月の綺麗な夜に。
街は朝から大賑わいだった。
魔物の軍勢を撃退した私たちを、街は祭りという形で祝ってくれた。
今日もいい天気だなあ。絶好のお祭り日和だ。街の方から、遠くに賑やかな音が聞こえてくる。
一緒に周りましょう。そう言っていたアリスを、私は宿屋の前で待っていた。
背後に聞こえる足音に振り返る。
そこにいた人物を見た途端、私の心臓は飛び跳ねた。
ヴァン様……。
「聖女を、待っているのか?」
「あ……、はい」
きっと今も聖女と一緒にいる私が気に入らないのだろう。
また何か言われてしまうのだろうか。これ以上はそろそろ泣いてしまう。
「お前……、なんで言わなかった」
「え?」
「あの戦場で、一番功績を上げたのは貴様だった。それなのに、なぜお前は何も言わない。この国に来る前の時だってそうだ。なぜお前は、そんなものまったく興味がないかのように……」
「いやあのその。それは……。だってみんなも街も無事だったからいいかなーと」
ヴァンの本気の問いに、つい適当に答えてしまった。
だって、本気で目立ちたくないからなんて言える雰囲気じゃないんだもん。
「思えば、お前は最初からそうだったな」
そう言ったヴァンの口元が、わずかに緩んだのを私は見逃さなかった。
はい、きました。ついに間近でヴァン様の微笑いただきました。何これ。もしかしてデレた?
「邪魔をしたな」
「あっ!」
その後、ヴァンはすぐに立ち去ってしまった。
おあああ。もう少しだったのに。もう少しで彼の心を解きほぐせるところだったのにいいいい。
「ラグナさん、お待たせしました。あれ、今いた人って……」
入れ替わりでアリスがやってきた。
「またあの人なにか?」
「いや、大丈夫。そういうんじゃなかった」
「そうですか」
アリスはほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ行きましょう。私、楽しみで眠れなかったんです」
アリスはそう言うと、私の手を引っ張って走りだした。
ただでさえ賑わっている街が、今日は特に騒々しい。
街は多くの人で溢れかえっていた。
「すっごいですね。みんなも街の人たちも楽しそう」
海岸の通り沿いにずらりと出店が並んでいる。
その出店の前には、部隊の仲間たちの姿も見えた。
しばらくの間この国には滞在していたが、みんなすっかり馴染んだようだ。
国の依頼とかも請け負っていたし、住人との絡みも多かったからだろう。
さて、この国の出店はどんなものがあるのだろうか。
匂いにつられて、出店の前を行ったり来たりだ。
「ラグナさん。これ美味しそうですよ」
楽しそうにアリスが私を呼ぶ。
どれどれ? 今回はどんなグルメを発見したのかな?
こ、これは!?
シーフード焼きそば!
鉄板の上に敷かれた麺と絡み合い、いくつもの海鮮が踊り狂っている。
まさに海の国ならではのトッピング。これは……、食べるしかない。
「あ、聖女様だ」
街の子供たちが、アリスに向かって手を振っている。彼女もそれに笑顔で返す。
その仕草は、どこかの国の姫のようだ。前世では王族が手を振っている似たような光景をテレビで見たわ。
それにしても、彼女も有名になったなあ。そりゃそうだ。聖女だし。
もし私がアリスに転生していたら、同じようになっていただろうか?
いや。きっと変な聖女ということで有名になっていたに違いない。
聖女はアリスのままでホントよかった。
私たちはその後も、祭りの催しを二人で楽しんだ。
「ラグナさん。今日は本当に楽しかったですね。学園祭を思い出します」
「ですね。あれも楽しかったなあ。次も楽しみだあ」
気づけばもう夜だった。陽が沈んで、空には星が瞬いている。
私たちは、人のいない浜辺を並んで歩いていた。
以前にゴミ掃除の依頼を受けた所だ。
辺りはもうすっかり綺麗になっていて、月の光で砂浜が薄っすらと輝いている。
頭上には大きな月。丸く見えるが少しだけ欠けて見えた。
「月が……、きれい」
不意に口から言葉が漏れた。
あれ? 今、私なんて言った?
月が綺麗って、確か愛の告白とかだったような……。
ってそれは前世の話か。セーフ。というかそれが告白になるとか、私にはさっぱり意味わからん。
そんなことを考えていると、アリスの足音が静かに止まった。
振り返ると彼女は、静かにじっとこちらを見つめている。
月の光のせいか、彼女の全身がやけに青白い。
ぼんやりとした輪郭が、私の視線を泳がせる。
……。
…………。
沈黙が続いた。
彼女はいったいどうしたのだろう。私の口からも、なぜか言葉が出てこない。
「ラグナさん。あの……」
桜の花びらのような唇が、小さく震えながら動いた。




