「昼休みの終わり」
# 最終話
## 「昼休みの終わり」
月曜日。
昼前の事務所は、
いつも通り慌ただしかった。
電話が鳴る。
コピー機が動く。
誰かが資料の確認をしている。
そんな音を聞きながら、
かなとは何度も時計を見ていた。
十二時十分。
そろそろ、
なぎが降りてくる時間だった。
先週の金曜日。
「また、お昼に行きましょう」
そう言って、
なぎは笑っていた。
だから。
今日も当たり前みたいに、
一緒に昼を食べるんだと思っていた。
その時だった。
「かなとさん」
同僚に声をかけられる。
「三階のなぎさん、さっき挨拶回りしてましたよ」
心臓が、
嫌な音を立てた。
かなとは、
ゆっくり顔を上げる。
「……今日でしたっけ」
「え? 異動ですよ。午後には本社行くって」
頭が真っ白になる。
わかっていたはずなのに。
まだ少し先のことみたいに、
勝手に思っていた。
慌てて立ち上がる。
自分でも驚くくらい、
勢いよく椅子を引いていた。
「かなとくん?」
後ろで誰かが何か言っていたけれど、
聞こえなかった。
エレベーターのボタンを何度も押す。
遅い。
こんな時だけ、
やけに遅い。
結局、
かなとは階段を駆け上がった。
三階。
息を切らしながら廊下へ出る。
見慣れた事務所。
でも。
なぎの席は、
もうほとんど片付いていた。
「あ……」
声にならない声が漏れる。
その時。
「かなとさん?」
振り返ると、
なぎが立っていた。
段ボールを抱えたまま、
少し驚いた顔をしている。
「どうしたんですか?」
かなとは、
何も言えなかった。
言いたいことは、
たくさんあったはずなのに。
喉が詰まって、
うまく声が出ない。
なぎが困ったように笑う。
「すみません。朝バタバタしてて、ちゃんと挨拶行けなくて」
その言葉で、
ようやく理解する。
終わるんだ。
本当に。
「……今日だったんですね」
やっとそれだけ言えた。
なぎは少し申し訳なさそうに笑った。
かなとは小さく笑う。
「なんか、まだ先みたいな気がしてました」
情けないくらい、
声が震えていた。
なぎは段ボールを床へ置く。
それから、
いつもの優しい顔で笑った。
「かなとさんには、本当に助けられました」
その言葉が、
胸に刺さる。
最後まで。
なぎは、
優しいままだった。
「……こちらこそです」
かなとは視線を落とした。
好きでした。
その一言だけが、
どうしても言えなかった。
言ってしまったら、
この関係が本当に終わってしまう気がした。
沈黙が落ちる。
遠くで、
誰かの笑い声が聞こえた。
いつも通りの職場。
なのに、
自分だけ取り残されたみたいだった。
「じゃあ、そろそろ行きます」
なぎが段ボールを持ち上げる。
かなとは、
小さく頷いた。
エレベーターの扉が開く。
なぎが乗り込む。
扉が閉まる直前。
「かなとさん」
最後に、
なぎが笑った。
「昼休み、一緒にいれて楽しかったです」
かなとは、
少しだけ笑う。
「……僕もです」
扉が閉まる。
エレベーターが、
ゆっくり下へ降りていく。
その音が消えるまで、
かなとは動けなかった。
昼休みのチャイムが鳴る。
一階のレストランは、
今日もきっと混んでいる。
窓際の席も、
誰かが座るんだろう。
でも。
もう、
あそこに二人で座ることはない。
彼とは、
昼休みにしか会えなかった。
それでも。
あの昼休みは、
確かに特別だった。




