表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉を狙う婚約者も、姉を追い出した元夫も、まとめて返り討ちです!  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/36

8 元婚家で姉が受けた仕打ち

「何と?」


 私は訊く。


「“パール殿にお返しすべき品はすべて整えたつもりだが、もし行き違いがあれば確認する用意はある”ですって」

「行き違い」


 私は繰り返した。


「これだけ足りなくて?」

「ええ。行き違い、だそうです」


 姉上が、俯いたまま小さく言う。


「ドルメーユ家は、昔からそういうところがあります」

「どういうところ?」

「表向きは丁寧なのに、押し切ると決めたら何事も“行き違い”や“家の都合”にしてしまうの」


 私は机の上の一覧を見た。

 そういう家なのだろう。古い家柄。広い農地。土地から上がる収穫。長く続いたからこその自負。そういうものを頼みにして、“うちの流儀”で全部を丸めようとする。パール姉上の離縁も、きっとその延長なのだ。

 カルダンが愛人にのぼせた。アーシャが居座った。子ができた。では正妻には退いてもらおう。

 それを、家の論理で通せると思っていた。

 ――通るはずがないのに。


「姉上」


 私はできるだけ柔らかく言った。


「向こうで……どこまで勝手をされていたの?」

「アンバー」

「聞きたくないなら、無理には」

「いいえ」


 姉上は顔を上げた。儚げな顔立ちなのに、その時だけ少し、硬いものが宿っていた。


「たぶん、今は言っておいたほうがいいわ」

「ええ」

「カルダン様は、最初のうちはまだ、外聞を気にしていました」

「最初のうちは」

「ええ。でも、アーシャが子を宿してからは違ったの」


 姉上の指が毛布の端をなぞる。


「私の居間に勝手に入るようになったわ。私の茶器を使って、私の席に座って、私の前で“これからは私がこの家を切り回します”と言ったこともあった」

「……」

「カルダン様は、それを止めなかった。止めないどころか、“君はそういう争いが苦手だろう。刺激しないでやってくれ”と」


 私は黙った。黙るしかなかった。

 怒りすぎると、かえって声が出ない。


「そのうち、私の宝石まで使うようになったの」


 姉上は続ける。


「最初に気づいたのは、母上の実家からいただいた真珠の留め具。次が青い石の耳飾り。あと、秋に作らせた葡萄色の外套も」

「葡萄色の?」

「ええ。アーシャは色の濃いものが好きだったから」

「好きだったから、ではありません」


 母上が言う。


「盗ったのです」

「母上、ええ、そうね」


 姉上が苦く笑う。


「たぶん、そう」


 その時だった。女官長が二つ目の宝石箱を開けて、中を改めていた手を止める。


「奥様」

「何かしら」

「真珠の留め具は、ございません」

「でしょうね」

「ですが、それだけでは」


 女官長が一覧と箱を見比べた。


「婚約時に持たせた帯留め一対、祖母君の指輪、夜会用の小ぶりの冠も見当たりません」

「ずいぶんと持っていかれていますね」


 母上があまりにも静かに言うので、私は逆に背筋がぞくりとした。

 姉上が目を閉じる。


「ごめんなさい」

「禁止です、姉上」

「でも」

「禁止」


 私が繰り返すと、姉上はとうとう小さく笑った。


「あなた、怒ると本当に譲らないのね」

「譲る理由がありませんもの」


 その時、母上が返書を机へ置いた。


「アンバー」

「はい」

「あなた、今日のうちに一緒に来なさい」

「どこへ?」

「ドルメーユ侯爵家へ」


 私は目を瞬いた。


「こちらから?」

「ええ。行き違いがあるというのなら、こちらも現物を見て差し上げる必要があるでしょう」


 女官長が無言で頷く。姉上が驚いたように母上を見る。


「母上、まさか今から」

「今からです」

「でも」

「あなたは来なくて結構。まだ顔色が十分ではありません」

「それは少しありがたいです……」

「でしょうね」


 母上は立ち上がった。

 窓から差す午後の日差しが、その横顔の輪郭を白く照らす。優雅で、隙がなくて、たぶん敵に回したくない人種の筆頭だ。


「マルタ」

「はい、奥様」

「不足品の一覧をもう一度整えて。特に、ベルジャン家側から持たせた品は赤で印を」

「かしこまりました」

「ミラ、外出の支度を」

「はい」

「アンバー、あなたは羽織るものを選びなさい。あまり華美でなくてよろしいけれど、こちらが軽く見られない程度には整えて」


 私は立ち上がった。胸のあたりが、少しだけ熱い。

 怖くないと言えば嘘になる。けれど、それ以上に妙な高揚があった。

 相手の屋敷へ乗り込むのではない。ベルジャン侯爵夫人が、当然の顔で確認に行くだけだ。

 ただし、その当然が相手にとっては少しも優しくない。


「母上」

「何かしら」

「カルダン様も、いらっしゃるでしょうか」

「いたら好都合です」


 母上はさらりと言う。


「アーシャもいるなら、なお結構」


 私は思わず口元を押さえた。やっぱり母上は怖い。

 でも、怖いくらいでちょうどいいのだ。

 ドルメーユ侯爵家は古い家らしい。面子で押し切る家らしい。

 ならば今日は、その面子がどこまで保つのか、こちらも見せていただこう。

 窓の外では、王都の空に薄い雲が流れていた。春の午後はやわらかい色をしているのに、その下で動き始めたものは少しもやわらかくない。

 私は姉上の肩にそっと触れた。


「行ってくるわ」

「ええ」

「姉上のものは、取り返せるだけ取り返してくる」

「全部は無理でも」

「できるだけではなく、できるだけ多く、よ」

「それ、同じでは?」

「気分の問題です」


 姉上が、今度はもう少しはっきり笑った。その笑みを見たら、なおさら手ぶらでは帰れない気がした。

 ドルメーユ侯爵家には、今日、それをよくわかっていただくことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ