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第15話 女王との死闘

「……まさか」


 アスカが刀身を見つめる。


 何かに気づいたように、目を細めた。


「どうした?」


 レイが尋ねる。


「この短剣……」


 アスカがゆっくりと口を開く。


「もしかして……ミスリルではないかの?」


 レイが短剣を見つめる。


「……ミスリル?」


「ですじゃ」


 アスカは刀身を注意深く見る。


「魔力を通しやすく、とても硬い金属だと聞いておりますじゃ」


 レイが少し考える。


「私も冒険者時代に聞いたことがある」


 レイの視線が、女王の爪へ向く。


「でも……実物を見るのは初めて」


 女王の表情が変わった。


『その刃……ミスリルか』


「知っておるのか?」


『当然だ』


 女王が短剣を睨む。


『その金属なら……妾の身体にも届く』


「なるほど……」


 アスカが短剣を見つめる。


「これなら倒せますのじゃ!」


「待て、アスカ」


「はいですじゃ?」


「ミスリルって、もしかして俺たちにも効くんじゃないか?」


「……確かに、その可能性はありますのじゃ」


「分からない。でも、普通の武器とは違う。気をつけた方がいい」


「なるほどですじゃ」


 アスカは短剣を握り直した。


「うっかりご主人やマリを斬らないようにしますのじゃ」


「絶対に気をつけてくれ」


「もちろんですじゃ」


 その時――


 女王が再び動いた。


『無駄な話を!』


「――っ!」


 女王の姿が一瞬でアスカの前から消える。


 次の瞬間には、俺の目の前だった。


「速い!」


 爪が迫る。


「ソウル・バインド!」


 黒い鎖が女王の魂へ絡みついた。


 女王の動きが止まる。


『ぐっ……!』


「今だ!」


 マリが飛び込む。


「ガアアアッ!」


 巨大な身体が女王へ激突する。


 女王は吹き飛ばされ、床を転がった。


 俺はさらに魔力を込める。


「動くな!」


『この程度の鎖で……!』


 女王が身体を捻る。


 黒い鎖が軋む。


「くっ……!」


 ――ギギギギギッ!


 鎖が限界まで引き伸ばされる。


『砕けろ!』


 ――バキンッ!


 ソウル・バインドの鎖が砕け散った。


「しまった!」


 女王が一瞬でアスカへ向かう。


『死ね!』


「アスカ!」


 ――ガアアアッ!


 マリが横から飛び込んだ。


 女王を弾き飛ばす。


 アスカはすぐに体勢を立て直した。


「今ですじゃ!」


「ソウル・バインド!」


 再度、女王の魂を縛り動きを鈍らせる。


 レイが弓を引く。


「ん」


 矢が放たれた。


 ――ヒュン!


 矢が女王の頬をかすめる。


 ほんの僅かな傷。


 だが、女王の視線が一瞬だけ逸れた。


 その隙にマリが女王へ飛びかかった。


「ガアアアッ!」


 女王の身体を押さえ込む。


「アスカ!」


「はいですじゃ!」


 アスカが走る。


 ミスリルの短剣を両手で握った。


「これで――!」


 ――ズンッ!


 白銀の刃が、女王の胸へ深々と突き刺さった。


『――ああああああっ!』


 女王が絶叫する。


 身体から黒い煙が噴き出した。


 これまでとは明らかに違う。


 傷が再生しない。


「効いてる……!」


 アスカが叫ぶ。


 だが――


『……まだだ』


 女王の手が動いた。


 ミスリルの短剣を掴む。


『妾は……まだ終わらぬ!』


「嘘だろ……」


 女王が短剣を胸から引き抜こうとする。


 マリがさらに身体を押しつける。


「ガアアアアッ!」


 女王の身体から凄まじい魔力が噴き出した。


 ――ドォンッ!


「うわっ!」


 マリが吹き飛ばされる。


 アスカも床を転がった。


 レイが壁際まで飛ばされる。


 ソウル・バインドの鎖も弾け飛んだ。


「みんな!」


 俺も吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。


 身体が軋む。


 だが、それ以上に異様だったのは――


 女王だった。


 胸にミスリルの傷を負っている。


 その傷口から、黒い煙とともに魔力が漏れ続けていた。


 封印から目覚めたばかりの身体は、ミスリルの傷と先ほどの爆発に耐えきれず、限界に達しているようだった。


 それでも女王は立っていた。


 漏れ出す魔力が、周囲を震わせる。


『妾は……バンパイアの女王』


 赤い瞳が俺たちを睨む。


『この程度で終わる存在ではない』


 女王が踏み出す。


 一歩。


 また一歩。


 身体は崩れかけている。


 それでも、その一歩一歩が重かった。


「……強すぎる」


 俺は立ち上がった。


 普通の攻撃では駄目だ。


 ミスリルなら傷つけられる。


 だが、一撃では倒せない。


 なら――


「もう一度、魂縛《こんばく》を使う」


 俺は魔力を集中する。


「今度は一瞬でいい」


 レイが立ち上がる。


「分かった」


 アスカも短剣を握り直す。


「わしが決めますじゃ」


 マリが唸る。


「グルルル……」


 女王がこちらへ向かってくる。


『まとめて消し去ってやる』


「行くぞ!」


 俺は手を伸ばした。


「ソウル・バインド!」


 黒い鎖が女王の魂へ絡みつく。


『――っ!』


 一瞬だけ、女王の動きが止まった。


「今だ!」


 レイが弓を引く。


「ん!」


 矢が女王の腕を射抜く。


 女王の動きが僅かに鈍る。


 マリが飛び込んだ。


「ガアアアアッ!」


 女王の身体へ噛みつき、床へ押し倒す。


「アスカ!」


「はいですじゃ!」


 アスカが跳ぶ。


 両手でミスリルの短剣を握る。


 女王の胸には、すでに一度刺した傷がある。


 そこへ――


「これで終わりですじゃ!」


 ――ズンッ!


 短剣が、再び胸へ突き刺さった。


『――――ッ!』


     ***


 女王の身体が痙攣《けいれん》するかのように大きく震える。


 黒い煙が一気に噴き出した。


 俺は魂縛に魔力を注ぎ込む。


「動くな!」


『こんな……鎖……!』


 女王が必死に身体を動かす。


 鎖が激しく軋む。


 ――ギギギギギッ!


「まだだ!」


 俺はさらに魔力を込める。


「あと少し……!」


 女王の身体に亀裂が走った。


 指先が崩れ、灰となって宙に舞う。


 腕が崩れ落ちる。


 顔の皮膚がパラパラと剝がれていく。


『なに……?』


 女王が自分の身体を見る。


『妾の身体が……』


 胸元から崩壊が広がっていく。


『嫌……』


 声が震えた。


『待って……』


 女王は自分の身体を押さえる。


『嫌だ……!』


 さっきまで俺たちを圧倒していた存在とは思えない。


 女王の顔に、初めて明確な恐怖が浮かんだ。


『身体が……消えていく……』


 それでも崩壊は止まらない。


 灰色の皮膚が崩れ、身体そのものが少しずつ消えていく。


『妾は……まだ……!』


 女王は必死に手を伸ばした。


挿絵(By みてみん)


『死ぬのは……嫌……』


「……」


『嫌だ……消えたくない……!』


 身体がさらに崩れ落ち、灰の上に頭部だけが残った。


 さらに頭部も崩れていく。


『妾が……妾でなくなる……!』


 女王の声が震える。


『誰か……!』


 そして――


『助けて……!』


 俺はその姿を見つめた。


 やつは敵だった。


 俺たちを殺そうとした。


 それでも――


 仲間は誰も失っていない。


 そして、この女王を封印から解放したのは俺たちだ。


 なら――


「……このまま消すのは、違うよな」


 俺は赤い石を見る。


「助ける」


 女王の目が俺を捉えた。


『……え?』


 残った頭部もほとんど崩れた。


 やがて身体から赤黒い光が抜け出した。


 女王の魂だった。


 俺は赤い石を握りしめる。


 その瞬間、赤い石が強く輝いた。


「……この石が、お前の魂に反応してる」


 恐らくだが、女王の魂をこの石に定着させ、魂の依り代にできる可能性は高い。


 俺は赤い石を掲げた。


 そして女王の魂へ呼びかける。


「このままなら、お前は滅びる」


 赤黒い光が揺れる。


『……』


「この石の中なら、お前は存在できるかもしれない」


『……かもしれない?』


「ああ」


『確実ではないのか?』


「こんな方法は初めてだからな」


 女王の魂が赤い石から少し離れた。


『ならば……嫌だ』


「……」


『妾は、また誰かに閉じ込められるのは嫌だ』


 赤い石が強く輝く。


 だが、女王の魂は石へ入ろうとはしなかった。


「このままなら、お前は消える」


『分かっている……』


 女王の魂がさらに薄くなっていく。


『妾は……』


『死ぬことよりも……』


 声が震える。


『消えることの方が怖い……』


「だったら、選べ」


『……』


「俺は無理やり入れるつもりはない」


 女王が俺を見る。


『本当に……?』


「ああ」


『石に入ることを……妾自身が決めてもいいのか?』


「お前が決めればいい」


 女王は黙った。


 そして、赤い石を見つめる。


 しばらくして――


『……消えたくない』


 小さな声だった。


『妾は……まだ存在していたい』


 魂が、ゆっくりと赤い石へ近づいていく。


『この石に入る』


「分かった」


 俺は魔力を集中する。


「――魂縛《こんばく》!」


 赤い光が魂を包み込む。


 今度の魂縛は、魂を拘束するためではない。


 赤い石へ向かう魂を、導くためだ。


『うう…………!』


 魂が少しずつ赤い石へ吸い込まれていく。


『妾は……まだ……!』


 最後の光が石へ消えた。


 ――カッ!


 赤い石が真紅に輝く。


 そして、静かになった。


 俺は石を握りしめる。


「……終わった」


 その瞬間。


『……狭いな』


「!」


 頭の中に声が響いた。


『聞こえているか?』


「……お前か?」


『そうだ。妾はここにいる』


 赤い石の中から、女王の声が聞こえる。


『どうやら妾は……本当に生き残ったようだな』


「そうみたいだな」


『貴様には借りができた』


「別に助けたつもりはない」


 俺は赤い石を見る。


「お前自身が選んだんだ」


『それでもだ』


 赤い石の奥で、赤い光が静かに揺れている。


 こうして――


 俺たちの初めての戦いは、終わった。


 ……初陣。


 もっと気楽なものだと思っていた。


 みんなで戦って、勝って。


 最後には笑っていられる。


 そんなものだと思っていた。


 でも――


「……ハード過ぎるだろ」


 それだけ言って、俺は黙った。


 いつものような軽口を叩く気力は、もう残っていなかった。

10月10日  一挙5話公開 18:00に5話同時公開

10月11日~ 毎日3話公開 毎日18:00から30分毎に1話づつ

10月16日~ 毎日2話公開 毎日18:00から30分毎に1話づつ

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