6話 来訪者
マガモさんに連れられ、縁側に座った。波は静かで、空は天の川のように星が並んでいる。
蒼「綺麗ですね!」
マガモさんはトンビコートを脱ぎ、横に座る。
マガモ「まあねぇ、ここは本当に綺麗な場所だ」
外は少し寒く、マガモさんから貰った温かいお茶が体に染みる。
マガモさんが持ってきたエイヒレは塩味が効いていて美味しい。
マガモ「美味いだろ?」
蒼「はい!塩加減がちょうど良くてめちゃくちゃ美味しいです!」
少しの間、沈黙が続く。周囲の音が消えたように感じた。
マガモさんは息を呑み、私の方に顔を向けた。
マガモ「…なぁ、お前さんらは本当にタワーに行くつもりかい?」
マガモさんは真剣な眼差しで私の目を見つめる。その目は、穏やかな雰囲気もあるが、そこにはたしかに、強い意志が宿っているように感じた。
蒼「はい、そのつもりですが…」
マガモさんは何かを察したようにタワーの方向を見つめた。
マガモ「あんた、多分記憶ないだろ?正確に言えば、部分的にか」
なぜか、記憶がなくなっていることをマガモさんは知っていた。
蒼「な、なんで知ってるんですか!?」
マガモ「ハハ、あたしはもう何年もここにいるからねぇ、わかるんだよ」
マガモさんはどこかせつなそうに微笑んだ。
マガモ「あたしもなんだよねぇ、記憶がないの」
・ ・ ・え?
え?ちょちょちょ待って待って待って記憶がないのって私だけじゃないの?記憶喪失ものって一人だけとかじゃないの?どないなってんねんこの世界!と私は突然のカミングアウトに内心パニック状態になっていた。
わ、私は落ち着くためにお茶を飲む。
マガモ「なんちゅう顔してるだい」
私は気を取り直して、記憶について詳しく聞いてみた。
蒼「…マガモさんも記憶がないんですか?」
マガモ「そうだねぇ、そもそもの話この世界に入ってくる人たちって大体が記憶がないんじゃないかと思うけどねぇ」
蒼「ということはソラも…?」
マガモ「あぁ、そうだねぇ」
マガモさんの話を整理するとこの世界に入ると記憶がなくなってしまうらしい。
マガモ「と言っても、あたしたちは最初からずっと記憶がないんだ」
蒼「どういうこと…ですか?」
私の場合は部分的に記憶がない、が、マガモやソラは、はじめっからずっと記憶がなかったような。まるで最初からこの世界で生まれたかのようにマガモさんは話していた。
マガモ「これはあくまでもあたしの持論なんだけどねぇ、まあ、いうなればあたしらは「住人」で、そんで、たまに入ってくるあんたらは「迷子」なんじゃないかと思うだよねぇ」
蒼「迷子?」
マガモ「ようするに、あんたらは外から来た人間で、あたしらはこの世界で生まれた人間なんじゃないかという話だよ」
私はその話を聞き、絶対に違うと確信した。なぜなら私はソラのことを知っているのだ。
……ん?
私はマガモさんの言い方に疑問を感じた。
蒼「その言い方ってことは、私以外にも何人かきている人がいるってことですか?」
マガモさんは口を閉じ、少し迷ったかのような仕草をしたあと口を開いた。
マガモ「そうだねぇ…もう何人も何人も来たねぇ」
マガモさんは寂しそうに言葉を並べた。
蒼「その人たちはどうなったんですか?」
マガモ「あたしゃ、いつまでも面倒をみるつもりはないからねぇ、ある程度生活できるようになったら外に出しているんだよねぇ」
なるほど、だからソラも外にいて、港に船が置いてあるのかと納得できた。
蒼「じゃあみんなソラみたいに各々暮らしているんですね!」
マガモさんは目を逸らし、重い口を開ける。
マガモ「…死んだ、みんな死んじまったんだよ」
私は慄然とした。今までに何人もの人が死んでいったということに。
蒼「じゃ、じゃあなんで死ぬのがわかっていて外に出したんですか!」
私は強い口調でマガモさんを責めてしまった。
マガモさんは何も否定しなかった
マガモ「…止められなかったんだ、あたしがどんなに手を尽くしても絶対にあの子たちは外へ、タワーへと行ってしまう」
マガモ「ある子は好奇心で旅をするために外へ、ある子は元の世界へ帰るために外へ、あたしは何度も何度も止めた」
マガモ「だけどあの子たちの意志は変えられなかった!」
マガモさんは今までにないほど言葉を口から吐き出した。
マガモ「止められなかった、あたしが殺したようなもんだ。だから、死なないように生活する術を教えたんだ。」
マガモさんが、こんなことを言うのも当然だ。我が子のように育てた子が死んでしまう、それを止めることができずに見殺しにするなんて、そんなの酷すぎる。マガモさんは涙を流していた。
蒼「何も知らないのに責めてしまいすみません」
マガモ「こちらこそすまない、取り乱してしまった」
モチモチモチ
間を置き、2人ともエイヒレを少しずつ口に入れる。
ズゥゥゥー
お茶を呑み、体を落ち着かせる。
蒼「じゃあ、ソラもですか?」
私はマガモさんにそう尋ねた。
マガモさんは問いに対して、答えるのを躊躇った。
マガモ「…ソラ、あの子もそうだねぇ」
蒼「そうですか…」
私にとってソラは助けてくれた恩人だ。
だけど心の奥でもっともっとソラとの関係は深い、何かがあると感じていた。
蒼「じゃあ、ソラもいつかは…」
マガモさんは私が言葉を言い切る前に、パッとこっちに手を向けた。
マガモ「それは少し違うねぇ」
蒼「違うって何がですか?」
マガモさんは苦笑いをした。
マガモ「一体何なのか、あたしにもよくわからないよ?」
「けど」
蒼「けど?」
マガモ「あの子は昔からずっとタワーに行こうとしていたんだ」
マガモ「まるで何かに引き寄せられているような招かれているような、そんな感じがしたんだ」
蒼「タワー…」
私は海の向こうにあるタワーを見る。奥のタワーは今も光っていた。
これから向かおうとしている場所はどれほど険しい道かは私はまだ知らない。
あそこに行けば記憶が戻るかもしれないし帰れるかもしれない。
けれどもその確証はない
私たちも同じように死ぬかもしれない、そんな恐怖が背筋をよぎる。
マガモさんは視線を逸らし、少し間を置いた。
マガモ「……あんたには話しておかないといけないねぇ」




