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姉を狙う婚約者も、姉を追い出した元夫も、まとめて返り討ちです!  作者: さんけい


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19/36

19 馬鹿がのこのこやってくる

 屋敷へ戻ると、珍しく兄上が玄関近くまで来ていた。


「お帰り」

「兄上、どうなさいましたの」

「父上に用があってな。あと、お前たちが戻ったら聞けと言われた」

「何をです?」

「ラヴェルディから、また文書だ」


 私はその場で顔をしかめた。


「またですか」

「今度はコレリオ本人ではない」


 兄上は肩をすくめる。


「父親だ」

「少し安心しました」

「するほどでもない」


 小応接間へ行くと、父上がすでにその文書を机の上へ置いていた。姉上も呼ばれている。

 今日は顔色がさらにいい。少なくとも、茶会へ出た頃の私より落ち着いて見えた。


「戻りました」

「ご苦労」


 父上が言う。


「噂はどうだ」

「静かに回り始めております」


 母上が答える。


「ラヴェルディの長男は領地へ。ドルメーユのほうは、愛人の件が少し」

「そうか」


 父上はうなずき、文書を軽く叩いた。


「こちらはラヴェルディ侯爵からのものだ。要点だけ言えば、息子を当面、王都から外し、事業からも遠ざける。加えて、以後アンバーへの接触は家として厳禁にする、とのこと」

「まっとうですね」


 私は言った。


「まっとうだな」


 兄上も同意する。


「本人以外は」


 姉上がそこで小さく息を漏らした。


 私は横を見る。姉上は少しためらってから口を開いた。


「……アンバー」

「何?」

「これで、あなたのほうは少し片づいたのかしら」

「少しは」

「よかった」

「でも完全ではないわ」

「ええ、そうね」


 姉上の言葉には、少しだけ悔しさが混ざっていた。

 自分の件ばかりに皆を巻き込んでいる、とはもう思っていない顔だ。でも私のことも、きちんと気にしている。

 私はその手を軽く叩いた。


「大丈夫。馬鹿が領地へ行こうが何しようが、私は困りませんもの」

「そうね」

「むしろ、しばらく王都で顔を見ずに済むなら助かります」

「それはたしかに」


 姉上が少し笑う。父上は私たちを見てから、次の紙を持ち上げた。


「問題はドルメーユだ」

「やはり」


 母上が言う。


「ええ。先ほどの家令のあと、さらに“どうか当主夫妻の署名入り謝罪だけは再考いただけないか”との別便が来た」

「必死ですね」


 兄上が鼻で笑う。


「だからこそ、そこが効く」


 父上が言う。


「署名したくないのは、自分たちの非を文書に残したくないからだ」

「当たり前ですね」


 私は答えた。


「残ると困りますもの」

「ええ。困らせます」


 母上の声は、今日も実に穏やかだった。私はこの家のそういうところが好きだ。

 誰も怒鳴らない。誰も大げさな復讐を叫ばない。ただ、相手が本当に嫌がる場所を、ちゃんと見つけて押す。


「では」


 兄上が腕を組み直す。


「まだ押すわけですね」

「ええ」


 父上が答える。


「もう少し」


 その時、廊下の向こうで使用人たちの小さなざわめきがした。扉が叩かれ、執事がやや珍しく眉を動かした顔で入ってくる。


「旦那様」

「何だ」

「ドルメーユ侯爵家より、カルダン様ご本人が」

「は?」


 私はつい声を上げた。


「約束もなく?」

「はい。ぜひパール様へ、ひと言お詫びをと」


 部屋の空気が、一瞬で冷えた。

 兄上の目が笑わなくなる。母上の扇が、ぴたりと止まる。父上は机に指を置いたまま動かない。

 姉上だけが、少しだけ驚いたように瞬きをした。


「私に?」

「そう申しております」


 私はしばらく言葉を失った。穏便に、署名は困る、文書は再考を、と来て、最後に本人が出てくる。

 向こうはたぶん、ここで何とかなると思っているのだろう。姉上に直接言えば。少ししおらしい顔をすれば。あるいは昔の情でも引けば。

 だとしたら見通しが甘い。甘すぎる。


「父上」


 私は低く言った。


「追い返してよろしいのでは」

「そうだな」


 兄上が即答する。


「今すぐ」

「待ちなさい」


 母上が言う。全員の視線が母上へ向く。

 母上はほんの少し考えるように目を細め、それから姉上を見た。


「パール」

「はい」

「あなたは会いたいですか」


 姉上は黙った。静かな部屋の中で、その沈黙だけが少し長く感じられる。

 窓の外では午後の光が庭木の影を伸ばしていた。平和な屋敷に、どうしてこうも馬鹿が自分から飛び込んでくるのだろう。

 姉上はやがて、まっすぐ顔を上げた。


「……会います」


 私は息を呑む。でも姉上の顔は、思っていたよりずっと落ち着いていた。


「ひとりでは会いません」


 姉上は続ける。


「父上と母上と、アンバーがいてくださるなら」

「もちろんだ」


 兄上が先に言う。


「俺もいる」

「サフィール」


 母上が言う。


「ええ、私もいます」


 兄上が完全に外されずに済んだので、少しだけ空気が和らぐ。父上は執事へ顔を向けた。


「通せ」

「かしこまりました」


 扉が閉まる。私はそこで、無意識に姉上の手を握っていたことに気づいた。

 姉上の指先は冷たくない。少し力は入っているけれど、震えてもいない。


「姉上」

「何?」

「無理なら、やっぱりやめても」

「いいえ」


 姉上は小さく首を振った。


「もう一度、顔を見ておきたいの」

「どうして」

「たぶん」


 姉上は少しだけ目を細める。


「今なら、ちゃんと見切れる気がするから」


 その言葉を聞いた瞬間、私は胸の奥がすっとした。ああ、と思う。

 次は、向こうが来る。しかも自分から。だったら、もう逃げ場はない。

 カルダンが何を言うつもりかは知らない。でもこの部屋で、それが姉上に通じると思うなら、ずいぶん見誤っている。

 ベルジャン家の狩り場に、自分から入ってきたのは向こうなのだから。

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