「また、隣の席で」
# 第六話
## 「また、隣の席で」
なぎと距離を置くようになってから、
二週間ほどが経っていた。
昼休みは、
コンビニで適当に済ませる。
休憩室で一人。
スマホを見ながら、
味のしないパンを食べる。
それが、
思った以上にしんどかった。
前までは、
昼休みが楽しみだった。
仕事の愚痴を言って、
どうでもいい話で笑って。
たった一時間なのに、
ちゃんと息ができる時間だった。
それを、
自分から手放した。
手放したはずなのに。
エレベーターが開く音がすると、
無意識に顔を上げてしまう。
三階の人が降りてくるたび、
少しだけ期待してしまう。
もう、
完全に手遅れだった。
ある日の昼休み。
外は雨だった。
窓ガラスを叩く雨音を聞きながら、
僕はコンビニ袋を片手に、
休憩室へ向かっていた。
その時だった。
「あ、かなとさん」
聞き慣れた声に、
足が止まる。
振り返ると、
なぎが立っていた。
いつも通りの、
柔らかい笑顔。
「……お疲れさまです」
なんとか平静を装う。
でも、
心臓はうるさいくらい鳴っていた。
「最近、お昼行ってないですね」
なぎが自然な声で言う。
責めるでもなく、
探るでもなく。
ただ、
思い出したみたいに。
「……ちょっと忙しくて」
また嘘をつく。
なぎは「あー」と小さく頷いた。
「年度末近いですもんね」
優しい。
でも、
きっとそれだけだ。
「レストラン、最近混んでますよ」
なぎが苦笑いする。
「一人だと、結構待つんですよね」
その言葉に、
胸が少しだけ痛くなる。
前までは、
当たり前みたいに隣にいた。
でも今は、
そこに自分はいない。
「……そうなんですね」
それしか言えなかった。
少し気まずい沈黙が落ちる。
雨音だけが、
静かに響いていた。
「また時間合ったら行きましょう」
なぎが、
本当に自然にそう言った。
深い意味なんて、
きっとない。
職場の人として。
話しやすい相手として。
ただ、
それだけ。
なのに。
「……はい」
気づけば、
頷いていた。
断れなかった。
離れた方がいいって、
わかっていたのに。
その日の昼休み。
僕は久しぶりに、
一階のレストランへ向かった。
店へ入ると、
なぎがすぐこちらに気づく。
「あ、こっち空いてますよ」
窓際。
いつもの席。
その言葉だけで、
胸が少しだけ軽くなる。
席へ座る。
向かい合う。
定食を頼む。
前と同じ。
何も変わらない。
「かなとさん、最近顔疲れてません?」
なぎが水を飲みながら言った。
「そうですか?」
「なんか元気ない気がします」
そんなふうに言われるだけで、
また期待してしまう。
駄目なのに。
「……寝不足かもしれないです」
誤魔化すように笑うと、
なぎもつられて笑った。
それだけで、
嬉しかった。
昼休みが終わり、
二人で店を出る。
外はまだ雨だった。
エレベーターの前。
濡れた傘を軽く振りながら、
なぎが言う。
「やっぱり、かなとさんと話してると落ち着きます」
また、
その言葉だ。
嬉しいのに、
少しだけ苦しい。
「……ありがとうございます」
それしか言えなかった。
離れた方がいい。
そんなこと、
ずっと前からわかっていた。
でも。
昼休みになると、
僕はまた、
三階へ続くエレベーターを見てしまう。




