39 言葉と行動
「今日はカレーにするよー」
そんな七海の一声で、今日もスーパーに行く事になった。
意外と言っては失礼なんだろうが、七海は想像以上に家庭的だ。
確かに、昔からお菓子作りとかしていた記憶はあるけれど。
クッキーなんかよく作ってくれて、食べてた気がする。
「基本的に、料理は好きだよ? 実家でも、よく手伝っていたし。まぁ、一人暮らしだと、あまり凝ったのは作らないけどね?」
うん。君は立派な奥さんになれると思うよ。
誰の……かは、分からないけれど。
「ごちそうさまでした」
七海のカレーは美味しかった。
市販のルーを複数混ぜてたみたいだけど。
「実家だと、スパイス混ぜたりするんだけどね? お母さんが結構凝ってて……」
「そうなんだ……」
確かに、おばさんの料理は美味しかったなぁ。
まだ何も、悩みなんて無かった頃の話だけど……。
なんて思いながらヨーグルトを口に運ぶ。
習慣なんですよ。カレーの後のヨーグルト。
こう、譲れないものって、あるでしょ?
いや別に特定のヨーグルトじゃないとダメ、とまでは言いませんけどもね。
「うん。確かに、これはありかも」
でしょ?
さすが七海さん。わかってらっしゃる。
そんなこんなで、夜の八時を回る。
「さすがに、今日は帰らないとな」
目も落ち着いたし。
「うん。そうだよね……」
「何? 寂しい?」
「え? ……そんなんじゃないもん」
膨れっ面ですよ。
でもそれが可愛いと思ってしまうのは、惚れた弱み、なんだろう。
素直にそう思える自分が、不思議だった。
「七海、こっちおいで?」
和人が呼ぶと、七海は和人の前にちょこんと座った。
さらりと伸びた、黒い髪。
じっと、大きな瞳が見つめてくる。
この瞳に、焦がれてた。
この気持ちだけは、きちんと伝えないとならないね。
「どうしたの?」
ちょっと小首を傾げる七海。
そんな様子すら、愛しく思える。
「大好きだよ。七海」
ずっと言えなかった、言葉。
十年前のあの時も、この言葉だけは言えなかった。
言わなくても伝わっていた、と思うけれど。
「これからは、傍に、居、て……」
言葉が終わる前に七海が抱きついてくる。
今度はそれをしっかりと受け止める。
「もう……遅い! 遅すぎるよ……」
「ごめんな。待たせちゃって……」
ゆっくりと、優しく彼女の髪を撫でる。
「何年……待ったと思ってるのよ……」
「うん……。ごめんな……」
彼女の声は、涙声だった。
また、泣かしちゃったか。
ぽんぽん、と七海の背中を叩く。
すると七海は顔を上げた。
涙は流れてるけど、笑顔だった。
「示して、みせて……」
そう言うと、七海はゆっくりと目を閉じる。
両腕に力を込めて、抱き締める。
そっと唇を重ね合わせる。
ぴったりとはまる、パズルのピースの様に。
昨夜のキスとは違う、情感。
その感触全てが、体に電流を走らせる。
「……んっ」
離した唇から、小さく声が漏れる。
優しく、彼女の髪を撫でる。
「……いよ……」
「え?」
「足りないよ……。もっと……感じたい……」
「七海……」
その顔は真っ赤だった。
「お願い……」
そう言うと、七海は再び目を閉じる。
もう一度、唇を重ねる。
すると、彼女の舌が唇を割って入ってくる。
それを自分の舌で受け止めて、押し返す。
濃密に絡み合う、舌と感情。
頭の中が、溶けてしまいそうだ……。
「……ん、はぁ……」
熱い吐息がこぼれる。
そのまま、押し倒してしまいたい衝動に駆られる。
でも……。
その一線を越えるには、まだやらなければいけない事がある。
冷静な一部分が、そう告げていた。
そんな思いから、和人はただ彼女の髪を撫で続けていた。
「うん……。今はここまで……ね?」
そんな迷いに気がついたのだろうか。
七海は和人の頬に口付けすると、体を離した。
和人は撫でていた手を動かし……。
ぴしっ。
「痛っ! 何すんのさ?」
「え、デコピン」
「何でよ?」
「何となく」
和人の言葉に、隣で七海がむくれ始める。
いつも通り、だね。
この感じ。これが、欲しかった……。
むくれた七海を宥めながら、和人はそう思っていた。




