アリスの決意。
「ラグナさん、ありがとうございます。私、思い上がってました。新しい光魔法を覚えて、これでやっと聖女として役に立てるんだって。私、自分を特別だって思ってました。そんな風に見られたくないなんて言ってたのに……、でも自分でそう思ってしまっていたんです」
アリスの瞳が、みるみるうちに輝きを取り戻していく。
こんな風に人は成長していくのか。私は彼女の様子に目を奪われていた。
「聖女だからとかじゃない。私は、私に出来ることをやってみます。ラグナさんのように……」
アリスの勢いに、私はまったく追いつけていなかった。
彼女はここ数日の大きな悩みに、自分で考えて答えをだしたのだ。
それはとてもすごいこと。本当に本当にすごいことなのだが……。
アリスさん。その手に持っている物は何?
アリスは鞄の中から、小さなナイフを取り出した。
そしてそれを、三つ編みにした片方の髪に当て――。
「ちょっとアリスさん! なにをおおお!!」
彼女は力いっぱいナイフを持った手を引き上げた。
同時に結ばれていた髪が、ゆっくりと解けながら地面へと落ちる。
「なあああ!?」
なあああ!? ななな、何をしてるんだこの子!
アリスの綺麗な髪が! 髪がああああ!
私の頭の中はパニックだった。
反対に彼女の表情は、満足感で溢れている。
「ちょ、わああああ!」
アリスは引き続き、もう片方の髪に刃を向ける。
私はもう声にならない声を上げて、彼女の行動を止めに入った。
「なんで急にそんなことを!?」
「私はずっと、周りからの聖女への期待や、聖女の伝説に劣らないよう頑張ってきたつもりでした。それが当たり前で、私はそのために生まれてきたんだと。その期待に応えられなかった時、私は私に絶望したんです。でも……、ラグナさんと一緒にいて、新しい世界に触れて、新しい感情を得て、悩んで笑って、私はもうとっくに、伝説の……、理想の聖女じゃなくなってたんです。だから私は、伝説の聖女ではなく、私がなれる聖女になります!」
アリスの顔には、今までにない自信が漲っている。
自分が聖女であるということへのプレッシャー。それを克服した彼女の自信なのだろう。
でも髪を切ってしまうなんて……、こんなイベントあった?
これってもしかしなくても、私のせいだよね……。
「ラグナさんはずっと、聖女としての私ではなく、私を私として見てくれていました。だから私がどんな姿になっても、変わらず私を見ていて下さいね」
そうして彼女は、束ねられたもう片方の髪も切り落としてしまった。
絹糸のような柔らかい髪が、地面にふわりと広がっている。
魔物に支配されてた空間が、急に清潔感を帯び始めた。
彼女の気に当てられたのだろうか。今この空間は、間違いなくかなりのパワースポットだ。
それにしても……。
髪を切った彼女は、さっきまでとはまるで雰囲気が違っている。
聖女らしい。そんな風には言い表せず、彼女はまさしく聖女だった。
いや、彼女という存在自体が聖女なのだ。
短くなった金糸の髪がふわりと踊る。
それは髪型のせいだろうか。なんだか彼女は、前よりもさらに明るくなったように見えた。
「私、行きますね」
彼女は扉に向かって歩き出す。さっきまでそれを躊躇っていた彼女の姿は、もうどこにもいない。
私はなんだか、彼女に置いて行かれるような気分になってしまったのだった。
扉を開くと、その先は光に満ち溢れていた。
聖女の試練。でも彼女は、すでに試練を乗り越えてしまっている。
「ラグナさん、大好きです!」
アリスは一言そう言うと、光の中に消えていった。
* * * * *
神殿を出た私たちの目に映ったのは、またしても戦いによって立ち昇る煙だった。
そう。また戦いは始まっている。でも私たちなら……。
今回は複数の場所から煙が見えた。
あの方向は――。
「ラグナさん。街の方が!」
「はい!」
私たちはまず、街に向かって走り出した。
全力の風魔法ならまだ間に合うはずだ。
光魔法<ブリリアントヴェール>
光の膜が街を覆う。
それはゆっくりと広がって、魔物の群れを押し出していった。
沸き上がった光の粒が、街を、人を優しく包み込む。
その光景は幻想的で、まるで光で作られた楽園のようだった。
「ラグナさん。ここは私に任せてください!」
光の中でアリスが言った。
彼女の悲しみ、苦悩、決意がここに詰まっている。
私は、彼女の気持ちに応えなければいけない。




