第24話 最強パーティが押される渓谷
俺たちはレイドに参加し、嘆きの渓谷へ向かって移動していた。
マリの背中に、俺、レイ、アスカ、ミサトの順に乗っている。
ミサトはドレスなので横向きに乗り、アスカの肩に手を置いていた。
「あいつらずるくね?」
「美女三人侍らせて使役獣に乗って移動かよ。Cランク風情がっ」
外野がうるさい。
――俺はモブりたいんだよ。
「なぁ。お前らをもうちょい不細工に変身させる魔法、作ってもいいか?」
俺は結構真剣に聞いてみる。
こいつらが美人すぎて、周囲の俺への当たりが常に強いのだ。
「この首、五回転くらいさせて捻じ切っていい?」
「レイよ、こやつはどうせ死なんし、やってよいぞ」
「ご主人、南無……」
すぐ後ろに乗るレイが俺の首を両手で撫でる。
いや、首取れたら俺死ぬよね?
あ。――最初は首(頭蓋骨)だけだったか。
先頭はラクロスのジェラックたちが行く。
俺たちは遊撃なので、戦闘が始まれば自由に動く。
ただ、戦闘の膠着などで進みが悪い場合、俺たちだけで渓谷最深部まで行く手筈だった。
「渓谷深部へ突入するタイミングは私が指示する。それまではこの位置にいて、戦闘が始まっても全体のサポート役に徹してくれればいい」
馬上のセドリクは、鞍の脇に挟んでいた作戦書を取り出し、風で飛ばされないよう片手で押さえながら俺に話した。
あの几帳面さは、戦場でも変わらないらしい。
もちろん虚無発動済みで、すっかり感情の微調整が可能になった。
「了解です」
「ま、妾らの温存策じゃの」
やはり、ギルドは俺たち月の墓標をAランクと同等か、それ以上だと判断してるらしい。
「指示が出たら暴れるですじゃ」
アスカは新調した防具一式と、研ぎ直したミスリルの短剣を腰に差す。
パーティでの役割はマリと共に前衛を任せている。
しかし、小さな体格と短剣使いというのが不安だ。
しっかりとした前衛職が欲しいところ。
怪力のレイなんかが剣と盾で前衛をやってほしいのだが。
しかし、絶対に首を縦に振らない。
ミサトは化け物なので、素手のままでも前衛ができそうだが、怒りそうで頼めない。
俺はと言えば、いまだに手ぶらなので前衛は無理。
ネクロマンサーの前衛なんか聞いたことないし。
本当のところを言えば、ミサトの本体がいる赤い石の力を借りれば、剣や盾なんかも魔法で出せるのだが。
俺の矜持がそれを許さないのだ。
しかも今回は、他に絶対やりたいことがある。
暗黒魔法での死の軍団の顕現。
魔法は既に完成した。
演出もミサトに頼んである。
まだ、スケルトンやゾンビ程度しか顕現できないが、一歩ずつ進めばいい。
***
渓谷に入って一時間ほどが経った。
ついに状況が動いた。
最前線では魔物と冒険者の戦闘が始まった。
「君たちは前線から抜けてきた魔物を中心に狩って欲しい」
セドリクは俺たちにそう指示した。
ぶっちゃけ簡単なお仕事だった。
前線から抜けてくる魔物など、俺たちはほぼ一撃で屠る。
ミサトなんかは、まだ出番じゃないとか我儘を言って、マリの背中で寝そべっている。
実質、前線から討ち漏らした魔物は俺とアスカとレイの三人で十分。
「さすがだね。君たちには余裕のようだ」
セドリクの言葉は褒めているようだが、この程度は当然、とでも言いたげだ。
「まあ、この程度なら」
戦闘で進みは少し遅くなったが、比較的順調に最深部へ向かう。
***
突然、全体が止まる。
瘴気が急に濃くなり、魔物の圧が急に高まったのだ。
「……なんだ?」
俺はマリの背中から立ち上がり、前方を見つめる。
先ほどまで聞こえていた魔物の咆哮が、嘘のように静かになっていた。
――いや。
静かになったんじゃない。
魔物たちが、怯えている。
前方にいるはずの魔物たちが、こちらへ向かってくることなく、何かを待つように左右へ散っていく。
「おかしいですじゃ……」
アスカも短剣に手をかける。
「何かいる」
レイが弓を構えた。
ミサトも、さすがにマリの背中から身体を起こす。
「ほう……これは少々、面白そうじゃの」
直後――。
渓谷の奥から、大地を揺らすような音が響いた。
――ドン。
――ドン。
――ドン。
一歩。
また一歩。
何かがこちらへ近づいてくる。
やがて、濃い瘴気の向こうに巨大な影が見えた。
「……なんだ、あれ?」
誰かが呟く。
姿がはっきりするにつれて、その異形が露わになっていく。
上半身は巨大な人間。
だが、その頭部は――牛。
身長は三メートルを優に超えている。
全身を分厚い筋肉が覆い、二本の角が頭から天を突いていた。
その手には、人間が両手で持ってもなお巨大すぎるほどの戦斧。
斧の刃には黒い瘴気がまとわりつき、振るう前から周囲の空気を震わせている。
「……ミノタウロス?」
誰かが呟いた。
ミサトは、相変わらず余裕そうな顔をしている。
俺はそんなミサトを横目で見る。
――本当なら。
あのミノタウロス程度、ミサトなら一瞬で屠れる。
いや。
屠るなんて表現ですら生ぬるい。
あいつにとっては、ただの雑魚だ。
それくらい、ミサトはこの世界の常識から外れた存在だった。
だからこそ、俺はミサトに言い聞かせている。
|俺の判断以外では、絶対に力の全てを出すな《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。
ミサトの力が知られれば、ただの強い冒険者では済まない。
国家に警戒される。
下手をすれば、大陸そのものの敵と見なされかねない。
――そもそも、七百年前にミサトが封印された原因も、そこにあるのだろう。
討伐することすらできなかった。
だからこそ、倒すのではなく――封印するしかなかった。
俺は、そう考えるべきだと思っている。
そんな存在が、俺たちのパーティにいると知られるわけにはいかない。
だからミサトは、目の前で仲間たちが苦戦していても手を出さない。
ただし、完全に何もしないわけではない。
俺が許可しているのは、せいぜいAランク冒険者の魔導士クラス――。
それくらいの魔法までだ。
それ以上の力は、絶対に出させない。
自分なら一瞬で終わらせられる戦いでも――。
ミサトは、許された範囲の魔法だけを使って戦う。
それが、俺たち月の墓標のルールだった。
その瞬間。
ミノタウロスが咆哮した。
「――グオオオオオオオオオッ!」
ビリビリと大気が震える。
周囲の魔物たちが一斉に動き出した。
「来るぞ!」
ジェラックが叫ぶ。
前線の冒険者たちが一斉に武器を構えた。
魔物の群れが押し寄せる。
その中心を、ミノタウロスが突っ込んでくる。
速い。
あの巨体からは想像できない速度だった。
「受け止めろ!」
盾役が前へ出る。
ミノタウロスが斧を振り上げた。
――ブォンッ!!
空気が唸る。
巨大な斧が振り下ろされた。
――ドガァァン!!
「ぐあああっ!」
盾ごと冒険者が吹き飛んだ。
地面が大きく陥没する。
「散れ!」
ジェラックが叫ぶ。
左右へ散った冒険者たちの間を、ミノタウロスがさらに突き抜ける。
「こいつ……!」
ジェラックが剣を構え、真正面から踏み込んだ。
「おおおおおっ!」
剣を振り上げる。
ミノタウロスも斧を横薙ぎに振った。
――ガキィィィン!!
巨大な斧と剣が激突する。
ジェラックの身体が大きく沈む。
「ぐっ……!」
腕が震えている。
ミノタウロスは止まらない。
さらに力を込める。
――ズズズッ。
ジェラックの足が地面を削りながら後退していく。
「ジェラック!」
仲間が援護に入る。
横から槍が突き出された。
ミノタウロスは首を振ってそれを避ける。
次の瞬間。
巨大な角が槍使いを弾き飛ばした。
「ぐあっ!」
そこへ斧が迫る。
「危ない!」
別の冒険者が盾を叩き込んだ。
――ガァン!!
斧の軌道が僅かに逸れる。
その隙にジェラックが後ろへ飛び退いた。
「こいつ、化け物か……!」
ジェラックの額から汗が流れる。
Aランクパーティーラクロス。
サンジオン最強と呼ばれるパーティーでさえ、まともに押し切れない。
それでも周囲の冒険者たちは次々と攻撃を仕掛ける。
剣。
槍。
魔法。
矢。
無数の攻撃がミノタウロスへ集中する。
――だが。
ミノタウロスは巨大な斧を振り回し、それらをまとめて吹き飛ばしていく。
――ズガァン!!
――ドゴォン!!
――バキィィン!!
「うわあああっ!」
「陣形を維持しろ!」
「無理だ! 押される!」
前線が崩れていく。
――そして俺は、目の前の光景を見つめていた。
ラクロスですら、押されている。
このままでは――ヤバいかもしれない。
10月10日 一挙5話公開 18:00に5話同時公開
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