ついに登場。悪役令嬢。
「はあ……」
最近ため息が止まらない。倦怠感も続いている。
私の体は、いったいどうなってしまったのだろう。
柄にもなく、外階段の踊り場から手すりにもたれかかってみる。
整えられた綺麗な中庭。景色はこんなに美しいのに、どうして私の心は曇っているんだろう。
「ちょっとあなた」
「はいい?」
そんな私の後ろから、少し怒気を含んだ女性の声が聞こえた。
振り返るとそこには、紅色の梅のような鮮やかな髪の女性が立っていた。
か、彼女は……。
意外だ。この子がなんでここに?
「やっと話をすることができましたわね」
感情と言葉が、まったくかみ合っていない。
彼女の視線は冷たく、とても私と話したかったように思えない。
「あなたの行動は、最近目に余りますわ。これ以上、ヴァン王子の邪魔をしないでもらえます?」
私は開いた口が塞がらなかった。
このセリフ、聞いたことがある。
そう。ゲームで周回するたびに言われ続けた言葉だ。
でも、なんで私に?
これって、主人公のアリスに言うはずでは……。
彼女の名前はアメリア。
ゲームではアリスのライバルキャラである悪役令嬢なのだ。
ある程度ストーリーが進んで攻略対象が決まってくると、そのキャラの婚約者というポジションで現れる。
ヴァン王子と言っているので、この世界では彼の婚約者なのだろう。
でも、やっぱり分からない。
なんで私? 今の私、男だよ。
「あのお。それ言う相手、間違ってません?」
「私が、誰と間違えるんですの!? あなたに言ってるんです。ラグナ・クローク」
彼女の目は敵意に満ちている。
どうやら相手は私で間違いないらしい。
全然ゲームのストーリーと違って、もう訳がわからない。
これ、私が彼女の嫌がらせの対象になっちゃう感じ?
ただでさえクラスで浮いているのが悲しいのに、今以上に悲しい仕打ちをうけたら私もう耐えきれない。
「ヴァン王子にとってあなたは邪魔なのです。最近あの人はあなたのことばかり気にしすぎて、冷静さを失っています。どこか隅の方でひっそりとしていていただけます?」
そんな無茶な……。
今でもわりとひっそり過ごしているはずなのに。彼女はこれ以上を望むのか。
それよりも、ヴァン様が私のことを気にしているだって? それは聞き捨てならないぞ。
私に対する彼の態度は今も変わらないのだが、そんなに私を気にしてくれていたのか。
はああ。テンション上がってきたあ!
「ちょっと! 聞いてますの? 変な顔しないで下さる!?」
「あ、すみません」
どうやら顔に出ていたらしい。
「それで、よろしいんです? あなたは――」
「あ。ヴァン王子とアシェルさん」
中庭に二人の姿が見えた。
私が身を乗り出して二人の様子を伺うと、なぜかアメリアも勢いよく隣に並んできた。
急にどうしたんだろう。
彼女も二人のことが気になるのだろうか。
まあ、婚約者だしな。羨ましいな。いつか私が夢見たポジションだ。
こんななら、転生先は悪役令嬢でもよかったかもしれない。
それにしても――。
「はあ。やっぱりあの二人が一緒にいると映えるなあ」
「いま何と?」
やば。声に出てた。
私は咄嗟に口を閉じた。
「ヴァン王子とアシェル様が何と?」
どうやら遅かったらしい。しっかり聞き取られていた。
これは、どう誤魔化したものか。なんとか無難に答えねば。
「いやあ。二人ともかっこいいんですけど、やっぱり二人一緒になると更にいいなあって。ちょっと勝気なヴァン王子と、それを落ち着かせるようなアシェルさんのバランスが良いというか。幼少からの付き合いがあって、もう兄弟みたいな間柄ですし。それでいて親友のような関係で、もう最高ですよね。この学園、色んな人がいますけど、やっぱりあの二人のインパクトには敵わないと思います。それに……」
しまった。喋りすぎてしまった。
なんてことだ。勝手に動く口を止められなかった。
なぜだ。いつもはろくに動かないのに、好きなことにだけは滑らかすぎる。
しばしの無言……。
さっきまで威勢の良かった彼女も、完全に引いているように見える。
本当にどうしよう。
「あなた……」
彼女がゆっくりと口を開く。
終わった。ひとしきり罵られた後、学園中にこの話を広められた様子が目に浮かぶ。
グッバイ。私の学園生活。
「分かってますわね」
「え?」
続いた言葉は、まったく私の予想していないものだった。




