第2話 骸骨になった俺、死者蘇生を使ってみた
俺は洞窟の同じ景色を見続けていた。
視界が動くのは、目が動く範囲だけ。
眠れず、疲れた感覚だけが残っている。
入口から差し込む光を頼りに日数を数え、今日は三十四日目らしいと分かった。
最初の数日は嘆き、心の中で泣き、笑い狂った。
頭の中で無差別殺人までしてみたが、何も変わらない。
だから、考えるのをやめた。
***
何も考えず、視界の中をぼんやり眺める。
入口から聞こえる獣の鳴き声や、風の音、雨音に耳を澄ませた。
そのうち、骨の周りをうろつくムカデのような蟲や、目がたくさんあるネズミのような生き物にも気づいた。
昆虫によく似た、小さな生き物もいる。
どれも、今まで見たことのない姿だった。
やはり、ここは異世界らしい。
だって、こいつら――
マジでキモいもん。
二匹でいる蟲を見ては、
――こいつら、カップルなのか?
目の多いネズミのような生き物が三匹でいるのを見ては、
――む。三角関係……だと?
……などと、くだらないことを考えてしまう。
突然、大きな蝙蝠のような動物が視界に飛び込み、バタバタと飛び去ることもあった。
そのたびに思う。
『無』になるのは、本当に難しい。
***
ある日、視界の端に黒い影が現れた。
近すぎて、すぐにはピントが合わない。
……ん?
黒い影は、そのまま俺の目の中へ入ってきた。
――うわっ!
反射的に目を閉じようとする。
――閉じられない。
頭の中心あたりで、ゴソゴソと何かが動く音がした。
…………。
何だ?
やがて音が遠のく。
横から、再び黒い影が視界に入ってきた。
今度は少し離れているせいか、正体が分かった。
ムカデ型の蟲だ。
……ん?
待てよ。
蟲は目から入って、頭の中を通り抜けたのか?
そう考えた瞬間、今までのことがつながった。
視界を自由に動かせない。
首も動かせない。
身体を起こせない。
瞬きも、声を出すこともできない。
そして、蟲が目から入ってきた。
――もしかして……俺って、頭蓋骨なんじゃね?
俺は、洞窟に放置された頭蓋骨なのだ。
そう考えれば、今までの異常な状況にも説明がつく。
何も分からなかった状態が、ほんの少しだけ進歩した気がした。
それが嬉しかった。
……と、同時に心が沈む。
頭に浮かんだのは、架空のラノベの題名だった。
『転生したら頭蓋骨だった』
――終わってる……。
――俺、完全に終わってる。
仮にこれがラノベだとしても、この先の話がまったく想像できない。
それが、地獄だった。
***
再び絶望して数日。
俺は目に入る蟲たちに名前をつけて、友達になろうと考え始めた。
すっかり見慣れた奴らは、素早く動いて、止まる。
また動いて、止まる。
カサカサ動く姿を見ているうちに、案外可愛いとさえ思い始めていた。
人間の感覚というものは恐ろしい。
俺は目を凝らし、姿に違いがないか探してみる。
――うん、全く見分けつかん。
目の多いネズミもどきは動きが早すぎて、目の数も尻尾の長さも分からない。
そいつらは、ときどきその辺の骨をガリガリと齧っていた。
もしも俺の骨だったら――絶対に許せん。
ということで、奴らは敵と認定した。
そんなことをしながら、さらに数日が過ぎる。
そして――運命の日が訪れた。
***
洞窟の入口から差す光を数え始めて、四十六日目。
その日は、夕方近い雨の日だった。
外から聞こえるのは、いつもの雨音。
……だけではなかった。
何かが争う音。
そして――女性の悲鳴のような声。
――えっ……人?
俺は、洞窟の入口から聞こえる音に耳を澄ませた。
やがて、若い女性が血だらけの姿で洞窟へ入ってきた。
雨に濡れた茶色の髪が肩に張りつき、青白い顔は苦痛に歪んでいる。
年齢は、俺より少し上くらいだろうか。
白い半袖の上には皮の胸当て。
下は短パンに、膝まであるブーツ。
しなやかな体つきと冒険者風の装備から、弓職だろうかと考えた。
――俺の厨二の勘が、そう語っていた。
彼女は脇腹を両手で押さえ、よろよろと歩いてくる。
指の隙間から血が溢れ、傷口からは中身が出かかっていた。
顔立ちは整っていて、スタイルもものすごくいい。
……いや、今はそこを見ている場合じゃない。
彼女は俺のすぐ前まで来ると、壁を背にして座り込んだ。
***
彼女は俺から二メートルほどのところで、苦しそうに息をしていた。
俺には何もできない。
声をかけることすらできなかった。
彼女の唇から血の気が失せ、黒っぽく変わっていく。
もう、最後が近い。
俺にもそれが分かった。
頑張れ。
頑張れ。
頑張れ。
心の中で叫ぶ。
やがて彼女は、
「父さん……〇×▽△◎……」
くぐもった声で言葉を残し、そのまま動かなくなった。
***
自分が死んだのは初めてだった。
目の前で人が死ぬのも、もちろん初めてだ。
――十四歳の少年に何の試練だよ……ったく。
俺は独り毒づいた。
見たくもない。
なのに、彼女の身体が変わっていく様子が目に入る。
流れ出た血が、徐々に黒くなる。
全身が青白く変わっていく。
口が開いていく。
俺は、ただ見ているしかなかった。
もし俺が魔法使いなら。
もし神聖魔法が使えたら。
彼女の傷を癒し、助けられたんじゃないか。
しかし、俺はしがない、ただの頭蓋骨だ。
何もできやしない。
このまま彼女も、俺の目の前で骨になっていくのだろう。
将来、俺と骨友達になれるかな?
『俺たち、骨友だよね』
なんて語り合ったりして。
……いや。
何を考えてるんだ、俺。
***
俺の大好きなゲームには、死者を復活させる魔法があった。
リザレクション。
なんて便利な魔法なんだろう。
ゲームやアニメ、漫画では、作品によって設定が違う。
死後すぐでないと使えないもの。
傷まで癒して復活させるもの。
死んだときの姿のまま復活させるもの。
様々だ。
目の前で死んだ彼女にも、リザレクションをかけて復活させてあげたい。
異世界だけに、この世界にもそんな魔法があるかもしれない。
何か思いついたわけではない。
ただ、俺に深く刻まれた厨二病がそうさせたのか。
俺は、目の前の骸に向かって唱えた。
――リザレクション!
――汝、蘇るのだ!
――ん?
彼女の骸が、淡く白い光を帯びた。
え……。
彼女の指が震え出す。
全身が痙攣する。
骸は、ガクガクと激しく揺れ始めた。
――突然だった。
彼女は勢いよく、
ガバッ!
と立ち上がった。
脇腹から飛び出した中身も、ぶらぶらとそのままに。
――うわぁ!
……び、びびった……。
彼女は辺りを見回す。
――急に動き出すとか、ホラーだろっ。
やがて彼女は、俺の方を見た。
俺に目はない。
だけど――目が合った。
……気がした。
「私に――話しかけたの――あなた?」
抑揚のない言葉が、静まり返った洞窟に響いた。
――え?
――え? え?
――俺に話しかけてる?
あまりの衝撃に、俺はしばらくフリーズした。
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