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第28話 マリとイヴァン、ミノタウロスを討つ

 ミサトの左肩には、黒い石が埋め込まれていた。


 俺がブラッド・オーヴァードで埋め込み、定着させた石だ。


 その周囲には、俺の右手にある石と同じ紋章が刻まれている。


 紋章は格好いいだけじゃない。


 石と持ち主の間で魔力が行き来する効率を、桁違いに高める。


 肩から半分ほど露出したその石は、まるで最初からそこにあったかのように収まっている。


「本当に瘴気は漏れないんだな?」


「しつこいのう。妾が体内から全て吸い取ると言っておるじゃろう」


「いや、だって見た目がさ……」


「見た目で判断するでない」


 ミサトが呆れたように言った、その時だった。


 ――ズン。


 地面が揺れた。


 ――ズン。


 重い足音が、こちらへ近づいてくる。


 俺たちは一斉にそちらを向いた。


 木々の向こうから現れたのは、巨大な牛頭の魔物。


 ミノタウロスだった。


 その身体には、無数の傷跡が残っている。


 だが、血は流れていない。


 傷口は塞がり、肉も再生している。


 今受けている傷ではない。


 すべて、治癒した痕跡だ。


 つまり――。


 ――ほぼ全回復してるってことかよ……。


 俺は周囲を見回した。


 レイドに参加していた冒険者たちはどうなった?


 ラクロスの連中は?


 セドリクさんは?


 このミノタウロスがこちらへ来たってことは、討伐に失敗したのか。


 なんとか被害が最小限で撤退できていればいいが――。


 考えれば考えるほど、胸の奥が重くなる。


 だが、今は確かめようがない。


 来た道を戻るにしても、こいつを倒さなければ始まらない。


「シンよ」


 ミサトが俺を見た。


「其方が許可するのなら、妾が秒殺してやるぞ」


 その言葉に、俺は一瞬だけ心を動かされた。


 秒殺。


 なんて素晴らしい響きだろう。


 だが――。


「――断る」


「ほう?」


「ここには他の人間がいないとはいえ、ミサトの高位魔法を見せる必要はない」


 それに、俺たちが強くならなければ意味がない。


 いつまでもミサトに頼っていたら、何も変わらない。


「俺たちでやる」


「……ふむ。ならば、妾は見物させてもらうとしよう」


 ミサトは黒い石を埋め込んだ左肩を軽く動かした。


 当然だ。


 こいつにとっては、目の前の魔物などアリの一匹と同じ程度だろう。


 だが、俺たちは違う。


「みんな、行くぞ!」


 俺の声に、レイが弓を構える。


 マリが低く唸り、地面を蹴る。


 アスカも一歩前へ出た。


 ミノタウロスが巨大な斧を持ち上げる。


 その瞬間。


 空気が震えた。


 ――ブォンッ!


 斧が横薙ぎに振るわれる。


「散れ!」


 俺の声と同時に、全員が左右へ飛び退いた。


 直後、斧が木の幹を薙ぎ払う。


 太い幹が、まるで細枝のようにへし折れた。


 ――ドガァン!


 木が倒れ、土煙が舞い上がる。


 ――おいおいおい!


 あんなものをまともに食らったら、身体がどうなるか分からない。


 いや、分かる。


 間違いなく吹き飛ぶ。


 というか、バラバラにされる。


 俺は距離を取りながら、ミノタウロスの動きを見る。


 巨体の割に動きが速い。


 しかも、斧の一撃には迷いがない。


 レイドで戦った時の傷は、もう弱点にはならない。


 ならば――。


「レイ!」


「分かってる!」


 レイの矢が放たれた。


 一本。


 二本。


 三本。


 矢はミノタウロスの顔へ向かって飛ぶ。


 だが、奴は斧の柄を振り上げ、矢を弾き落とした。


 それでも、わずかに動きが止まる。


 その隙を逃さず、マリが駆けた。


 低い姿勢から一気に懐へ潜り込む。


 鋭い爪が、ミノタウロスの脚を切り裂いた。


 ――グオオオオッ!


 咆哮。


 ミノタウロスが脚を振り上げる。


 マリは即座に後方へ跳んだ。


 しかし、振り下ろされた足が地面を砕き、衝撃でマリの身体が横へ弾き飛ばされる。


「マリ!」


 俺は思わず叫んだ。


 だが、マリは地面を転がりながらも、すぐに起き上がった。


 大丈夫だ。


 まだ戦える。


 アスカがミノタウロスの側面へ回り込む。


 その動きに気づいた奴が、斧を振り下ろした。


 ――ガキィン!


 アスカが受け止める。


 いや、受け止めたというより、斧の軌道を逸らしたのだ。


 地面に叩きつけられた斧が、土を大きくえぐる。


「今ですじゃ!」


 アスカの声。


 俺はダーク・ランスを放った。


 狙うのは、斧を振り下ろした腕。


 動きを止める。


 ほんの一瞬でいい。


 ミノタウロスの腕が、わずかに鈍った。


 その隙にレイの矢が飛ぶ。


 今度は顔ではない。


 首元へ。


 矢が突き刺さる。


 ミノタウロスが吠えた。


 だが、止まらない。


 奴は強引に腕を振り抜き、アスカを弾き飛ばした。


「アスカ!」


 身体が宙を舞う。


 地面に叩きつけられる寸前、アスカは身をひねって着地した。


 骨が軋む音が聞こえた気がした。


 それでも、立っている。


 俺たちは、まだ誰も倒れていない。


 だが、ミノタウロスにも決定的な傷は与えられていない。


 しかも黒い瘴気で傷が治りかけている。


 ――くそっ……!


 こいつを倒す。


 それだけのことが、こんなにも難しい。


 ミサトに頼れば、一瞬で終わるのかもしれない。


 だが、それでは駄目だ。


 仲間を守るための力が欲しい。


 その力を手に入れるために、今ここで戦っているんだ。


「みんな!」


 俺は声を張り上げた。


「まだ終わってないぞ!」


 レイが弓を構え直す。


 マリが再び地を蹴る。


 アスカが立ち上がり、俺の横に並んだ。


 ミノタウロスがこちらを睨む。


 その巨大な斧が、再び持ち上がった。


 ――来る。


 俺たちは、逃げなかった。


 その時だった。


「ガウッ!」


 マリが俺に向かって吠えた。


 額に埋め込まれた緑の石が、ゆっくりと明滅している。


 マリと目が合う。


 ――そうか。


 マリは、新しい力を使おうとしているのか。


 緑の石に宿る精霊と、意思を通わせられるようになった。


 今のマリなら、あの精霊騎士を呼び出せる。


 俺はマリを見た。


「よし、いいぞ。マリ、新しいお前の能力を見せてみろ!」


 マリの額の緑の石が、ひときわ強く輝いた。


 次の瞬間、マリの傍らに淡い緑色の靄《もや》が広がった。


 やがて人型を形作り、精霊騎士が現れた。


 長い槍と剣を携えた騎士は、迷うことなくマリの背に跨がった。


 槍を手に、マリの背中で姿勢を正す。


 その姿は、まるで伝説に登場する騎士そのものだった。


挿絵(By みてみん)


 ――か、かっこいい……。


 思わず見惚れてしまった。


「この牛頭で良いのか?」


 精霊騎士が静かに尋ねる。


「ああ! あいつを倒してくれ!」


「承知した」


 騎士は長い槍を構えた。


「参る!」


 マリが地面を蹴る。


 速い。


 さっきまでとは比べものにならない速度だった。


 ミノタウロスが斧を振り下ろす。


 だが、マリはその一撃を紙一重でかわし、懐へと飛び込んだ。


 精霊騎士が槍を構え直す。


 その間合いを生かし、ミノタウロスの攻撃が届かない位置から鋭い突きを繰り出した。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 槍の穂先が、ミノタウロスの身体を次々と貫く。


 傷が塞がるよりも早く、次の一撃が突き刺さる。


 黒い瘴気による再生が追いつかない。


 ――すごい……!


 これが、マリの新しい力なのか。


 ミノタウロスも黙ってはいない。


 巨体をひねり、斧を横薙ぎに振るった。


 精霊騎士は槍を引き、マリとともに斧の軌道をかわす。


 しかし、ミノタウロスとの距離が一気に縮まった。


 精霊騎士は槍を扱いにくい近接戦に切り替え、腰の剣を抜く。


 ――近接戦なら剣か!


 剣が閃く。


 槍よりも短い間合いを生かし、斧を振り抜いたミノタウロスの懐で斬撃を浴びせる。


 マリもまた、鋭い爪で敵の脚を切り裂いた。


 槍と剣。


 そしてマリの爪。


 三つの攻撃が、ミノタウロスの再生を許さない。


 レイの矢が、ミノタウロスの動きを牽制する。


 アスカも側面へ回り込み、斧の動きを封じるように攻め立てた。


 俺も魔法を放つ。


 狙うのは、精霊騎士とマリが攻撃を続けられる隙を作ること。


 ミノタウロスが斧を振り回す。


 だが、もう遅い。


 マリと精霊騎士の連携が、奴の身体を切り刻んでいく。


 再生が追いつかず、その巨体が少しずつ崩れていった。


 ――待てよ。


 俺は二人の戦いを見ながら、ふと思った。


 精霊騎士は槍と剣を使い分けている。


 なら、マリ自身にも武器を持たせたらどうだ?


 人間なら手で握る部分を、マリには口で咥えさせる。


 握り部分の両側に刃が付いた武器なら、マリの動きを邪魔せずに攻撃できるんじゃないか?


 ――よし。これは後で考えてみよう。


 今は目の前の戦闘に集中だ。


「マリ! そのまま押し切れ!」


 俺の声に応えるように、マリが吠えた。


 精霊騎士は再び長い槍を構える。


 ミノタウロスが斧を振り上げた、その瞬間。


 マリが一気に間合いを詰めた。


 精霊騎士の槍が、ミノタウロスの身体を深く貫く。


 そのまま槍を引き抜き、間髪入れずに次の突きを放つ。


 傷が塞がるよりも早く、槍が次々と突き刺さる。


 ミノタウロスの動きが鈍った。


 最後に精霊騎士の剣が閃く。


 ミノタウロスの身体が大きく傾いた。


 手から斧が滑り落ちる。


 ――ドォン!


 地面を揺らしながら、巨体が倒れた。


 しばらくの間、俺たちは動かなかった。


 ミノタウロスは起き上がらない。


 再生も始まらない。


 倒した。


 俺たちで、ミノタウロスを倒したんだ。


「……やったのか?」


 思わず口に出た。


 マリの背から精霊騎士が降りる。


 俺は、その姿を改めて眺めた。


 ――いや、やっぱり格好いいな。


 ――槍を持つ騎士が、狼の背に乗って戦う。


 普通なら、どこの英雄譚だよって話だ。


 まさか自分の仲間が、そんな存在を呼び出すことになるとは。


 俺も一度くらい、あんな格好いい登場をしてみたいものだ。


 ……いや、今はそんなことを考えている場合じゃないか。


 マリの額の緑の石が、静かに光を放った。


 マリが俺を見る。


「ガウッ!」


 ――ああ、分かってる。


 お前の力だな。


「すごいぞ、マリ!」


 俺が駆け寄ると、マリは誇らしげに喉を鳴らした。


 そして強力な前衛の誕生でもあった。


 レイも弓を下ろし、アスカも息をつく。


「ふむ。なかなか見事な連携であったぞ」


 少し離れた場所で、ミサトが満足そうに頷いていた。


 ――結局、最後まで見物していただけかよ。


 いや、今回はそれでいい。


 俺たち自身の力で、勝てたのだから。

10月10日  一挙5話公開 18:00に5話同時公開

10月11日~ 毎日3話公開 毎日18:00から30分毎に1話づつ

10月16日~ 毎日2話公開 毎日18:00から30分毎に1話づつ

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