「最後の昼休み」
# 第九話
## 「最後の昼休み」
なぎの異動が決まってから、
三階は少し慌ただしくなっていた。
デスクの上に積まれたファイル。
引継ぎ資料。
電話の数も増えているらしく、
最近のなぎは少しだけ疲れて見えた。
それでも。
昼休みになると、
いつものように二階へ降りてくる。
「あ、かなとさん」
その声を聞くだけで、
少し安心してしまう自分がいた。
「お昼行きます?」
「……はい」
並んでエレベーターへ向かう。
一階へ降りる。
レストランへ入る。
窓際の、
いつもの席。
もう、
何回ここへ座ったのかわからない。
「かなとさん、今日静かですね」
なぎが笑いながら言う。
「そうですか?」
「なんか考え事してる顔してます」
図星だった。
でも、
そんなこと言えるわけがない。
この時間が終わってほしくないなんて。
「気のせいですよ」
誤魔化すように水を飲む。
なぎは、
そんな僕を見て少し笑った。
定食が運ばれてくる。
いつもの唐揚げ定食。
なぎも同じものを頼んでいた。
「結局、かなとさんのせいで唐揚げ好きになりました」
「人のせいにしないでください」
「いや、本当です」
そんな、
どうでもいい会話をする。
でも。
かなとは、
その“どうでもいい時間”が、
たまらなく好きだった。
「本社行っても、ちゃんと昼食べてくださいね」
気づけば、
また同じことを言っていた。
なぎが笑う。
「かなとさん、それ前も言ってました」
「大事なんで」
「心配しすぎですよ」
優しい声だった。
その優しさに、
何度救われただろう。
何度、
苦しくなっただろう。
食事を終える。
いつもより、
少しだけゆっくりだった。
店を出る。
エレベーターへ向かう。
その短い距離すら、
終わってほしくなかった。
エレベーターの前。
沈黙が落ちる。
でも、
嫌な沈黙じゃなかった。
なぎが、
ふっと笑う。
「かなとさんといる昼休み、好きでした」
その言葉に、
胸が大きく揺れる。
かなとは小さく笑った。
「……僕もです」
それ以上の言葉は、
結局出てこなかった。
好きです、とも。
行かないで、とも。
言えなかった。
エレベーターが開く。
二人で乗り込む。
いつものように、
二階で僕が降りる。
扉が閉まる直前。
「かなとさん」
なぎが、
いつもの柔らかい声で呼ぶ。
「はい?」
「また来週、昼行きましょう」
いつもの声だった。
「……はい」
かなとは小さく笑う。
扉が閉まる。
上へ向かうエレベーターを見送りながら、
かなとはふと思った。
来週も。
本当に、
同じように笑えるんだろうか、と。




