聖女の戸惑い。
部隊の仲間が総出で街の復興にあたったのだが、中々元のようには戻らなかった。それほどまでに街の被害は大きい。
街の修復が終わらない内に、魔物の襲撃の時期が迫ってきていた。
「すみませんラグナさん。また付いてきてもらってしまって」
「全然。気にしないで下さい」
魔物との戦いに先駆けて、聖女であるアリスは王宮に呼び出されていた。きっと聖女の試練のことだろう。
以前のように、私もそれに同行する。
「呼び出した上で申し訳ない。聖女の力を強化する術。それが眠る神殿は、今魔物に占拠されてしまっており……」
国の中でさえ荒らされているのに、その外にある神殿は守り切れなかったのだろう。
若い王の言葉が暗い。神殿を守れなかったこと、よっぽど悔やんでいるように見えた。
さらに今回は、神殿までの案内役を回す余裕もないそうで、私とアリスは二人で神殿に向かうことになった。
* * * * *
国を出てから二日ほど。私たちは神殿へとやってきた。
ここに来るまで、アリスは暗いままだった。
街での出来事がよっぽど堪えたのだろう。
声をかけても愛想笑いばかりで、彼女はいつまでの上の空だ。
「ここが神殿……」
足を踏み入れると、中は魔物で溢れていた。
水の国の神殿の様子とは全く違う。そこは神聖な場所のはずなのに、禍々しい空気で溢れていた。
私たちはゆっくりとその中を進んでいく。
魔物のレベルは上がっているが、私の力なら特に問題はない。
前回の攻略では謎解きができず、私はまったく役に立たなかったのだが……。
私はここぞとばかりに魔法を放った。
神殿の最奥。魔物はそこにまで侵食していた。
なにやらボスっぽい魔物もいたが、とりあえず風の魔法で蹴散らしておいた。
さて。いよいよ、聖女の試練だ。
前回と同じように、目の前の扉の先にそれがあるはず。
後はアリスがそこに行けば。
アリスが……。
あれ? 彼女はその場を動かなかった。
ずっと俯いたまま、地面の一点を見つめている。
「ラグナさん。私……、行けません」
そう口にしたアリスの瞳から、涙の粒が溜まっていく。
「え? ちょっちょっちょっと、どうしたんですか!?」
思いがけない事態だ。こんな時、どうしたらいいか分からない。
聖女の試練はすぐそこなのに、彼女はいったいどうしてしまったんだ。
「私が聖女なんて……。私……、いったいなんでしょうか? たった一人の願いすら叶えられなくて、救うこともできなくて……。そんな私が、伝説の聖女だとか」
「それって、あのお婆さんのこと?」
こくりと頷いた彼女の瞳から、溢れた涙がこぼれ落ちる。
「私には何もできない。世界を救うことなんて出来ない。死んだ人も救えないなんて、こんなの……。私は聖女なんかじゃ……」
彼女の中にため込まれていたものが、一気に吐き出されたかのようだった。
それと同時に、せきを切ったようにアリスの涙も流れ続ける。
「えっと……。そんなことないです! うーんと、なんて言えばいいのか。アリスさんは間違いなく聖女で……、それで」
うまく言葉が繋がらない。なんて語彙力がないんだ。
私は絶対に物語の主人公になれないタイプだな。
とは言えここはなんとかしなければ。
私たちはこんな所で立ち止まる訳にはいかない。物語が止まってしまえば、それこそあの老婆のような人たちが増えてしまう。
そして何より、アリスの笑顔がまた見たいのだ。
あの笑顔は、聖女とかそんなことは関係ない。私の傍には、いつだってあの笑顔があったのだから。
「アリスさん。自分はその……、うまく言葉にできないけど。死ぬって、どうしようもないことだと思います。だってそれがあるから、みんな生きようとするんだし。人も……、魔物も」
「魔物も?」
「うん……。魔物もきっと、生きようとしてるのかな。それで人と魔物は戦って。人だけ生き返りたいとか変ですよ。そりゃあそう出来たらすごいですけど。私は、みんなに生きてほしいから戦ってるんです」
私の話を、アリスは真剣な顔で聞いている。そんなすごい話をしているわけじゃないのに。
そして私は、自分の言いたいことを言えているだろうか? なんだか不安になってきた。
「それにアリスさんは、怪我をしたみんなを救ったじゃないですか。あの人たちの怪我けっこう酷かったし、アリスさんいなかったら危なかったですよ。それこそ聖女の力です。だいたい、みんな聖女の力を大げさに言い過ぎというか……。だって神様じゃないんだし。だからアリスさんがすごいってこと、私は分かってますよ! まあ、自分が知ってるだけだと微妙かもですが――」
「ありがとうございます」
「え?」
アリスの瞳が輝きに満ちている。口元も薄っすらと綻んで……。
それは久しぶりに見る、彼女の優しい笑顔だった。




