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姉を狙う婚約者も、姉を追い出した元夫も、まとめて返り討ちです!  作者: さんけい


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15/36

15 返せば済むほど甘くはない

「一件落着、だそうですね」


 私が言うと、母上が書状を机へ置いた。


「ええ。厚かましいにもほどがあります」

「ここまで戻したなら、済むと思ったのか」


 兄上が言う。


「思ったのでしょうね」


 母上が答える。


「古い家ほど、“不足分を返せば体裁は整う”と考えがちですもの」

「体裁だけならな」


 父上が低く言う。


「だが今回は、体裁の前に中身が露見した」


 部屋が少し静かになった。窓から入る光が、箱の縁を白く照らしている。

 リネンの山が柔らかそうに見えるのが、かえって腹立たしい。柔らかい布ほど、人の手の雑さが残る気がするのだ。

 姉上がふいに口を開いた。


「母上、父上」

「何だ、パール」


 父上が見る。


「……私、昨日までは、物が戻ってきさえすれば少しは終わる気がしていたの」

「ええ」

「でも、こうして見ると違いますね」

「違います」


 母上がはっきり答えた。


「物は物です。返させるのは当然。でも、それであなたがどう扱われたかまで消えるわけではありません」

「はい」

「だから、ここで“では済みましたね”とはしませんよ」

「……ありがとうございます」


 姉上はそう言って、真珠の留め具を箱へ戻した。指先は少しだけ震えていたけれど、目は昨日よりずっとまっすぐだった。


「小冠と帯留めは、まだ向こうですか」


 兄上が訊く。


「そのようだ」


 父上が答える。


「なら返還請求に加える。損傷分も含め、正式な補償を求める」

「それだけでは軽いですね」


 私はつい言った。兄上が即座にこちらを見る。


「そうだな」

「サフィール」


 母上がたしなめる。


「はい、母上。ですが軽いです」

「ええ、私もそう思います」


 母上は一覧の端を整えた。


「ですから、返還請求と補償請求はあくまで()()()です」

「入り口」


 私は繰り返す。


「ええ。向こうは今、“物を戻したのだから話を収めたい”と思っている。ならば、その認識がどれほど甘いかを教えて()()()()()必要があります」


 その時、控えていた執事がまた現れた。


「旦那様、ラヴェルディ侯爵家より使者が」

「今度は何だ」


 兄上が先に言う。執事は少しだけ困った顔をした。


「御当主直筆の書状にございます。昨夜の書状の件につき、ただちにお詫び申し上げたいと」

「あら」


 母上が目を細める。


「向こうも慌ただしいこと」

「並行して崩れてますね」


 私はぽつりと言った。兄上が鼻で笑う。


「わかりやすくて助かるな」

「助かりますわね」


 母上が言う。


「母上、その言い方、もう癖になってません?」

「便利ですもの」


 父上は執事から書状を受け取り、封を切った。皆が待つなか、短く目を通す。やがて父上は紙を畳み、机に置いた。


「ラヴェルディ侯爵は、息子の軽率さを詫びている」

「軽率」


 兄上が言う。


「軽いな」

「加えて、息子は当面、王都での表立った場から遠ざけるそうだ」

「まあ」


 私は少しだけ瞬いた。


「早いですね」

「早くせざるを得まい」


 父上の声音は冷静だ。


「次男と三男の件もある。あちらとしては、これ以上長男に余計なことをさせたくないのだろう」

「でしょうね」


 母上が言う。


「ベルジャン家との縁を失っただけでなく、王都での評判まで傷めては家に差し障りますもの」


 私はそれを聞きながら、ラヴェルディ侯爵の顔を思い浮かべようとした。

 どうやらら少なくとも息子よりは物が見えているらしい。見えているからこそ、今ごろ頭を抱えているのだろう。

 でもそれはそれ、これはこれだ。

 ラヴェルディ側の馬鹿が一人、ようやく表舞台から引っ込まされそうになっている。

 ドルメーユ側の馬鹿は、まだ品を返せば終わると思っている。

 並行して進んでいる。たしかにそんな感じがした。


「父上」


 私は訊いた。


「ラヴェルディには、これで少し待っていただくとして」

「そうだな」

「ドルメーユには?」

「今日中に次の文書を送る」


 父上が言う。


「返還未了の品、不当な使用による損傷、そしてパールの名誉に関する件。三つを分けて記す」

「よろしいかと」


 母上が頷く。


「一件落着どころか、ようやく一件目が始まったところだとわからせましょう」

「母上」


 私はちょっとだけ身を乗り出した。


「一件目なのですか」

「ええ。品は品、人は人、家は家ですもの」

「好きです」

「知っています」


 兄上がそこでふっと息を漏らした。


「毎回言うな、お前は」

「だって好きですし」

「知ってる、で返す母上も母上だ」

「家族ですから」


 母上が平然と言う。その一言で、姉上まで笑った。

 笑うとまだ少し儚げに見えるのが姉上らしい。でも、その笑いの奥に、今朝はちゃんと別の色があった。見切り。怒り。たぶんその両方。

 私はそれを横目で見て、ほんの少しだけ安心する。

 返された荷物は、やっぱり軽かった。でも軽かったからこそ、向こうの浅さもよく見えた。

 小冠はまだ戻っていない。帯留めも片方足りない。

 外套は直され、宝石には傷がつき、書物には染みがついていた。

 けれど、だからこそもう迷いはない。

 ドルメーユ侯爵家は、返せば済むと思っている。ラヴェルディ侯爵家は、長男を引っ込めれば済むと思いたい。どちらも、まだ足りない。

 父上が立ち上がる。


「マルタ、一覧を清書して執務室へ」

「はい、旦那様」

「アンバー」

「はい」

「パールについていなさい。今日はここまででよい」

「はい」

「サフィール」

「わかっています。机は殴りません」

「殴るな」

「はい」


 兄上はそう言いながら、やっぱりかなり物騒な顔をしていた。

 でも私は、その横顔を見て少しだけ可笑しくなる。この家はほんとうに、よくできている。

 父上が線を引き、母上が勝ち筋を整え、兄上が怒りをわかりやすく担当し、姉上がようやく自分の痛みを痛みとして見始めている。

 その輪の中に、私もちゃんといる。


「姉上」


 私は立ち上がって言った。


「少し休みましょうか」

「ええ」

「ただし、その前に」

「何?」

「小冠は返してもらいます」


 私ははっきり言う。


「絶対に」

 

 姉上は一瞬目を丸くして、それから笑った。


「ええ、お願い」

「はい」


 窓の外では、春の陽がもうすっかり高くなっていた。

 返された品々は机の上で静かに光っている。戻ったから終わりではない。

 戻ったからこそ、これからきちんと数え直せるのだ。物も、扱いも、侮りも。

 ベルジャン家は、そのどれも曖昧にはしない。

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― 新着の感想 ―
>ラヴェルディ侯爵の顔を思い浮かべようとした。  まだ会ったことはない アンバー、あなたラヴェルディ侯爵とは5話6話で会ってるよー。
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