崩れゆく街を守れ。
大好きな街を壊した魔物たち。
私は、これまでこんなに怒りを覚えたことはない。
思えば私は、人生をずっとのほほんと過ごしてきた。
この世界に来てからも、なんとなくゲームの世界という感覚が抜けなかった。
でもここは、今の私にとって現実なのだ。
街が壊れる……。ゲームでは一つのイベントに過ぎなかったのだが、こんな光景を見せられるまでその重さが分からなかった。
風魔法<エアリアルレイン>
風の魔法が、今も街を破壊している魔物を撃ち抜く。
「すごい……」
驚くようにアリスは言うが、まだ私の体は本調子ではない。
これでは街中に広がった魔物を殲滅しきれない。
「ごめんアリス。私、行くよ」
風魔法<ファストエアリー>
私は風を体に纏わせて、街の中を素早く移動した。
風魔法<エアブースト>
風魔法<ウインドブーケ>
街の中で戦っている人々に、サポート魔法をかけて回る。
体調の悪い私一人で戦うより、みんなを強化して戦ったほうが効率が良さそうだったからだ。
「ベジタボ!」
「ラグナ!」
途中、友人や学園の生徒たちの姿も見えた。
身近な人たちが傷ついている姿を見ると、余計に怒りが沸いてくる。
「これは……、筋肉が踊ってやがる」
サポート魔法をかけてやると、彼らは嬉々として戦いに戻っていった。
これで敵を追い返せれば……。
それから暫くして、王国は魔物たちとの戦いに勝利した。
長かった。
ゲームでは三十分ほどの戦闘だったはずなのに、実際は何時間戦っていたのだろう。
それでも勝利した王国の騎士や学園の生徒たちは、街の中で大きく歓声を上げた。
疲れた。色んな人にサポート魔法をかけて、合間に魔物を倒して大忙しだった。
こんな大規模な戦闘は経験したことがなかったが、戦争とはこんな感じなのだろうか。
早くアリスの所に戻らなければ。
お店の修理だってある。それにウェンディたちは無事だろうか。
私の意識は、そこで途絶えた。
目が覚めると、私はベッドの上に横たわっていた。
ここは、男子寮の自分の部屋だ。どうやらここは無事だったらしい。
誰かが運んでくれたのか。そのままの姿勢で、顔だけ動かして様子を伺う。
そばには、椅子に座って寝息をたてる、アリスの姿があった。
彼女の体も、中々にボロボロだ。白く綺麗だった彼女の肌が、すすや誇りで黒く汚れている。
しかし、どうやら大きな怪我は無いようで、私はほっと息を吐いた。
「あ、ラグナさん。起きました?」
アリスがぼんやりとした顔で目を覚ました。
眠たそうに垂れた瞳が可愛らしい。
「ずっとついててくれたんですか?」
「はい。でも寝ちゃってました」
彼女は少し照れた様子で笑う。
「あ、でもベジタボさんたちが運んでくれたんですよ。ラグナさん、戦場で倒れていたらしくて」
「そうなんですね。後でお礼言わないと」
「はい。それで、体は大丈夫ですか?」
「えっと……」
少し腕を動かしてみる。
特に問題はない。
体を起こしてみたが、それは意外なほど軽く感じた。
「なんか、大丈夫みたいです」
「よかったあああ」
アリスはそう言って、ほっと肩をなで下ろした。
レイドイベントの時と違って、体調はもうすっかりよくなっていた。
たくさん寝たからだろうか。これが戦いに間に合っていれば。
でも……。
「あ、何か食べます? お腹空いてますよね」
慌ててアリスが席を立ちあがる。
「いえ。アリスさんだって疲れてるでしょう。私はもう元気になったので大丈夫ですよ」
そんなアリスを制して、私は彼女を再び椅子に座らせた。
さて。今はアリスのほうが早くベッドに横になってほしいのだが、さすがにここでは寝かせられない。
「さっき、アリスって呼びましたよね」
「え?」
唐突に彼女は、ぽつりとそう呟いた。
「さっき、ラグナさん私を呼び捨てに――」
「あああ! すみません。そうでしたか? 咄嗟のことで、覚えてないんですけど」
全然まったく憶えていない。
というか戦闘の記憶も曖昧だ。
「全然! 悪いとかではないんです。そうじゃなくて……」
アリスはそこで黙ってしまった。
部屋の中に沈黙が流れる。うーん。気まずい。
「ごめんなさい。気にしないで下さい」
アリスはそう言って立ち上がった。
黒く汚れた頬の奥が、薄っすらと赤い。
「アリスさんも早く休まないと。寮まで送ります」
「いえ。一人で帰れます」
元気になった私は、そう言ったアリスに無理やり付いて外に出た。
外はまだ煙の匂いが残っていた。
もう夜だというのに、多くの人が忙しそうに動き回っている。
私たちはその中を無言で歩く。
昨日まで普通だったこの街が、一瞬で変わってしまった。その光景を、私はまだ信じることができなかった。
「アリスさん。ほんとにありがとうございました。今日はゆっくり休んで下さい」
「いえ。ラグナさんこそ、ぶり返す可能性もあるので油断しないで下さいね」
そうして私は、アリスを女子寮に送り届けた。
さて……。
男子寮に戻る前に、私には一つやることが残されていた。




