る直前、男の一人が室内を振り返った。


「誰か戻ってくる前に行くぞ」


「ああ。これで俺たちにも、約束の褒美がいただけそうだ」


「領主様は、あの猫耳娘にはもう飽きたと仰っていたからな」


「俺たちがあの娘を下賜されたら、好き勝手してから売り払おう」


 二人は下卑た笑いを漏らした。


 男の一人が、マヤの入った袋を肩に担いだ。


 袋の中で、マヤの耳がかすかに動いた。


 だが、彼女が目を覚ますことはなかった。


 玄関の扉は、開いたままだった。


 部屋には、畳みかけの洗濯物だけが残されていた。


 その時、シンたちは何も知らず、ギルドの依頼をこなしていた。



     ***



「ほう。これが犬の獣人族の巫女姫か」


 床に寝かされたままのマヤを見下ろし、丸々と肥えた巨体のグスタフ・ヴァルテン伯爵は、突き出た腹を揺らしながら、舌なめずりでもするように唇を歪めた。


「しかし、よくこの娘を見つけたものだな」


「はっ。以前より、あの屋敷に獣人族の娘がいるとの噂を聞いておりました。調べさせたところ、犬の獣人族であり、巫女姫と呼ばれる身分の者だと判明いたしました」


「巫女姫か。なるほど、ただの獣人娘ではないというわけだ」


「はい。それに、あの屋敷の主たちは現在、ギルドの依頼で遠征中。屋敷に残っている者も少なく、護衛もおりませんでした」


「例の依頼も、役に立ったというわけか」


「はっ。おかげさまで、あの者たちは何の疑いもなく屋敷を空けました」


「ふん。ならば、しばらく戻っては来まい。よくやった」


「ありがとうございます」


「まったく、間抜けな連中よ。大切な娘を置いて出かけるとはな」


 伯爵はしゃがみ込み、マヤの顔を覗き込む。


「ふん。城には獣人の娘が何人もいるが、どれも飽きてきたところだ。ちょうどよい拾い物をしたものよ」


「グスタフ様、この娘は容姿も良いですし、あの猫娘の替わり以上にご奉仕可能かと」


 ローブの男は、伯爵の機嫌を損ねまいと、卑屈な笑みを浮かべた。


「うむ。あの猫娘など、痛みに弱くてすぐに気を失う。せっかく余が楽しんでおるというのに、興が削がれてかなわん」


 伯爵は不満げに鼻を鳴らすと、マヤの頬を指先で軽くつついた。


「だが、この娘はどうかな。巫女姫と呼ばれるほどの娘だ。少しは余を楽しませてくれるのであろうな?」


「もちろんでございます。きっとグスタフ様のお気に召すかと」


「ならば、しばらくこの娘を試してみよう。猫娘の替わりになるかどうか、じっくりとな」


「では、その際は……」


「わかっておる。みなまで言うな」


 伯爵は、部下の言葉を遮って下卑た笑みを浮かべた。


「貴様たちには、あの猫娘を下賜してやろう。城に囲っている娘も増えすぎたところだ。余は寛大だからな。余が飽きたものを、下々の者に分け与えてやるのだ。ありがたく思うがよい」


「はっ! ありがたき幸せにございます!」


「今晩はこの娘の身を清め、余の好きな衣装を着せておけ。泣き叫んで抵抗したとしても構わん。どうせ、ここには誰も助けに来ぬのだからな」


「御意に――」


 伯爵は立ち上がり、マヤを一瞥すると、まるで壊れた玩具でも見るように鼻で笑った。


「せいぜい、今夜までその可愛らしい顔を保っておくことだな」


 マヤは地下牢へ入れられた。


 助けを呼ぶ声も届かぬ場所で、彼女はグスタフの夜の贄となる時を待つばかりだった。



     ***



「え? ここ、どこ?」


 薄暗い地下牢の中で、マヤは目を覚ました。


 状況が理解できず、ぼんやりとした頭のまま辺りを見回す。


 手首と足首には鎖が繋がれていた。


 格子の向こうには、番兵らしき男が椅子に座り、こちらを監視している。


「……っ!」


 その光景を見た瞬間、マヤの意識が急速にはっきりしていく。


 屋敷で掃除をしていたこと。


 突然現れたローブの男たち。


 足元を泥に変えられ、動けなくなったこと。


 そして、何かの魔法をかけられたところで、記憶が途切れている。


「わ、私……連れてこられたの……?」


 マヤは自分の身体に目を落とした。


 着ていたメイド服はなくなり、代わりに黒い革製の衣装を着せられていた。


 肌の露出が大きく、普段の自分なら恥ずかしくて、とても着られないような衣装だった。


「な、なにこれ……」


 マヤは慌てて身体を抱きかかえるように丸くなった。


 どうしてこんな服を着せられたのか。


 考えたくもない想像が頭をよぎり、身体が小刻みに震えだす。


「こ、怖いです……シン様、皆さん……」


 頬を伝った涙が、床に落ちる。


 この衣装を見て、これから何が起きるのかを想像すると、寒気と吐き気が込み上げてきた。


「た、助けて……」


 マヤは祈るように、月の墓標の面々を思い浮かべた。


 いつものように、洗濯物を畳んでいたはずだった。


 夕食の支度をして、みんなが帰ってきたら迎えるつもりだった。


 それなのに、どうして自分はこんな場所にいるのだろう。


 何でも買い与えてくれる、アスカお婆ちゃん。


 冗談を真剣な眼差しで言う、優しいシン様。


 言葉は少ないけれど、何かあれば家事を手伝ってくれるレイ様。


 いつも興味なさそうに振る舞っているけれど、私のことをちゃんと見ていて、何かあればありのままの私を肯定してくれるミサト様。


 そして、何でも話せる大切な親友、マリちゃん。


 凛々しいけれど、どこかお茶目なイヴァン様。


 みんなの顔を思い浮かべるたび、胸が締め付けられる。


 涙は止まらなかった。


「帰りたい……。あの家に、早く帰りたい……」


 いつもみんながいて、笑い声が聞こえるあの家。


 そこがどれほど幸せな場所だったのか、今になって痛いほど分かる。


 マヤは絶望の中、届くはずのない声で、シンたちに心の中から語りかけていた。

10月10日  一挙5話公開 18:00に5話同時公開

10月11日~ 毎日3話公開 毎日18:00から30分毎に1話づつ

10月16日~ 毎日2話公開 毎日18:00から30分毎に1話づつ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
応援をよろしくお願いいたします!
, ,

,

,

,

,
,
,
テキスト系

,
, , , , ,
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。