第22話 右手に刻まれた、深淵の王の印
俺は皆をリビングに集め、これから行う魔法を説明する。
ずっと研究してきた魔法だった。
俺は自ら右手の甲へ赤い石を置き、テーブルの向かいにミサトを座らせる。
レイとアスカをテーブルの右横に座らせた。
マヤも掃除を途中で切り上げさせ、マリと共に左横に座らせる。
「我が右手に宿りし闇の系譜よ、今こそ禁忌の契約を交わさん――」
「――七百年の昏睡を破りし鮮血の結晶、我が肉体を依り代とし、魂の深淵にて交わり融け合え」
「――漆黒の王座を戴く者と、真祖たる女王の誓」
「――皮膚を穿ち、骨に刻め!」
『ブラッド・オーヴァード!(深淵なる王の刻印)』
瞬間、リビングの空気が一変した。
周囲に、じっとりと熱の籠もったような濃密な魔力が溢れ出す。
俺の右手の甲を中心に、赤黒い光の渦がパチパチと音を立てて激しく回転し始めた。
「……ッ!」
肉体を削られるような感覚。
だが、痛みではない。
衣服が擦れ合うような、滑らかな音が室内に響き渡る。
赤い石が、まるで液体のようにドロリと融け、俺の皮膚へと侵入していく。
ゴオオオッ! と、一際強い魔力の風がリビングを吹き抜けた。
赤い髪を揺らしながら、ミサトの幻影が一瞬だけ俺の背後に重なるように顕現し、不敵な笑みを浮かべる。
そして――光の渦が一気に右手の甲へと収束した。
静寂が戻る。
俺の右手の甲には、埋め込まれた赤い石を中心に、それを包み込むような漆黒の『王の紋章』がびっしりと刻まれていた。
「ふっ……。完璧だ。これぞ真祖の力を宿した、破滅の右手……」
我ながら、脳汁が吹き飛ぶほど完璧な演出だった。
片目を瞑り、右手を顔の前に掲げてポーズを決める。
さあ、眷属どもよ――。
この類稀なる美しさとカッコよさにひれ伏すがいい。
――静寂が流れる。
レイは磨いていたネックレスを机に置き、完全にゴミを見るような目で俺を凝視している。
「シン……本当に救えないバカ」
な、なんと。
「わざわざ手の甲に石を埋め込んで喜ぶとか、不審者を通り越してただの呪われた変態」
「へ、変態って言うな! これは魔力増幅のための術式構築で――」
「ご主人、ズルいですじゃ!」
アスカがソファーから身を乗り出して叫んだ。
「そんなカッコいい紋章、わしも欲しいですじゃ! わし、胸の谷間のあたりにミスリルの短剣を埋め込んで『聖なる刃の乙女』って名乗りたいですじゃ!」
「中身82歳のババアが乙女を名乗るな! あとミスリルを埋め込んだら死ぬだろ!」
アスカも通常運転でなにより。
「まぁ、シンのこういう奇天烈な趣味にはもう慣れたわい」
ミサトも少し呆れたようなことを言う。
ふと見ると、新入りのマヤがガタガタと震えながら、ノートに何かを書き殴っていた。
「マ、マヤさん? 何書いてるの?」
「ひゃいっ! あ、あの、家政婦の心得ノートに……『シン様は、時々右手を光らせて、一人でぶつぶつ喋る重度の病気(おそらく悪い呪い)』ってメモを……!」
「マヤ。それ、シンの通常運転――」
レイが冷たく補足を加える。
――キャンキャンキャン!!!
さらに、俺の右手を見たマリが、無理やり額に緑の石を埋め込まれたトラウマを思い出したのか、悲鳴を上げてキッチンの奥へと脱兎のごとく逃げ出していった。
「…………」
俺は静かに右手を下ろした。
目立ちたくない。
モブになりたい。
そのために、自分の身を守るための力を得たはずなのに。
どうして、この家には俺の味方が一人もいないのだろうか。
俺は新居の綺麗に磨かれた床を見つめながら、そっと虚無の意識へと沈んでいったのだった。
***
「ミサト、さっきの演出ありがとうな」
俺は自室でくつろぐミサトを訪れ、先ほどの魔法演出のお礼を言った。
魔法は作れたが、あの演出までは今の俺では無理。
特に俺の右手の甲に埋め込まれた赤い石を囲む紋章の刻印なんかはミサト級の魔力操作が必要になるのだ。
だからミサトにこっそりお願いしていた。
もちろん、対価を要求されたのだが。
「――ふむ。この程度造作もない事よ」
「これ、約束の品」
俺はそっと、机の上に血の入ったコップを二杯置いた。
「おお。若い人の血じゃろうな?」
「もちろん。冒険者パーティ、ラクロスのリーダーの血だ。高かったんだぞ」
「うふふふ、よかろう。あのイケメンなら是非もなしよの」
「また頼む」
「うむ。任せよ」
部屋を出ると、
『うひゃぁぁ、うめぇ。うめぇよぉおお。イケメン祭りじゃぁあああ』
などと聞こえてきたが、俺は覚えたての虚無を発動して耐えたのだった。
***
夕方。
「シン様! お手紙が来ています」
マヤがリビングのソファでくつろぐ俺に手紙を持って来た。
「冒険者ギルドの封蝋のようです」
「ギルドから?」
一緒にいたレイが少し警戒したような声でこちらを見た。
「ま、まさか! みんな大好きロリ巨乳のわしが、とうとうギルドの公式マスコットに任命されたとかでは……」
「なんでそれが俺宛に来るんだよ!」
「はよ、開封せい」
ミサトも内容が気になる様子。
俺は封蝋をペーパーナイフで開封して手紙を読んだ。
「月の墓標、代表者のシン様。
この度、冒険者ギルド サンジオン支部では貴パーティを七日後に行われる大型レイドへの参加要請を致します。
貴パーティはCランクであり、本来は参加資格がないのですが、過去の実績から特別枠で参加を要請することに決めました。
よって三日後、冒険者ギルド サンジオン支部で行われるレイドミーティングに参加するようお願いいたします。
貴パーティの参加の可否、レイドの内容、レイドでの役割、報酬などについてもレイドミーティングで説明があります。
以上、検討をお願いいたします。
冒険者ギルド サンジオン支部 ギルドマスター ガルド・ヴァルガン」
「……という内容だ」
俺が手紙を読み上げると、リビングに本日二度目の静寂が流れた。
誰もが真剣な表情……いや、一人だけ違うな。
「やっぱりわしのロリ巨乳マスコット任命式ではなかったのですじゃ。残念ですじゃ……」
「アスカ、少し黙って」
レイがアスカを嗜め、俺に鋭い視線を向けた。
「大型レイド……。普通はBランク以上のパーティが招集される大規模な作戦。Cランクの私たちが呼ばれるのはおかしい」
「ああ、目立ちたくないのに、完全に目を付けられてるな……」
俺はソファーに深く沈み込み、ため息をついた。
不眠不休で狩りまくって、わずか一か月でCランクに上り詰めたツケが、こんなに早く回ってくるとは。
「ふむ、要請を断ればよいではないか。面倒な戦いなど、妾も行きたくはないぞ」
ミサトが嫌そうな声でそう話す。
「いや、ミサト。冒険者ギルドからの『特別要請』は、よほどの正当な理由がない限り断れないんだよ。」
「もし拒否したら、最悪の場合、冒険者資格の剥奪や町からの追放処分になる可能性がある」
「ちっ、人間どものルールは不便じゃのう」
「あの……」
マヤが恐る恐る手を挙げた。
「ギルドマスターのガルド様は、とっても強くて怖い人だって、町の市場で噂を聞きました。逆らうと、サンジオンの町にはいられなくなるって……」
「そんなに怖い人が会議を仕切るのか……。発言のたびに罰金とか取られたりして」
「シンは会議で発言しなければいい」
「そうだな。最初から最後まで沈黙して、存在感を消す」
「話の内容を聞く気もないの?」
「…………」
俺はそっと手紙に目を落とした。
よく見ると、参加の可否もミーティングで説明すると書いてある。
――会議に出ないと、参加するかどうかも決められないのか。
「シン、どうする? 三日後のミーティング、行く?」
「……行くしかないだろ。可否の相談もそこでできるみたいだし、まずは内容を聞かないことには始まらない」
俺は右手の甲に刻まれた『王の紋章』をそっと撫でた。
せっかくミサトに高い血を貢いでまで手に入れた『破滅の右手』だ。
もし戦うことになっても、自分の身を守るくらいはできるはずだ。
「よし、アスカ、レイ、ミサト、三日後はギルドへ行くぞ」
「了解ですじゃ! わし、新しいドワーフの防具でビシッと決めて行きますじゃ!」
「ん。……バカシンがいつもの世迷言で、ギルマスを怒らせないか心配」
「そんなことするか! 俺はモブだぞ、極力気配を消して空気になりきるに決まってるだろ!」
そう宣言した俺だったが、すでにCランク最速到達の『月の墓標』がギルドへ乗り込めば、それだけで大騒ぎになることは目に見えていた。
俺は迫りくる大型レイドの気配に頭を抱えながら、再び深い虚無の意識へと沈んでいくのだった。
10月10日 一挙5話公開 18:00に5話同時公開
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