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姉を狙う婚約者も、姉を追い出した元夫も、まとめて返り討ちです!  作者: さんけい


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20/36

20 来たのは謝罪ではなく、保身のようだった

 カルダンが通された時、私はまずその顔色を見た。

 悪くはない。青ざめてもいない。寝不足でやつれている風でもない。むしろ、少し憔悴した顔を作ろうとして、うまく作りきれていない。

 そういうところなのだろう。本気で追い詰められた人の顔ではなく、追い詰められている自分をどう見せるか考えている人の顔。

 ドルメーユ侯爵家の一人息子、カルダンは、一礼して部屋へ入ってきた。


「突然のご訪問、失礼いたします」


 声は低く抑えている。服装もきちんとしていた。

 王都の古い名家の跡取りとして、人前でどう見えるべきかは心得ているのだろう。

 でも私は、その整い方がかえって癪に障った。姉上をあんなふうに扱っておいて、自分だけはまだ“きちんとした貴公子”の姿でここへ来るのかと思ったからだ。

 父上は立たなかった。


「急な訪問のようだな」

「はい。どうしても、パール殿にひとこと」

「用件はここで聞く」

「……」


 カルダンの視線が、姉上へ向く。姉上は私の隣に座ったまま、その視線を受けた。

 前みたいに俯きもしないし、慌てもしない。ただ静かに見返している。それだけで、私は少しだけ気分がよかった。


「申し上げたいのは」


 カルダンはやや間を置いてから言った。


「ここ数日の行き違いについてです」

「行き違い」


 兄上が言った。


「ドルメーユ家はその言葉が好きだな」

「サフィール」


 母上がたしなめる。


「はい、母上。ですが事実です」


 カルダンの眉がわずかに動く。兄上に正面から刺されることには、まだ慣れていないらしい。


「私は」


 カルダンが続ける。


「事態がここまで大きくなるとは思っておりませんでした」

「そうでしょうね」


 私は思わず言った。


「思っていたら、姉上の宝石を愛人に渡したりなさいませんもの」

「アンバー」


 母上が私を見る。


「はい。少しだけゆっくりでした」

「ええ。今日はそのくらいに」


 この“そのくらいに”は便利である。カルダンは、私の言葉を聞いて明らかに不快そうな顔をした。

 けれど、ここで怒れないこともわかっているのだろう。ぐっと唇を引き結ぶ。姉上はその様子を見て、かすかに目を細めた。


「事態が大きくなるとは思っていなかった……」


 姉上が静かに繰り返す。


「ええ」

「では、どうなると思っていたのですか?」


 カルダンは一瞬、言葉に詰まった。その間が、もう答えだったようなものだ。

 つまり、姉上が黙って出ていく。ベルジャン家も家同士の体裁を考えて、ある程度は飲み込む。荷物を返し、離縁を成立させ、それで終わる。

 その程度にしか考えていなかったのだろう。


「私は」


 カルダンがようやく口を開く。


「君を不当に扱うつもりはなかった」

「でも、実際にはそうなりましたわ」


 姉上が言う。


「それは」

「私の席にアーシャが座り、私の茶器を使い、私の品を身につけても、あなたは止めなかった」


 姉上の声は静かだった。けれど、静かだからこそ、一つ一つがよく響く。


「それは家の中でのことで」

「ええ」

「君はそういう争いを好まないと思って」

「だから黙って受け入れると?」


 カルダンがまた黙る。父上も母上も何も言わない。兄上だけが、すごく嫌そうな顔をしている。

 私はといえば、姉上がちゃんと自分で斬っていることに、妙な高揚を覚えていた。姉上はやっぱり、ただ儚げなだけではないのだ。


「君は」


 カルダンが苦しげな顔を作る。


「昔から穏やかな人だった」

「そうですね」

「だから、私も」

「甘えたのですね」


 姉上がきっぱり言った。その瞬間、部屋の空気が少し動いた気がした。

 兄上の口元がわずかに上がる。母上の扇が静かに一度だけ揺れた。父上は相変わらず動かない。

 でも私は知っている。父上がまったく動かない時ほど、中ではちゃんと何かが積み上がっている。


「……そうかもしれない」


 カルダンが低く言う。


「だが、私は今こうして来ている」

「ええ」

「君に謝りたいと思ったからだ」

「何を、ですか」


 また、姉上が先に言った。


「私を追い出したことですか」

「それは」

「私の宝石をアーシャへ与えたことですか」

「私は与えたつもりでは」

「では、止めなかったことを?」

「……」

「それとも、今になって噂が広がり、ベルジャン家が黙っていないとわかって、少し怖くなったことをですか」


 私は思わず、膝の上で手を握った。姉上、切れ味が良すぎる。

 カルダンの顔から、ようやく“形だけ整えた余裕”が消えた。整った顔立ちはそのままでも、目の中に焦りが見える。


「パール」


 彼は姉上の名を呼んだ。


「私は、事を荒立てたいわけではない」

「それは知っています」

「ならば」

「荒れて困るのは、あなたのほうですものね」


 きれいに返された。兄上が今度こそ小さく吹き出す。母上に睨まれて、すぐ咳払いしたけれど遅い。

 カルダンは兄上を見て、それから姉上へ向き直った。


「君は、そんな言い方をする人ではなかった」

「そうですね」


 姉上は少しだけ笑った。


「昔の私は」


 その笑みはやわらかかった。でも、そのやわらかさはもう相手を受け入れるためのものではない。


「カルダン様」


 姉上が言う。


「あなたが私をどう見ていたかは、今ではよくわかります。静かで、逆らわなくて、多少粗末にしても騒がない女」

「そこまででは」

「では、どこまでだったのですか」

「……」

「私は、今それを聞いておりますのよ」


 カルダンは答えられない。答えられないのに、まだ帰ろうともしない。私はそのしぶとさがひどく嫌だった。

 母上がここで初めて口を開いた。


「カルダン様」

「……はい」

「あなたは先ほど“謝りたい”とおっしゃいましたわね」

「ええ」

「では、何に対して謝罪なさるのか、明確におっしゃるべきです」

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