7 返された荷物は、ずいぶん軽かった
午後、母上に呼ばれて小さな衣裳部屋へ行くと、そこには大きな旅行鞄と木箱がいくつも並んでいた。
王都屋敷の中でもこの部屋は日当たりがよく、壁紙は淡い緑、窓辺には白いレースが垂れている。
普段なら季節ごとのドレスを整えたり、仕立て上がりを確認したりする、どちらかといえば華やかな場所だ。
けれど今日は、空気が妙に実務的だった。
箱の前には母上と姉上、それから家政を取りしきる年配の女官長がいる。机の上には分厚い台帳が開かれ、脇には細かな字で書かれた一覧がいくつも積まれていた。
「アンバー、ちょうどいいところに」
母上が顔を上げる。
「来なさい。見ておきなさい」
「何をです?」
「離縁のあとに戻ってきた、パールの荷物です」
私は部屋へ入りながら、思わず箱の数を数えた。
少ない。少ない気がする、ではなく、明らかに少ない。
姉上がドルメーユ侯爵家へ嫁いだ時、花嫁荷物はもっとあった。王都から領地へ送る時も、その後あちらの本邸へ入る時も、荷の多さで使用人たちが目を回しかけたくらいだ。
ドレス、外套、宝石、化粧道具、食器、リネン、書物、刺繍道具、季節の調度まで含めて、侯爵家の娘が持っていくものは少なくない。
それが、これだけ。
「……軽いわね」
「ええ」
母上がさらりと言う。
「ずいぶんと」
姉上は椅子に腰掛けていた。顔色は昨日よりましだが、さすがにこの場では気が重いらしい。膝の上に置いた手が少しだけ強ばっている。
「ごめんなさい」
姉上がまた言いかけたので、私はすぐ隣へ行って椅子を引いた。
「姉上、それはもう禁止です」
「でも」
「でも、ではありません」
私が言うと、母上も頷く。
「ええ、禁止です。あなたが謝るたびに、私はドルメーユ侯爵家への心証をさらに悪くします」
「母上、それ以上悪くなる余地がまだあるのですね」
「いくらでもありますよ、アンバー」
怖い。でも、この部屋の空気にはそれくらいの冷たさが必要だった。
女官長が、最初の箱を開ける。中から現れたのは、きれいに畳まれたドレス数着と、上質なレースの包みだった。
「一覧、上から参ります」
母上が台帳の頁をめくる。紙の擦れる音が、やけに大きく聞こえた。
「春夏用ドレス二十着」
「確認できるのは、十二着です」
「少ないわね」
「はい、奥様」
女官長の声は平坦だ。けれど長年この家にいる人だから、その平坦さの下に怒りがあるのはわかる。
「外出用外套六点」
「三点」
「夜会用ショール八点」
「五点」
「宝石箱、大小三箱」
「大一、小一」
私は息を吐いた。数え落としではない。雑な梱包でもない。単純に、返ってきていないのだ。
「姉上」
私はそっと尋ねた。
「何が戻ってこなかったか、ある程度はおわかりですか」
「……全部は」
姉上は少しためらってから答えた。
「でも、たぶん何点かは、見てすぐわかるわ。向こうで使われていたから」
「使われていた」
私の声が冷えた。姉上は小さくうなずく。
「アーシャが」
その名前を口にする時、姉上の睫毛がかすかに震えた。
「私のものを、いくつか身につけていたの」
部屋の空気が、また少し冷えた。
アーシャ。姉上の婚家で愛人として居座り、子を得たことで一気に幅を利かせた女だ。
名前だけは耳にしていたけれど、私はまだ会ったことがない。会いたいとも思わない。
「どういう意味かしら」
母上が尋ねる。
「貸したのではなく?」
「貸してなどいません」
姉上は、そこで初めてはっきり言った。
「勝手に使っていたのです。最初は、見間違いかと思いました。けれど、祖母様からいただいた真珠の留め具も、青い石の耳飾りも、あの人が身につけていました」
「真珠の留め具……」
私は眉をひそめた。
「あれ、姉上のお気に入りでしょう」
「ええ」
「母上の実家から来た品では?」
「そうです」
母上の声が、ますます静かになる。
「ベルジャン家の娘に持たせた物を、愛人風情が」
「母上」
姉上が、少し困ったように止めた。でも母上は止まらない。
「いいえ、風情です。何とでも呼びます」
「母上、好きです」
「知っています」
母上は私にだけ一瞬目を向け、それから女官長へ続けさせた。
「書物二箱」
「一箱」
「筆記具一式」
「一部のみ」
「刺繍道具」
「揃っております」
「まあ、それは結構」
「奥様」
女官長が言い添える。
「リネン類にも不足がございます」
「どれくらい」
「日常用のものが、一覧の三分の二ほど」
私はもう笑いそうになってきた。もちろん愉快でではない。あまりにも露骨だからだ。
「一体どういうおつもりだったのかしら」
「おつもりも何も」
母上が冷たく言う。
「舐めていたのでしょう。当家を」
そこで扉が叩かれ、侍女が入ってきた。
「奥様、ドルメーユ侯爵家より返書が」
「早いこと」
母上が手を差し出す。
「ちょうどよろしいわ。読みましょう」
封を切る手つきまで美しかった。母上はさらりと目を通し、ふっと笑う。
嫌な笑い方だった。上品な人がする笑い方の中で、いちばん怖いやつだ。




