「あと何回」
# 第八話
## 「あと何回」
なぎの異動が決まってから、
昼休みの時間が少し変わった。
今までは、
当たり前みたいに隣にいたのに。
今は、
その一回一回を、
無意識に数えてしまう。
あと何回、
一緒に昼を食べられるんだろう。
あと何回、
「お疲れさまです」って笑われるんだろう。
そんなことばかり考えていた。
「かなとさん、最近ぼーっとしてません?」
レストランで向かい合いながら、
なぎが笑う。
「そうですか?」
「なんか、考え事多そうです」
たぶん、
全部顔に出ている。
でも、
本当のことなんて言えるわけがなかった。
あなたがいなくなるのが嫌です、なんて。
そんなこと、
言える関係じゃない。
「年度末近いからですかね」
適当に誤魔化すと、
なぎは「あー」と納得したように頷いた。
「二階、本当に忙しそうですもんね」
忙しい。
確かにそうだった。
でも今は、
仕事より、
昼休みが終わっていく方が怖かった。
最近は、
なぎの方から話しかけてくることが増えた気がする。
「昨日、帰ったらそのまま寝ちゃって」
「かなとさん、甘いもの好きなんですか?」
「本社行ったら絶対忙しいですよねぇ」
どうでもいい会話。
でも、
前より少しだけ、
距離が近い気がしてしまう。
それが、
余計に苦しかった。
期待してはいけない。
そう思えば思うほど、
小さな優しさに意味を探してしまう。
ある日の昼休み。
レストランが珍しく混んでいて、
二人は少し待つことになった。
入口の近くで並びながら、
なぎがスマホを見ている。
「そういえば」
不意に、
なぎが顔を上げた。
「かなとさんって、最初怖い人かと思ってました」
「え?」
思わず変な声が出る。
なぎは笑った。
「仕事できそうオーラあったので」
「なんですかそれ」
「でも全然でした」
「それ褒めてます?」
「褒めてます」
そう言って、
なぎが楽しそうに笑う。
その横顔を見ながら、
胸が少し痛くなる。
こんな時間も、
あと少しで終わる。
そう思うだけで、
苦しかった。
席へ案内され、
いつもの窓際へ座る。
もう、
何回ここへ来ただろう。
「かなとさん」
なぎが箸を持ったまま、
少しだけ真面目な顔をした。
「はい?」
「……いなくなる前に、ちゃんとお礼言わないとなって思ってて」
胸がざわつく。
なぎは少し照れたように笑った。
「かなとさんいたから、結構助かってました」
その言葉が、
思っていたより深く刺さる。
嬉しい。
でも。
欲しいのは、
そんな言葉じゃない。
「……こちらこそです」
それしか言えなかった。
昼休みが終わる。
店を出て、
エレベーターへ向かう。
いつもの距離。
いつもの歩幅。
なのに、
全部が少しずつ終わりへ向かっている。
エレベーターを待ちながら、
なぎがぽつりと言った。
「なんか、不思議ですね」
「何がですか?」
「こんなに毎日一緒にいたのに、来月から急に会わなくなるの」
心臓が、
大きく揺れる。
でも。
「まあ、仕事ってそんなもんですよね」
なぎは、
少し寂しそうに笑った。
その言葉が、
妙に現実的で。
たまらなく苦しかった。




