表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉を狙う婚約者も、姉を追い出した元夫も、まとめて返り討ちです!  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/36

14 ずいぶんと便利な言葉

 翌朝、王都はよく晴れていた。

 朝食のあと、私は南向きの回廊をゆっくり歩いていた。

 昨夜はさすがに少し疲れていたらしく、眠りは深かった。腹の立つことが多すぎると、かえって人はよく眠れるのかもしれない。嬉しくない発見である。

 窓の外では、屋敷の庭に朝の光がきらきら落ちていた。白い砂利道の脇で、若い庭師が剪定ばさみを動かしている。

 春は何もかも明るく見えるくせに、その下で人間だけがせこせこ揉めているのだから、景色に申し訳ない気すらした。


「アンバーお嬢様」


 後ろからミラが声をかける。


「母屋の荷受け口に、ドルメーユ侯爵家から箱が届いております」

「もう?」

「ええ。朝一番で」

「ずいぶんと慌ただしいこと」


 私は立ち止まった。早い。

 早いということは、向こうも昨夜のうちに慌てたのだろう。

 昨日こちらが出向き、アーシャが真珠の留め具をつけたまま口を滑らせた。その事実が屋敷の中でどう扱われたかは知らないが、少なくとも“このままではまずい”くらいは理解したらしい。

 なら、少しは頭があるのだ。少ししかないけれど。


「母上は?」

「すでに向かっておられます。旦那様もほどなく」

「姉上は」

「お呼びしてもよろしいですか、と奥様が」

「行くわ」


 荷受け口に近い確認室へ行くと、もう箱が四つ並んでいた。昨日の返還分よりはましに見える。

 でも“まし”というだけで、“十分”ではないとわかるあたりが腹立たしい。

 部屋には母上と女官長のマルタ、帳簿係の若い侍女、それに使用人が二人控えていた。母上は手袋を外したばかりらしく、白い指先で封書を持っていた。


「おはよう、アンバー」

「おはようございます。早いですね」

「ええ。昨夜のうちに眠れなかったのでしょうね、向こうも」

「少しだけ同情しても?」

「しなくてよろしいです」


 やっぱりそうなる。


「返書には何と?」

「“昨日は混乱があった。確認したところ、たしかにいくつかの品に行き違いがあったため、急ぎ返送する。これにて一件落着としたい”ですって」

「一件落着」


 私は繰り返した。


「ずいぶん便利な言葉ですね」

「古い家は、便利な言葉を何代にもわたって磨いておりますのよ」


 母上がそう言った時、父上も入ってきた。後ろには兄上までいる。

 今日は執務に入るはずでは、と思ったけれど、考えてみれば姉上の件なのだ。兄上が見逃すはずがない。


「始めるか」


 父上が短く言う。


「はい、旦那様」


 マルタが一礼する。そこへ、少し遅れて姉上も来た。

 淡い青の室内着に薄い肩掛け姿で、まだ完全に元気とは言えない。でも昨日よりずっと顔色がいい。

 扉のところで私と目が合うと、小さく頷いた。


「無理をしないで」


 私はそっと言う。


「ええ。今日は、ちゃんと見ておきたくて」

「そうね」


 母上が姉上の席を示す。


「今日は見るだけで結構です。何か言いたくなったら言いなさい。でも、無理に強くある必要はありません」

「はい、母上」


 箱が一つずつ開けられていく。最初の箱の上にあったのは、葡萄色の外套だった。


「あ」


 思わず私は声を漏らした。

 たしかに姉上のものだ。でも、肩のあたりの落ち方が微妙に違う。姉上の体格に合わせて仕立てたはずの線が、少しだけ崩れている。

 姉上も同じことに気づいたらしい。


「これ……」


 指先で布を撫で、眉を寄せる。


「詰め直されています」

「どういうことだ」


 兄上が言う。


「アーシャは姉上より少し肩が張っていたの」


 私は思い出しながら答えた。


「たぶん、自分が着るために直したのですね」

「人の外套を?」

「ええ。人の宝石も着けていましたもの」


 兄上の顔が嫌な感じに整っていく。完全に怒っている時の顔だ。母上は静かに頷き、マルタへ言った。


「損傷あり、と記載して」

「かしこまりました」


 次の箱には真珠の留め具、青い耳飾り、指輪が入っていた。私は思わず身を乗り出した。


「返してきましたか」

「ええ」


 母上が淡々と答える。


「でも、見てごらんなさい」


 言われてよく見ると、真珠の留め具の金具に細かな擦れがあった。耳飾りの留め具も少し緩んでいる。

 指輪には、姉上の細い指にはなかったはずのわずかな広がり。


「……雑に使ったのね」


 私が低く言うと、姉上はしばらく黙っていたあと、小さく笑った。


「ずいぶん急いで返したのでしょうね」

「姉上、笑うところでは」

「ええ、わかっているわ。でも、これ、あの人には少し大きかったのねと思ったら」

「大きさの問題ではありません」

「そうね」


 でもその笑い方は、前のような諦めではない。少しだけ呆れて、少しだけ見切った笑い方だった。私はその変化が嬉しかった。

 三つ目の箱には書物や筆記具が入っていた。ただし乱雑だった。書物の角は潰れ、革表紙に薄い染みがある。筆記具も一本は先が傷んでいる。


「使ってたわね」


 私は言う。


「たぶん」


 姉上が答える。


「私がいる時から、書斎の小物も勝手に動いていたもの」

「ひどい家だな」


 兄上が吐き捨てた。


「ひどいです」


 私はすぐ賛成した。

 四つ目の箱には小物類とリネンが入っていたけれど、そこでマルタが手を止めた。


「奥様」

「何かしら」

「小冠がございません」

「やはり」


 母上は眉ひとつ動かさない。


「帯留めの片方も」

「……姉上」


 私は振り向く。


「あれ、夜会で一度つけてましたよね」

「ええ。祖母様の指輪に合わせて」

「戻ってきてないのですね」

「そうみたい」


 父上がそこで一枚の紙を差し出した。


「一覧を」

「はい」


 照らし合わせる。返ってきたもの。返ってきていないもの。返ってきたが傷んでいるもの。明らかに手を加えられたもの。

 数字と名前にしてしまえば、それだけのことだ。

 けれど実際には、その一つ一つに姉上の暮らしがあった。ベルジャン家から持たせた品があった。祖母から、母上の実家から、私たち家族から贈ったものがあった。

 それを、あちらは使い、直し、返し、まだ一部は手元に置いている。その事実が、朝の光のなかでやけにくっきり見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ