第1話 俺氏、糞死する
俺の名前は、神崎神――かんざき・しん。
十四歳。
中学三年生。
そして、自分の名前が大嫌いだ。
原因は親父だった。
俺が生まれたとき、親父は
『神崎神! 上から読んでも神崎神、下から読んでも神崎神!』
というノリだけで名前を決めたらしい。
学校で名前を名乗れば、だいたい同じ反応が返ってくる。
「神崎……神?」
「うん」
「すごい名前だな」
「……そうだね」
望んで付けてもらった名前じゃないのに、名乗るたびに注目される。
しかも運動も成績も平凡で、名前だけが無駄に大仰なのだ。
神要素など――皆無。
「お前、完全に名前負けしてる」
「上から読んでも下から読んでも神崎神。ぎゃははは!」
――俺は山本山じゃねえっての。
だから俺は、目立つのが嫌いだった。
普通でいい。
平凡でいい。
教室の隅や集合写真の端にいる、その他大勢の一人でいたい。
つまり――モブになりたい。
それが俺の人生の目標だった。
……もっとも、そんな俺にも人には絶対に知られたくない秘密がある。
俺は、かなり重度の厨二病だった。
***
学校帰り、俺は自宅近くの林にある小さな丘へ向かった。
入口には〈私有地につき立ち入り禁止〉の看板があるが、気にしない。
普段から、ここには誰もいない。
ここは俺のお気に入りの場所だった。
何をしに来ているのかって?
もちろん、異世界ヒーローごっこだ。
この遊びは、決して人に見られてはいけない。
クラスメイトにも、そしてヲタが大嫌いなうちの姉ちゃんにも――。
バレたその時点で、俺の人生は――終わる。
俺は木の棒を剣のように掲げ、手作りの仮面をつけた。
「闇に選ばれし我が力、今こそ解放するとき!」
決めポーズ。
ククク――完璧だ。
誰も見ていないから、今日も全力である。
――その一歩が、運命を変えた。
***
ぐにゅっ。
「……ん?」
足の裏に、嫌な感触。
踏み出した足が滑った。
「うわっ!」
身体が後ろへ傾く。
木の棒が手を離れ、視界がぐるりと回った。
地面に手をつこうと身体を捻った先に、ごつごつした石が見える。
「――え?」
ガンッ!
額に衝撃が走った。
目から火花が飛んだ。
俺は地面に倒れ、視界がぼやけていく。
目から火花が飛ぶって……本当だったんだな……。
足元には、半分潰れた犬のフンがあった。
「…………」
犬のフンを踏んで、滑って、頭をかち割って――まさに、糞死。
俺は――犬のフンで――糞死。
笑えないが――なんか笑える。
視界が暗くなり、音が消える。
俺の意識は、そこで途切れた。
***
視界を満たすのは、圧倒的な闇。
耳に届くのは、風の音と草木がこすれるかすかな音だけだった。
少しずつ暗闇に目が慣れてくる。
ぼんやりとした輪郭が、周囲に浮かび上がってきた。
岩の壁。
湿った地面。
そして、遠くに見える明るい場所。
そこから、こちらへ光が差し込んでいる。
――ん? ここは洞窟?
しかも、かなり大きな洞窟の中にいるようだった。
そのとき、目の前をムカデのような蟲が這っていった。
――うわぁ!
俺は驚いて飛び起きようとした。
だが、視界は固定されたまま動かない。
身体の感覚もなかった。
――え? え? え?
動けない?
暑さも寒さも感じない。
まるで俺の意識だけが、ここにあるようだった。
記憶の中では、俺は死んでいる。
そう直感した。
生きているなら、普通は病院にいるはずだし。
ということは――ここは死後の世界なのか?
「…………」
声を出そうとしても、身体を動かそうとしても、何も起きない。
視界に入る範囲だけが、ぼんやりと見えている。
洞窟の入口から差す光の近くに、白いものが散らばっていた。
細いもの。
太くて長いもの。
その中には、頭蓋骨もあった。
――骨?
人間の骨だ。
テレビや写真でしか見たことのないものが、目の前に転がっている。
――怖っ。
そのとき、洞窟の外から獣の声のような音が聞こえた。
聞いたことのない、おぞましい鳴き声だった。
(……本当に死後の世界なのか?)
さっき見たムカデのような蟲。
あんなにデカくて、長くて、グロいものは、この世のものとは思えない。
しかも、天国でも地獄でもなさそうなこの場所。
これって、もしかして――異世界転生?
漫画やアニメなら何度も見た展開だ。
だが――こんな転生のシーンはあったか?
視点も視界も変えられない。
ただ見るだけの存在。
これが転生だったら――俺は救われない。
***
時間だけが過ぎていく。
一時間なのか、一日なのか、それすら分からない。
腹は減らない。
喉も渇かない。
眠くもならない。
ただ、意識だけがそこにあった。
俺は前世で、普通に生きたかった。
目立たず、誰かの記憶に強く残ることもなく、モブとして。
それなのに――
――ん? 確かに今、俺は全く目立ってない。
というか、意識でしかない存在。
これは、モブりたいと願っていた神から俺への、罰ゲー的な贈り物?
『そこまで願うなら、転生でお前の望むものを与えよう』
みたいな?
いやいやいや――。
――神様。
俺は蟲にすら相手にされない、究極のモブになりたかったわけではないのです。
――普通に、平和に。
人に注目されることなく、静かに生きたかっただけなのです。
――アーメン。
などと、様々な神に言葉を変えながら祈り続けた。
だって時間あるし。
――そうでも考えていないと、頭がおかしくなる。
しかも、周囲には人骨。
見たこともないキモい蟲や、聞いたこともない獣の声。
――ぶっちゃけ、超怖いんだが……
外の世界のことは、まだ何も知らない。
俺自身のことも、何も知らない。
ただ一つだけ――分かっていることがある。
俺は――
この洞窟で、一人きりだった。
10月10日 一挙5話公開 18:00に5話同時公開
10月11日~ 毎日3話公開 毎日18:00から30分毎に1話づつ
10月16日~ 毎日2話公開 毎日18:00から30分毎に1話づつ




