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姉を狙う婚約者も、姉を追い出した元夫も、まとめて返り討ちです!  作者: さんけい


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22/36

幕間1 さてその頃ドルメーユ家では

 ベルジャン侯爵家の王都屋敷を辞したあと、カルダンは帰りの馬車でほとんど口を利かなかった。

 王都の石畳を車輪が刻む音だけが、やけに耳につく。窓の外では春の陽がまだ明るく、通りの人々は穏やかに行き交っているのに、馬車の中だけは妙に息苦しかった。

 真正面から斬られた、という感覚があった。

 怒鳴られたわけではない。責め立てられたわけでもない。ベルジャン家はむしろ静かだった。

 だからこそ、余計に堪えた。

 侯爵に言われたこと。夫人に見られた目。サフィールのあからさまな軽蔑。そして何より、パールの声。


 ――今でも私があなたを助けると思っているのですね。


 あれが、耳に残っていた。


 ◇


 ドルメーユ侯爵家の王都屋敷へ戻ると、玄関の先で執事が一礼した。


「お帰りなさいませ、カルダン様」

「母上は」

「青の小客間に」


 それだけで、嫌な予感がした。母があの部屋を使う時は、だいたい機嫌がよくない。

 壁布の色が落ち着いているからだの、夕方でも薄暗すぎないからだの理由はあるのだろうが、カルダンにとっては“叱責の部屋”に近かった。

 案の定、扉を開けるとドルメーユ侯爵夫人は椅子に座ったまま、ひどく静かな顔で息子を見た。


「それで」


 母は言った。


「どうでしたの」

「……パールとは話した」

「そう」

「だが、思ったより」

「思ったより?」

「頑なだった」


 言った瞬間、自分で馬鹿なことを言った気がした。母の目が細くなる。


「《《頑な》》」

「……」

「あなた、本気でそう思っておりますの」


 カルダンは返事をしなかった。返事をしなかったのは、言い返せなかったからだ。

 パールは頑なだったのではない。ただ、もう昔のように黙ってはいなかった。それだけだ。

 なのに自分でもまだ、相手が冷たかった、強情だった、そういう言葉へ逃げかけている。

 母は深く息をついた。


「あなたは昔から、自分に都合のいい言葉を選びすぎます」

「母上」

「ベルジャン家へ出向いて、何かひとつでも事態をましにできましたの?」

「……」

「できておりませんでしょう」


 カルダンは立ったまま拳を握った。

 腹が立たないわけではなかった。だが、その腹立たしさが誰に向いているのか、自分でもよくわからない。

 母に対してなのか、ベルジャン家に対してなのか、それとも、ここまで来てしまったことそのものになのか。


「父上は?」

「執務室です」

「私から」

「おやめなさい」


 母は即座に言った。


「今のあなたが行っても、火に油です」

「ではどうしろと」

「黙っていなさい」


 母の言葉は冷たかった。


「少なくとも、今日これ以上は余計なことをなさらないで。あなたはもう、何かを取り繕おうとするたびに事態を悪くしております」

「……そこまで」

「そこまでです」


 ぴしゃりと切られ、カルダンはとうとう口を閉ざした。

 その時、廊下の向こうで子供の泣き声がした。まだ赤子に近い、甲高い泣き声だった。アーシャの子だ。カルダンの子でもある。

 最初にそれを知った時には、たしかに舞い上がった。正妻との間には生まれなかった子。自分だけを見上げ、泣けば抱き上げられ、未来を約束する存在。

 けれど今、その泣き声はひどく刺々しく聞こえた。


「アーシャは」


 カルダンが訊く。


「部屋に」


 母は言ったきり、ほんの少し眉をひそめた。


「……不機嫌ですわ」

「それは、子供が」

「子供のせいではありません」


 母の声音に、わずかな軽蔑が混じる。


「あなたが余計なものを与え、余計な顔をさせた結果です」

「与えたとは」

「真珠の留め具」

「……」

「指輪」

「……」

「外套まで直させておいて、今さら何を」


 カルダンは視線を逸らした。

 たしかに自分が明確に“これを使え”と言ったものもあった。だがそうでないものもある。

 アーシャが勝手に身につけ、気づいた時には今さら取り上げにくかったものもある。だから、自分だけが悪いというのは違うと思いたかった。

 だがそれを口にしても、母は納得しないだろう。


「母上は」


 カルダンはようやく絞り出す。


「アーシャをどうしたいのです」

「どうもしたくありません」


 母の返事は冷え切っていた。


「できれば、最初から表へ出したくもなかった。けれど、あなたがああまで入れあげて、しかも子までできた」

「……」

「だから座らせたのです。好きで座らせたのではありません」


 その言葉は、カルダンの胸にも少し刺さった。

 好きで座らせたのではない。

 たしかにそうなのだろう。家の中でも、親族の間でも、アーシャは歓迎されてはいない。

 正妻がいた席へ、そのまま据えられた女。しかもそのやり方があまりに露骨だった。

 たとえ子がいても、すんなり受け入れられるはずがない。ただ、その現実を直視するのは不愉快だった。


「親族から使いが来ております」


 母が続けた。


「明日の夕刻、お父様の弟君が見えるそうよ」

「叔父上が?」

「ええ。あなたの件も含めて、少し話があるのでしょうね」

「私の? 何か…?」

「まだわかりませんの?」


 母はそこでようやく、息子を憐れむように見た。


「あなた一人では危うい、と言いたいのです」


 カルダンは、初めてはっきり顔をしかめた。

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