37 無邪気さは罪?
どのくらい、時間が経ったのだろう。
時間の感覚が消えていた。
和人は七海の体から頭を上げる。
七海は柔らかい笑みを浮かべていた。
「ひどい顔だな……」
「和くんだって、人のこと言えないよ」
そりゃ、そうだろう。
何時間、泣いてたんだか……。
壁の時計を見ると、十時を回っていた。
「やっべ。こんな時間じゃん」
「あれ。いつの間に?」
テーブルの上の紅茶は、完全に冷めていた。
それでも口に流し込み、疲れた口と喉を潤す。
「帰らないと、なぁ」
そう言ったものの、体は重い。
体力を使い切った感覚だ。
これで運転は、マズイかもしれないな。
立ち上がろうとしたところ、軽くふらついてしまった。
「和くん、大丈夫?」
「大丈夫、じゃないかも……」
車の中でちょっと仮眠してから帰る、か。
そう考えた矢先だった。
「……泊まってく?」
……はい?
今、何ておっしゃいました? 七海さん。
和人は一瞬の硬直の後、七海の顔を見る。
その顔は、心配の表情そのものだ。
あれだけ泣いてれば、心配にもなる、か……。
「誰かに迎えに来てもらおうかと思ってるけど……」
「それは……止めた方がいいよ。確実に勘ぐられるよ? その顔じゃ……」
う……。
確かに、泣き腫らした目、してるだろうなぁ。
「仕方ない。そうさせてもらえるかな?」
「うん。お風呂、入れるね?」
七海はちょっとふらつきながら立ち上がると、マグカップを持ってキッチンへと消えた。
その間に家に連絡を入れておく。
ま、外泊は間々あることなんで、問題は無いのだが。
ケータイを操作していると、七海がひょこっと顔を出す。
「一緒にお風呂入ろうか?」
「……は?」
「ふふ。冗談だよぉ」
いや、無邪気に言わないでよ、そんなこと。
不覚にも、ドキっとしたじゃないか……。
ちょっとだけ車に戻り、念のため積んでおいた着替えを持ってくる。
いや、だから外泊も間々ある、って言ったじゃない。
用意だけは、周到にしておくものですよ?
七海の後に、風呂に入る。
余計な事を考える余裕なんて、とてもじゃないが無かった。
温かいお湯が、体と目に染みた。
ぼーとしていると、寝てしまいそうだ。
さっさと上がるとしよう。
和人が風呂から出ると、テーブルが片付けられ、布団が敷かれていた。
思わず布団へダイブする。
うーん。天国……。
「あー、もう。そんなにして」
振り返ると、タオルを持った七海が立っていた。
「ごめんごめん」
「もう。はい、タオル。目に当ててると、少しは楽だよ?」
冷たいタオルだった。
「ありがと」
布団に横になって、タオルを目の上に載せる。
気持ちいいわぁ、これ。
火照った目に、じんわり染みる。
このまま、ぐっすりと眠れそう……。
そんな和人の体を、横から突っつく無粋な輩が一名。
「七海、何すんのさ?」
タオルを取り、布団の横に座っている七海を見上げる。
「もうちょっとずれて。じゃないと、私、寝れない」
おおっと、そいつは失礼……って、え?
「七海、ベッドあるじゃん?」
そう、この部屋にはロフトベッドがあり、そこに七海の布団は敷かれていた。
さすがにそこは覗いていませんが……。
「あんなに泣かせた女の子を、一人で寝かせるつもり?」
う……。
そう言われると、言い返せない。
それに、七海は嬉しそうに微笑んでるし。
いや、悪戯っぽくかもしれない。
仕方ない、か。
「んと……これでいい?」
「うん。久しぶりだぁ……」
「そう、だな……」
小さい頃、こうやって寝た事、あったっけな。
「電気、消すね?」
部屋の電気が消され、常夜灯の明るさだけになる。
和人はタオルを目に載せたまま、目を閉じた。
そのうち、落ちちゃうと思うけど。
七海は和人の片手を握ったままだが、それが凄く落ち着く自分がいた。
「和くん、寝ちゃった?」
幾度か繰り返される問いに応じているうちに、いつのまにか眠りに落ちていた。




