「いつもの席」
# 第五話
## 「いつもの席」
休日に誘ってから、
なぎとの距離感が少し変わった気がしていた。
いや。
変わったというより、
僕が勝手に意識してしまっているだけなのかもしれない。
昼休み。
スマホの時計が十二時を回る。
いつもなら、
そろそろなぎが二階へ降りてくる時間だった。
でも、
僕は席を立たなかった。
パソコンの画面を見つめたまま、
意味もなくメールを開いて閉じる。
「かなとくん、お昼行かないの?」
同僚に声をかけられ、
適当に笑った。
「ちょっと仕事残ってるので」
嘘だった。
本当は、
会うのが怖かった。
あの日から、
なぎはいつも通りだった。
普通に話しかけてくるし、
笑うし、
昼も誘ってくれる。
でも。
“休日に会う”ことだけは、
自然に流された。
断られたわけじゃない。
だから余計に苦しかった。
期待した自分だけが、
勝手に置いていかれている気がした。
結局その日は、
コンビニで買ったパンを休憩室で食べた。
一人の昼休みなんて、
久しぶりだった。
静かで、
気楽で。
……少し寂しい。
それから数日。
僕はなぎを避けるようになっていた。
昼の時間をずらす。
エレベーターを使わず階段を使う。
一階のレストランにも行かない。
自分でも、
面倒くさいことをしていると思う。
でも、
こうでもしないと、
気持ちがどんどん大きくなってしまいそうだった。
ある日の午後。
コピー機の前で資料を揃えていると、
後ろから声がした。
「かなとさん」
その声だけで、
心臓が跳ねる。
振り返ると、
なぎが立っていた。
「あ、お疲れさまです」
できるだけ普通に返す。
でも、
少し声が硬かったかもしれない。
なぎはそんな僕を見て、
少し不思議そうに首を傾げた。
「最近、お昼行ってないですよね」
胸が苦しくなる。
やっぱり気づかれていた。
「……ちょっと忙しくて」
咄嗟にそう答える。
なぎは「あー」と納得したように頷いた。
「年度末近いですもんね」
優しい。
本当に、
優しい人だ。
だから、
勘違いしてしまう。
「かなとさんと話すの、結構好きだったんですけど」
さらっと、
なぎがそう言った。
コピー機の機械音だけが、
妙に大きく聞こえる。
「……え?」
思わず聞き返してしまう。
「いや、一緒にいると落ち着くというか」
なぎは少し笑いながら続けた。
「職場で一番話しやすいんですよね」
その言葉が、
胸に刺さる。
嬉しい。
でも。
欲しかった言葉は、
きっとそれじゃない。
「……ありがとうございます」
なんとか笑う。
なぎは、
何も気づいていない顔で笑っていた。
その日の昼休み。
僕は用もないのに、
一階へ降りた。
レストランの前を通り過ぎようとして、
無意識に中を見てしまう。
窓際。
いつもの席。
なぎが一人で座っていた。
定食を前にしながら、
時々、
入口の方を見ている。
その姿を見た瞬間、
胸が締めつけられた。
――待ってたのかな。
そんな都合のいいこと、
あるわけないのに。
それでも、
少しだけ期待してしまう自分がいた。




