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姉を狙う婚約者も、姉を追い出した元夫も、まとめて返り討ちです!  作者: さんけい


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21/36

21 思った以上に駄目

「私は」


 カルダンの喉が上下する。


「パール殿への配慮を欠いたことを」

「配慮」


 私は繰り返した。


「ずいぶん便利な言葉ですね」

「アンバー」

「はい」


 でも、母上もあまり止める気はなさそうだった。


「配慮を欠いた、では軽すぎます」


 母上が穏やかに言う。


「あなたは正妻を守らず、愛人の増長を許し、その結果としてパールの私物にまで手が及ぶことを放置した」

「……」

「それを“配慮不足”とは言いません」


 カルダンの指が、わずかに握られた。でも反論はしない。

 いや、できないのだろう。ここで何を言っても、昨日の真珠と指輪がある限り、ひっくり返らない。

 父上がそこで口を挟んだ。


「で、本日の用件は結局何だ」

「……謝罪と」

「もう一つあるな」

「……穏便な解決を」

「やはり」


 兄上が吐き捨てるように言った。カルダンは兄上を見ず、父上だけを見たまま続ける。


「これ以上、文書や噂が先へ進めば、双方にとって」

「双方?」


 父上が低く言う。


「ドルメーユ家にとって、の間違いではないか」


 カルダンはそこで、初めてはっきり顔をこわばらせた。その反応を見て、私は心の中でうなずく。

 この人はここまで来ても、まだ“双方にとって”と言えば聞こえがいいと思っている。自分の家の体面と、姉上の受けた扱いを同じ皿に載せられると思っている。

 やっぱり駄目だ。駄目すぎる。


「カルダン様」


 姉上が言った。


「あなたは、今でも私があなたを助けると思っているのですね」

「助ける、とは」

「ええ。そうでしょう?」


 姉上の目は静かだった。


「私に会いに来たのは、謝罪のためではなく、私が口を閉ざせば少しは丸く収まると思ったから」


 カルダンは何も言わなかった。否定しない、ということは肯定と大差ない。

 部屋の空気がまた少し冷える。姉上はそれを正面から受け止めたまま、ゆっくりと立ち上がった。

 私は一瞬、姉上の袖に触れかけた。でもやめる。今の姉上は、自分で立っている。


「カルダン様」

「……パール」

「もう二度と、私に“穏便に”を求めないでくださいませ」

「……」

「あなた方は、穏便であるべき時にそうしなかった。今になってそれを望むのは、ただの身勝手です」


 姉上の声は、やっぱり静かだった。静かで、きれいで、でも容赦がなかった。

 カルダンがそこで、一歩だけ前へ出た。


「待ってくれ」


 兄上の顔が即座に変わる。私は思わず身構えた。でもカルダンは、そこから先へは来なかった。

 来られなかったのだろう。父上がほんの少し視線を上げただけで、その足が止まった。


「私は、そこまで」

「そこまでではない?」


 姉上が首を傾げる。


「では、どこまでだったのですか」


 また同じ問い。でも今度のそれは、さっきよりずっと冷たかった。

 カルダンは答えられない。答えられないまま、姉上を見ている。

 たぶん今ごろになって、少しだけわかったのだろう。この場に来ても、昔の姉上には戻らないことが。

 黙って受け入れてくれる妻は、もうそこにいないことが。

 遅い。本当に遅い。


「帰りなさい」


 父上が言った。


「本日の話は以上だ」

「侯爵」

「穏便を望むなら、まず当主夫妻に署名させなさい」


 父上の声音は変わらない。


「話はそれからだ」

「……」

「そして今後、パールへ直接会おうとするな。今日は本人の意思で会わせたが、次はない」

「……承知、しました」


 その“承知”も、どこか苦かった。当然だ。

 自分ではまだ何とかなると思って来たのに、結局何ひとつ取り戻せなかったのだから。


 ◇


 カルダンが去ったあと、しばらく誰も口を開かなかった。

 窓の外では、春の午後の光が変わらずやわらかい。庭の木々は穏やかに揺れている。あんな男がここへ来たことが、少しも景色に似合わなかった。

 最初に息を吐いたのは兄上だった。


「思った以上に駄目だな」

「ええ」


 母上が答える。


「謝罪の形をした保身でしたね」

「形だけは整っていました」


 私は言った。


「中身はすかすかでしたけれど」

「アンバー」

「はい、少しだけゆっくりです」

「ええ。よくできました」


 少し褒められた。私はそこで姉上を見た。

 姉上はまだ立ったままだった。白い指先を軽く握っている。

 でも、顔はもう青くなかった。むしろ、少しだけ拍子抜けしたようにも見える。


「姉上」

「何?」

「大丈夫?」

「ええ」


 姉上はゆっくり座りなおした。


「なんだか……もっと怖いかと思っていたの」

「怖かった?」

「最初は少し。でも、途中から」

「途中から?」

「こんな人だったのね、と思ったら、怖くなくなったわ」


 私はそれを聞いて、胸の奥が少し軽くなった。

 そうだ。見切れたのだ。

 憎しみだけではなく、失望でもなく、ちゃんと“こんな人だった”と見切れた。たぶんそれは、姉上にとってかなり大きい。

 母上が静かに頷く。


「結構です」

「ありがとうございます、母上」

「ただし、次があればもっと短く切ってよろしいですよ」

「これ以上短く?」

「ええ。“お帰りください”だけでも」

「母上」


 私は思わず笑った。


「好きです」

「知っています」


 兄上が呆れたように眉を上げる。でも、その少し向こうで、父上の目もわずかに和らいでいた。

 カルダンは来た。そして、やっぱり自分のために来ただけだった。

 でも、それでよかったのかもしれない。姉上が、もう自分の目でそれを確かめられたのだから。

 穏便に、なんてもう言わせない。次に来るのは、たぶん向こうの正式な返答だ。

 そしてそこから先は、今よりもっとはっきりした形で、ドルメーユ家の首が締まっていく。

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