第0話 世界のすべてを手に入れるより、俺はモブりたい!
――世界が、燃えていた。
地平線の彼方まで、街が崩れ落ちている。
塔は折れ、城壁は砕け、かつて人々が暮らしていた大地には、黒煙と炎だけが残されていた。
黒雲の裂け目から差す赤い光が、瓦礫の海を血のように染めている。
その向こうから――白の軍勢が押し寄せていた。
その数、数万。
白銀の鎧をまとった歩兵が、地平線を覆い尽くすほどの密集陣形で進軍している。
白い外套を翻す騎兵が、その両翼を固めていた。
数メートルを超える白鎧の巨兵が、軍勢の間にそびえ立つ。
その一歩ごとに地面が揺れ、瓦礫が跳ねた。
さらに空には、白い翼を持つ兵士たちが幾重にも連なっている。
雲の下を埋め尽くすその姿は、空そのものが白く塗り潰されたかのようだった。
前列が倒れても、後列がすぐにその穴を埋める。
騎兵が駆け、歩兵が押し寄せ、巨兵が進む。
空からは翼の軍勢が降り注ぐ。
どこを見ても、白、白、白。
その軍勢は、戦場を越え、世界そのものを飲み込もうとしているようだった。
***
俺は遥か前方を見つめ、そして右手を見下ろす。
手の甲には、赤い石。
その周囲を取り巻く黒い紋章――王の紋章。
俺は、その手を空へ掲げた。
「――来い」
雲を突き破るほど高い場所に、漆黒の魔法陣が浮かび上がった。
巨大な円環が幾重にも重なり、ゆっくりと回転する。
黒い光が雲を裂き、空の果てまで広がっていく。
「我が右手に宿りし闇の系譜よ――」
魔法陣が、ゆっくりと下降を始めた。
大地が鳴る。
「大地に眠る我が軍団よ――」
黒い円環が地表へ近づく。
光が瓦礫を照らし、戦場を覆っていく。
「暗黒の魔素を糧とし、今目覚めよ」
魔法陣が大地に触れた。
次の瞬間、地面の下から轟音が突き上げた。
街の残骸が跳ね上がる。
大地が裂け、瓦礫の下から、土の中から、無数の死者たちが這い出してくる。
最初に現れたのは、黒い鎧兜をまとったスケルトン兵だった。
眼窩に青白い炎を宿し、黒い剣を手に、音もなく立ち上がる。
その後方では、巨大な黒い弓を持つスケルトンアーチャーたちが、弓弦を引き絞っていた。
彼らが手にする弓は、兵士の背丈を超えるほど大きい。
黒い矢が番えられるたび、矢尻に不吉な魔力が集まっていく。
地響きとともに、骨の軍馬が姿を現した。
その背には、全身を甲冑で覆った骨の重騎兵がまたがっている。
重騎兵たちは巨大な槍を掲げ、軍馬の蹄で大地を踏み鳴らした。
さらに、黒いローブを纏った魔導士たちが、地面からゆっくりと立ち上がる。
顔はフードの奥に隠され、その闇の中で、赤い目だけが怪しく光っていた。
リッチたちが杖を掲げる。
その周囲に、黒紫色の魔法陣がいくつも浮かび上がった。
最後に現れたのは、数体のジェネラルだった。
他の兵たちより頭一つ高い巨体。
黒鉄の鎧をまとい、圧倒的な存在感を放ちながら戦場を見渡している。
彼らが剣を掲げると、数千のスケルトンが一斉に動きを止めた。
ジェネラルたちは軍勢の先頭に立つ。
その姿だけで、黒の軍団に秩序と威容が生まれていく。
黒鎧の兵士たちが隊列を組む。
巨大な弓を持つアーチャーたちが後方へ展開する。
骨の重騎兵が左右の翼を固める。
赤い目を光らせるリッチたちが、後方から魔力を練り上げる。
そして数体のジェネラルが、それらすべてを統率していた。
数万の白の軍勢を前にして、黒の軍団は決して大きくはない。
それでも、誰一体として怯んではいなかった。
すべての視線が、俺の右手に集まっている。
俺は白の軍勢を見据えた。
「――我が黒の軍団」
数体のジェネラルが、同時に剣を掲げる。
その動きに呼応して、黒の軍団全体が武器を掲げた。
「蹂躙せよ!」
***
ジェネラルが先陣を切る。
黒の軍団が、大地を揺らして進軍を開始した。
骨の軍馬が地面を蹴り、黒い重騎兵が白の陣へ突撃する。
白の騎兵もまた、隊列を崩さず迎え撃った。
両軍が激突した。
雄叫びも、怒号もない。
数万の白と黒がぶつかり合う戦場に、人の声はひとつもなかった。
あるのは、耳をつんざく剣戟と鎧の破砕音。
大地を揺るがす地鳴り。
魔法が炸裂し、雷鳴のような轟音が空を震わせる。
白の兵士も、黒のスケルトンも、倒れた者を踏み越え、無言で敵を斬り続けていた。
黒の軍団の後方で、巨大な弓がいっせいに引き絞られる。
スケルトンアーチャーたちが矢を放った。
黒い矢の雨が空を覆い、白い翼の軍勢へ降り注ぐ。
撃ち落とされた白い兵士たちが、声もなく地上へ落ちていく。
その穴を埋めるように、さらに多くの翼が押し寄せてきた。
黒の軍団の後方では、リッチたちが杖を掲げていた。
赤い目が怪しく輝く。
黒紫色の魔法陣から、闇の奔流が放たれた。
大地が裂け、白の陣形が大きく崩れる。
それでも白の軍勢は進み続けた。
あまりにも異常で圧倒的な――静かな戦場だった。
***
その戦場を見渡すように、俺の背後には仲間たちが並んでいる。
最初に目に入るのは、茶色の髪をなびかせた美少女――レイ。
その手には、彼女の身体ほどもある巨大な弓。
そして背後には、透明な水色の身体を持つ巨大な女神の幻影が浮かんでいる。
女神の幻影は、レイを守るように静かに佇み、その姿は湖から現れた水竜の化身そのものだった。
レイの胸元には、水色の石が埋め込まれている。
その石が、淡い光を放っていた。
その隣には、真紅の髪をした美しい女――バンパイア・クイーン、ミサト。
戦場を前にしても、その表情には余裕がある。
まるで、これから始まる戦いすら楽しんでいるかのようだ。
その背後には、数百体ものバンパイア・ロードたちが宙に浮かんでいる。
黒い翼を広げ、主人であるミサトの命令を待つその姿は、空を覆い尽くすほどだった。
ミサトの左肩には、黒い石が埋め込まれている。
その石から、禍々しい黒い光がわずかに漏れていた。
さらにその隣。
巨大な体躯を持つ灰色狼――マリ。
巨大な四本の足で大地を踏みしめ、その口には二本の刃が連なったダブル・ソードを咥え、前方を睨んでいる。
その背中には、精霊騎士イヴァン。
全身は固くて太い蔓のようなものが複雑に絡み合い、鎧や兜を形づくっている。
兜から覗く顔は全てを吸い込みそうな漆黒の闇、そして不気味に光る緑の眼。
長槍を手に、マリの背から静かに戦場を見据えている。
マリの額には、緑色の石。
緑の光が、精霊の力を宿すように淡く輝いていた。
さらにその横には、金髪で小柄な少女――アスカ。
小柄ながらもそのスタイルの良さが、軽装からもにじみ出ている。
その右手のひらには、黄色の石が埋め込まれ、手にしたミスリルの短剣にも同じ黄色の石が埋め込まれていた。
アスカの周囲には、忍者を思わせる漆黒の眷属たちが黒き短剣を手に並んでいる。
肌も装束も闇に溶け込むような黒。
その姿は不気味でありながら、アスカを守る兵士のように整然としていた。
そして最後に――。
白い髪と冷たい瞳を持つ男、カヲル。
その身体には黒を基調とした鎧が纏われ、手には漆黒の魔剣。
もう一方の手には、無数の蛇が絡み合ったような盾がある。
首のうなじ付近には、白い石が埋め込まれていた。
その背後には、不気味な人形たちが武器を手に群れをなして立っている。
そして、その人形たちの頭上には――。
汚れたフランス人形が、無表情のまま宙に浮いていた。
俺は、そんな仲間たちを一人ずつ見渡す。
水色。
黒。
緑。
黄色。
白。
それぞれの身体に宿る石が、戦場の光を受けて異なる輝きを放っている。
これだけの仲間が、俺の背後にいる。
……改めて考えると、とんでもない光景だ。
そのとき、ミサトがふわりと宙へ浮かび上がった。
「妾たちも行くとするかの」
その声を合図に、空気が変わった。
レイが巨大な弓を構える。
背後の水色の女神の幻影も、レイの動きに合わせるように腕を上げた。
ミサトの背後では、数百体のバンパイア・ロードたちが一斉に翼を広げる。
マリが低く身を沈める。
四本の足に力が込められ、その背でイヴァンが長槍を構えた。
アスカがミスリルの短剣を握り直す。
周囲の黒い眷属たちも、音もなく身構えた。
カヲルは漆黒の魔剣を静かに構える。
その周囲にいる不気味な人形たちも、一斉に顔を上げた。
そして――。
誰も言葉を交わさない。
ただ一人の合図を待つように、仲間たちの視線が前方へ揃う。
次の瞬間。
仲間たちが、一斉に動き出した。
空を飛ぶ者。
大地を駆ける者。
眷属を従える者。
それぞれが己の戦い方を携え、黒の軍団とともに白の軍勢へ向かっていく。
そして黒と白が入り乱れ、激しい戦闘音と爆発音だけがこの地を震わせる。
俺は、その光景を後ろから眺めていた。
***
戦況を見ながら俺はふと思った。
――なんで俺、こんな大戦争をしてるんだ。
――俺は何も欲しない、必要ともしない。
ただ――モブりたかっただけなのに。
『世界のすべてを手に入れるより……俺はモブりたい』
10月10日 一挙5話公開 18:00に5話同時公開
10月11日~ 毎日3話公開 毎日18:00から30分毎に1話づつ
10月16日~ 毎日2話公開 毎日18:00から30分毎に1話づつ




