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第10話 アスカ、念願の人型に

 翌日。


 俺は洞窟の壁に描いた魔法陣を、もう一度確認していた。


「……よし」


「本当にやるのですじゃな?」


 後ろからアスカの声がする。


「うん」


「失敗するかもしれんのですじゃぞ?」


「分かってる」


「怖くはないのですじゃ?」


「ちょっとだけ」


 俺は正直に答えた。


「でも、ここまで準備したんだ。やってみたい」


「……そうですじゃな」


 アスカは静かに笑った。


「わしも、やってみたいですじゃ」


 レイとマリも、少し離れたところから見ている。


「シン、本当に大丈夫?」


「たぶん」


「また『たぶん』」


「仕方ないだろ。実際にやってみないと分からないんだから」


 俺は魔法陣を見る。


 中央には、人間の身体を作るための術式。


 その周囲には、細胞年齢を調整するための術式。


 さらに外側には、魂を繋ぎ、魔力を流すための術式。


 昨日までとは違う。


 何度も書き直して、ようやく一つの形になった。


「アスカ」


「はいですじゃ」


「最後に確認する」


「何をですじゃ?」


「どんな姿になりたい?」


 アスカは少し考えた。


「そうですのう……」


 そして、指を一本立てる。


「まず、髪は金髪ですじゃ」


「うん、今のままだな」


「はいですじゃ」


「次に?」


「十代後半ですじゃ」


「結構具体的だな」


「身長は百五十センチくらいですじゃ」


「小さいな」


「そして、顔はかわいい感じで」


「…………」


「あと、身体は小さい割に――」


 アスカが少し間を置く。


「ボン、キュッ、ボンで」


「ぶっ。――やっぱり」


「大事なところですじゃ」


「いや、大事なのは分かるけど……」


 俺はアスカを見る。


「アスカ、今いくつだっけ?」


「八十二ですじゃ」


「八十二歳だろ?」


「そうですじゃ」


「八十二歳にしては高望み過ぎないか?」


「何を言うですじゃ! 若返るのですじゃから、年齢は関係ないですじゃ!」


「いや、そういう問題なのか?」


「理想の姿を選ぶのに、年齢制限などないですじゃ」


「……まあ、それはそうか」


「分かってくれたですじゃな」


「いや、納得したわけじゃないけど……」


 俺はため息をついた。


「本人が望む姿なら、いいんじゃないか」


「本当ですじゃ?」


「ああ。そこまで言うなら、その条件で作る」


「ありがとうございますですじゃ!」


 アスカが嬉しそうに笑った。


「じゃあ、肌はどうする?」


「人間だった頃の肌の色がいいですじゃ」


「普通の肌色?」


「そうですじゃ」


 俺は少し考える。


「でも、アンデッドだから青白くなる可能性はある」


「それでも構わんですじゃ」


「分かった」



     ***




 俺は魔法陣の前に立った。


「よし」


 魔力を流す。


 魔法陣が淡く光り始めた。


「まず――ボディ・リビルド」


 魔法陣の中央に、淡い光が集まっていく。


 何もなかった場所に、少しずつ肉体が形を作っていく。


 腕。


 脚。


 胴体。


 そして頭。


「……すごい」


 レイが呟いた。


 俺は集中する。


 ただ肉体を作るだけじゃない。


 アスカが望んだ年齢。


 身体の大きさ。


 髪。


 顔。


 それらを一つずつ術式へ反映させる。


「次……リジュベネーション」


 魔力の流れが変わった。


 作られていく肉体が、少しずつ若い姿へ整っていく。


「これで……十代後半」


 レイはさっと生まれたままの姿のアスカに、ボロ布をかける。


 俺は集中しすぎてて、それどころじゃ無いんだが――。


 そして最後。


 俺はアスカを見る。


「アスカ」


「はいですじゃ」


「いくぞ」


「お願いしますですじゃ」


 俺は魔法陣の中心へ手を伸ばした。


「ソウル・トランスファー」


 瞬間。


 獣姿のアスカの身体が抜け殻のように崩れ落ちた。


 アスカだった身体から、淡い光が浮かび上がった。


「……!」


 それが、ゆっくりと魔法陣の中心へ移動していく。


 魂。


 俺には、それがアスカの魂だと分かった。


 光は新しく作られた肉体へ近づいていく。


「入れ……!」


 俺は魔力をさらに流す。


 光が肉体の中へ入った。


 その瞬間――。


 魔法陣が強く輝いた。


「うわっ!」


 洞窟全体が光に包まれる。


「シン!」


「大丈夫!」


 俺は魔力を制御し続ける。


 魂と肉体を繋ぐ。


 魔力を流す。


 身体を制御できるようにする。


 昨日、壁に書いた式。


 《魂+魔力→肉体を制御》


 それを頭の中で何度も繰り返す。


「繋がれ……!」


 魔法陣の光が、少しずつ弱くなっていく。


 やがて――。


 完全に消えた。



     ***



「…………」


 静かになった洞窟。


 俺は魔法陣の中央を見る。


 そこに、一人の少女が立っていた。


 長い金色の髪。


 小柄な身体。


 そして、青白い肌。


「……成功した?」


 少女がゆっくりと自分の手を見る。


 指を動かす。


 腕を動かす。


 そして、自分の顔に触れる。


「……動くですじゃ」


 その声は、アスカだった。


「アスカ?」


「はいですじゃ、ご主人」


 アスカが纏っていたボロ布ははらりと落ちた。


「本当に成功――」


 ――ゴッ!


 突然、横から拳が飛んできた。


 俺は横に吹っ飛ぶ。


「なんで――」


 俺の意識は、そのまま途切れた。



     ***



「……ん」


「起きたですじゃな、ご主人」


 目を開ける。


 目の前にいたのは、さっきの少女だった。


 青白い肌。


 長い金髪。


 小柄な身体。


挿絵(By みてみん)


 そして、その身体にはレイのシャツが着せられている。


「……服?」


「レイが貸してくれたですじゃ」


 俺はレイを見る。


「俺、何で殴られたんだ?」


「アスカが何も着てなかったから」


「…………あ」


「気づくの遅すぎ」


 レイはこういうとこ、めちゃ厳しい。


 姉ちゃん思い出すわ――。


「いや、拳が飛んできてから考える暇なかったんだよ!」


「—―ん。」


 レイは素っ気なく答えた。


「でも、ちゃんと服は着せたから」


「ありがとう」


「別に」


 俺は改めてアスカを見る。


「それ、レイのシャツ?」


「そうですじゃ」


「サイズ大丈夫?」


「少し大きいですじゃ」


「そりゃそうだろ」


 アスカは袖を少し引っ張った。


「でも、助かったですじゃ」


「レイ、ありがとう」


「別に」


 俺は改めてアスカを見る。


「……本当に人間の姿になったんだな」


「そうですじゃ」


 アスカは自分の手を眺める。


「この手も」


 指を一本ずつ動かす。


「この足も」


 ゆっくり立ち上がる。


「ちゃんと動くですじゃ」


 一歩。


 二歩。


 アスカは慎重に歩いていく。


「……不思議な感じですじゃ」


「どう?」


「軽いですじゃ」


「前の身体より?」


「全然違うですじゃ」


 アスカは自分の腕を動かした。


「身体の感覚が、まるで違うですじゃ」


「そうか」


「でも――」


 アスカが壁に手をついた。


「身体に何かぶつかれば、ダメージを受けたことは分かるですじゃ」


「うん」


「じゃが、人間のように本当に痛みを感じているわけではないですじゃ」


「なるほど」


「『痛い』と言っておるのは、昔の癖とノリですじゃな」


「俺と同じだな」


「ご主人もですじゃ?」


「そうだよ」


 俺は自分の腕を軽く叩いた。


「ダメージを受けたことは分かる。でも、それを俺たちは普通に『痛い』って言ってるだけ」


「なるほどですじゃ」


 アスカが笑う。


「では、これからも遠慮なく『痛い』と言えるですじゃな」


「そういうこと」


「ふふふ」


 アスカが楽しそうに笑った。


 俺も笑う。


 そして、改めてその姿を見る。


 青白い肌。


 長い金髪。


 小柄な身体。


 レイから借りたシャツ。


 まだ服もちゃんと揃っていない。


 それでも――。


「アスカ」


「はいですじゃ」


「—―おかえり」


「…………」


 アスカが目を見開いた。


 そして、少しだけ笑った。


「ただいまですじゃ、ご主人」


 洞窟の中に、静かな笑い声が響いた。


 こうして――。


 アスカは、獣の身体から人間の姿へ戻った。


10月10日  一挙5話公開 18:00に5話同時公開

10月11日~ 毎日3話公開 毎日18:00から30分毎に1話づつ

10月16日~ 毎日2話公開 毎日18:00から30分毎に1話づつ

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