第16話 女王の名は、ミサト
戦いを終え、俺たちは洞窟へ戻った。
今回の収穫は、アスカの装備とミスリルの短剣、レイの水色の石のネックレス、そして女王の魂が宿る赤い石だ。
赤い石は女王を封じた鍵であり、今は魂の依り代になっている。
マリは赤い石を気にしているが、レイは水色の石ほど惹かれないという。
緑、水色、赤。三つの石は、色以外の大きさや形がまったく同じだった。
偶然にしては、できすぎている。
***
俺は岩の上に赤い石を置いた。
その中には――。
あのバンパイアの女王の魂が宿っている。
俺は赤い石を見つめた。
「そういえば……」
俺はまだ、女王の名前すら知らない。
「お前、名前は?」
しばらくすると、頭の中に声が響いた。
『妾の名前か?』
「ああ」
『そうじゃな……』
少し間があった。
『妾の名は――ミネルヴァ・サロメ・トラヴィアータ』
「…………」
俺は黙った。
長い。
かなり長い。
「……長いな」
『なっ!?』
頭の中に、驚いた声が響く。
『無礼な! 妾の名を長いなどと!』
「いや、長いものは長いだろ」
俺は苦笑する。
「ミネルヴァ・サロメ・トラヴィアータ……」
もう一度、名前を思い返す。
「ミ・サ・ト」
『……ミサト?』
「ああ。ファーストネーム、ミドルネーム、ファミリーネームの頭文字を取った」
『ミサト……』
女王は、その名前を頭の中で何度か繰り返した。
『……悪くない』
「じゃあ、これからミサトでいいな」
『うむ。無敵だった妾が封印され、そのあげくに敗北した――』
『もはや妾がその名を語ることすら、おこがましい』
こうして、バンパイアの女王はミサトになった。
「それでミサト」
『何じゃ?』
「お前、話をするたびに『血が欲しい』って言ってるけど、何で血が必要なんだ?」
『それはだな……』
「だってお前、ただの石コロだろう」
『なっ! 妾を石コロと言うか!』
なんか、石から怒気を感じる。
「い、いや……美しい宝石……です」
『わかればよろしい』
それでいいのかよ――。
『妾は七百年近く封印されておった』
「ああ」
『その間に、妾の血肉も魔力もほとんど枯渇してしまった』
「で、魔力を回復したい……か」
『うむ』
『血を得れば、妾の魔力を回復させることができる』
「魔力が回復したらどうするんだ? 俺たちを攻撃するのか?」
例えミサトが魔力を回復し、逆らったとしても俺には切り札がある。
俺の闇魔法、魂縛だ。
この魔法ならすぐに無力化が可能だ。
『いや、そうじゃない』
『そなたには助けてもらった』
『ならば、妾もそなたらに協力したい』
「……そうか」
俺は少し考えた。
ミサトの力は、俺たちよりもはるかに強い。
味方になってくれるなら、これほど頼もしい存在もない。
もちろん、完全に信用したわけではない。
何かあれば、魂縛を使用すればいい。
「分かった。血を探そう」
『うむ』
「でも、人間の血なんて簡単に手に入らないぞ」
『動物の血でもよい』
「それなら――そこのネズミでも……」
すぐ目の前にいるし。
『……いや』
「ん?」
『やはり嫌じゃ』
「どっちだよ!」
『妾は動物の血など飲みとうない』
「牛でも?」
『嫌じゃ』
「豚でも?」
『嫌じゃ』
「鶏でも?」
『絶対に嫌じゃ』
「わがままだな!」
『妾はバンパイアの女王じゃぞ?』
「女王なら動物の血は飲まないのか?」
『当然じゃ』
「そんな常識、初めて聞いたぞ……」
『動物の血で満足する奴らは下級な我が眷属どもだけだ』
「眷属? お前、部下がいるのか?」
『当たり前じゃ。妾はバンパイアの始祖たる女王ぞ』
あら。こいつ、やっぱりヤバいヤツだ。
「始祖? バンパイアの軍団とかいるわけ?」
『もちろんじゃ。だが、こんな姿で城には戻れん』
俺は頭を抱えた。
考えるほど、ミサトのヤバさがじわじわと心を蝕む。
俺たち、かなり危ない橋を渡ったんだな……。
俺は話を戻した。
「じゃあ、人間の血しか駄目なのか?」
『うむ』
「……どうやって手に入れるんだよ」
少し考える。
「町に行くしかないか」
『町?』
「ああ。近くに町があるはずだ」
『人間が住んでおるのか?』
「たぶんな」
『店もあるのか?』
「ああ」
『服も売っておる?』
「あると思うぞ」
『宝石は?』
「たぶんある」
ミサトの声が、少しだけ弾んだ。
『……そうか』
「お前、町に行きたいんだろ?」
『妾は血を手に入れたいだけじゃ』
「本当に?」
『……』
「ミサト?」
『七百年近く封印されておったのじゃぞ?』
「お前、何歳なんだよ!」
『レディに歳を聞くとは、そなたも無粋じゃな』
――七百歳超えとか、スーパー・ウルトラ・グレート・オールドレディだな。
「まぁ、いい。ミサトも連れてくよ」
『当然じゃ』
その声には、隠しきれない期待が混じっていた。
『外の世界を見たいと思うのは当然であろう』
「まあ、それはそうだな」
『妾は自由になったのじゃ』
『せっかく自由になったのだから、七百年ぶりに外の世界を楽しみたい』
「……」
『それくらい、許してもよかろう?』
「ああ」
俺は笑った。
「好きにすればいい」
『うむ!』
ミサトの声が、明らかに嬉しそうになる。
「ただし、まずは血だ」
『分かっておる!』
「近くの町へ行って、診療所を探そう」
『診療所?』
「怪我人がいる場所だ。治療で余った血を分けてもらえないか聞いてみる」
『なるほど』
「人を襲うのはなしだぞ」
『妾を何だと思っておる』
「バンパイアの女王」
『分かっておるではないか』
「だから心配なんだよ」
『……失礼な男じゃ』
「はいはい」
***
「ご、ご主人?」
「シン――」
アスカとレイが後ろから声をかけてきた。
「ん?どした?」
「あの⋯⋯。独り言が先ほどから凄いのですじゃ」
「脳みそ、とうとう腐った?」
あ――。ミサトの声は俺にしか聞こえないのか。
『わははは。脳みそ⋯腐った?か。確かに腐っておるかもな』
「うるせぇ!」
「⋯⋯⋯⋯」
あ。アスカとレイの視線が冷たい。
「まさか――。ご主人はバンパイアとの戦闘で頭ガチ割られたとかですしゃ?」
「で。シンは知能が低下――幻覚と話すように」
「おい!」
『ギャハハハ!愉快愉快。そなたらとおると退屈せんじゃろうな』
こうして俺たちは、近隣の町へ向かうことになった。
目的は――ミサトの魔力を回復させるための血を手に入れること。
そしてミサトはまだ伝えていない。
血を求める本当の目的を――。
そのことを、ミサトは黙っていた。
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