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姉を狙う婚約者も、姉を追い出した元夫も、まとめて返り討ちです!  作者: さんけい


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5 いざ、最初の出陣!

 翌朝、私は王都の屋敷の東向きの窓を開けた。

 朝の光はまだ少し白くて、通りを行き交う馬車の音も遠い。王都の中心から少し離れたこの一角は、侯爵家や伯爵家の屋敷が並ぶわりに妙に静かだ。春先の空気には土より石の匂いがある気がして、私はそれが好きだった。

 ベルジャン侯爵家は領地に本拠を持つけれど、普段は王都で暮らしている。

 社交もあるし、父上の仕事もあるし、何より鉱山や領地の管理は一族と古参の家令たちがきっちり回している。

 山を持つ家だからといって、当主が年中つるはしのそばに立っているわけではない。

 けれど、うちの家族の性根には、たぶん今でも山風みたいなものが残っている。静かで、硬くて、いざとなると容赦がないのだ。


「アンバーお嬢様」


 侍女のミラが、磨かれた銀盆を手に入ってきた。


「旦那様より。先方は午前のうちに参るそうです」

「早いわね」

「たいへん早うございます」


 私は手紙を受け取った。父上らしい、無駄のない文面だった。


 ――コレリオ本人および父親が来る。応接間にて話をする。

 ――アンバーは同席しなさい。

 ――パールは無理に出る必要はない。


 最後の一行を見て、少しだけ息がゆるむ。

 姉は昨日、ずいぶん笑ってくれた。けれど、だからといって急に元気になるわけではない。無理に表へ引っ張り出されずに済むなら、それでいい。


「姉上は?」

「まだお休みです。奥様が、朝は起こさなくてよいと」

「母上らしいわね」

「はい」


 私は手紙を畳み、窓の外を見た。

 向かいの屋根に朝日が差している。王都は平地に広がる街だから、領地の山並みのような迫力はない。

 その代わり、人の思惑が平らに重なって、あちこちで静かに軋んでいる。今日はその軋みを、こちらの側から鳴らす日だ。

 身支度を整えて下へ行くと、食堂にはもう父上と母上がいた。


 父侯爵は、朝の席でもいつも通りだった。濃い色の上着を乱れなく着こなし、茶器の位置ひとつまできちんとしている。見る人が見れば、穏やかで理性的な当主にしか見えないだろう。

 見かけだけなら。

 一方の母、マズルカはすでに今日の勝ち方を頭の中で組み終えている顔だった。上品で美しい人ほど怖い、とはたぶん母のためにある言葉だ。


「おはようございます」

「おはよう、アンバー」

「眠れまして?」


 母が尋ねる。


「ええ、案外」

「それは結構」


 席につくと、兄もすぐ来た。サフィール兄様は珍しく寝癖ひとつなく、きっちり整えていた。

 まあ、整っている時ほど怒っているのだから、家族とは便利なものだ。


「姉上はまだ寝てるのか」

「ええ」

「その方がいいな」


 兄はそう言ってパンをちぎった。乱暴そうに見えて、皿の上に細かい屑をほとんど落とさないところが不思議だ。

 父上が紅茶を置き、口を開く。


「先方は十時に来る」

「早いですね」

「早く来ざるを得まい」


 そう言ったきり、父上はそれ以上説明しない。でも私はうなずいた。

 うちに書状が届いて、しかも“明朝ただちに説明に来い”とあれば、昨夜のうちに向こうの屋敷は大騒ぎだったはずだ。ベルジャン侯爵家からの呼び出しは、それだけで軽いものではない。

 山持ちの武門上がり、というだけなら、古臭い家柄だと笑う者もいるかもしれない。

 けれど現実には、うちは古いだけではない。鉱山があり、領地は潤い、王都でも顔が利く。資産もあるし、実務も強い。

 要は伝統だけでも、資本だけでもない。そのどちらもある家を敵に回して平気な侯爵家など、そう多くはない。

 そしてコレリオ様は、たぶんそこをよくわかっていなかった。いや、わかっていても自分には関係ないとでも思っていたのだろうか。


「お父様」


 私はつい訊いてしまう。


「先方当主は、息子の発言をご存じではないと思われますか」

「半々だな」

「ご存じでも?」

「知らなくても、愉快ではない」


 父上の返答は短い。すると母が、パンに薄くバターを塗りながら言った。


「産業寄りの家は、ときどき勘違いをしますのよ」

「勘違い?」

「数字が回っている間は、何でも思い通りになる気がするのです」


 母の声は穏やかだった。


「事業が伸びている。王都での付き合いも広がっている。そうなると、昔からの釣り合いや家同士の節度を、“少々強引でも押し切れるもの”だと思う方が出てくるの」

「まあ、現に押し切ってきたわけだしな」


 兄が不機嫌そうに言う。それは、パール姉様の元婚家のことだろう。

 あちらはあちらで古い名家で、広い農地を抱えている。

 麦も葡萄も取れる、豊かな土地だと聞く。古くから続く家だからこその自負も強く、そういう家ほど家の中の不始末を“家の論理”で押し切ろうとする。

 姉を追い出したのも、たぶんそうだ。

 愛人に子ができた。ならば正妻は邪魔だ。

 そのくらいの理屈で押し切れると思っていたのだろう。けれど、こちらは押し切られてやるつもりがない。


「コレリオの家も、パール姉上の元婚家も」


 兄が紅茶を置く。


「女なら泣いて引っ込むと思ってるんだろうな」

「あるいは、多少怒っても最後は家の都合で収まると」


 母が言う。


「ですが残念でしたわね。うちは女も収まりませんし、家もそれを黙って見ておりませんもの」


 私は思わず、ふっと笑ってしまった。母はやっぱり怖い。


 ◇


 十時が近づく頃、応接間には春の花がさりげなく飾られていた。

 王都屋敷の応接間は、領地の本邸より少しだけ都会的だ。深い色の木材、壁にかけられた風景画、窓辺に置かれた低い鉢植え。

 けれどところどころに、山水晶や磨かれた鉱石を使った飾りがある。ベルジャン家らしさを主張しすぎない程度に、きちんと置いているのが母の趣味だ。

 私はその部屋の端に座った。父上と母上が正面、兄が少し斜め。私は父上の指示通り、証人として同席する位置だ。姉は来ていない。

 ほどなくして、先方が通された。

 最初に入ってきたのは、コレリオ様の父君だった。五十前後だろうか。体格のよい人で、服装も上等だ。王都で事業に顔が利く者らしい、押しの強さを持つ顔立ちだった。

 だが今日は、その押しが少し引っ込んでいた。

 その後ろから、コレリオ様が入ってくる。私は一瞬だけ目を合わせて、すぐ外した。

 昨日の今日でまだ言い逃れができると思っているなら、大したものだ。あるいは父親の後ろにいれば何とかなると思っているのかもしれない。どちらにしても大差はない。

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